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一粒万倍日。そして関所の話。

一粒万倍日

いちりゅうまんばいにち。そして大安。また数多ある暦のうちの古いやつと現在主流のやつがたまたま合わさるタイミングの最終日です。明日からまた暦は離れてゆく。それがなんだっていうことですが、モチベーション。一人一人にとってのやる気スイッチみたいな目に見えないこいつは歳をとってゆくと周りからの働きかけではうんともすんとも言わなくなるので自分で働きかけないといけない。

一粒万倍日は慶事の事始めにうってつけで、まあ日頃からちょくちょくある暦日なのですがどうやら今日はちょっととくべつ。過去といまそして未来に目を向けてこれから先自分がどうなってゆくのかを決定。そのこと始めのタイミングです。

2017年か2018年から漠然と「このままではだめになる」という思いがふと沸き起こって自分なりにその思い付きに対して随分と掘り下げてきました。そしてたどり着いた指針は、コロナ禍という想定外の社会現象によって、自分なりの危機感というのも備えあれば憂いなしとはいうものの、現実の変化は想定を軽く越えるなあと反省する機会を与えてくれました。

お店はこれまでの商いのルールを外して商いそのものをライフワークとして捉えることにしました。またお金とは何だろう。お金ありきでその存在を疑うことはタブーでしたがその流れも少しは変わってきています。お金についてはまだ検討中ですが、現状では価値、ポテンシャル、魅力、そんな言葉をキーワードにそれらをもつモノや人、活動体などで楽しく創造的に何かをやるという姿勢でふんわりと過ごしています。

藍染めはそのための通行証だと思って臨んでます。わたしたちは一人ずつが様々な要素を内包するコミュニティ、村みたいな存在と捉えます。どれだけの価値を内包しているのか。そこには多様性、生態系がバラバラにあるのでしょう。入り口は関所で守られていて、村を訪れるためには通行証が必要です。通行証は関所によって有効だったり無効だったりしますが、それはその人の実力と相性とかがあり、割とどこにでも入れる通行証もあれば、通行を断られてしまいがちな通行証もある。また広く浅く入れるのもあれば、狭くても強く深く探索できる通行証もあるでしょう。

ある意味、通行証とは現在のお金に代わるものかもしれません。

これから先は、段々と個人としての活動という意識は外してゆきます。活動そのものが私です。SNSというのもやめるのも一つの選択肢ですし、使い方、関わり方をさらに考え直すことはしないといけないでしょう。

場所、名前、プロフィールというこれまで確固として必要事項として存在し続けたもの。

変化し移り変わりながら試行錯誤することでその都度生み出される活動。

これからは常に流れるその流れ自体を常に自らに手繰り寄せたり、その流れに乗ることでその流れに対してポジティブに働きかけるような姿勢が問われるのでしょう。

移り変わるもの。というか移り変わる流れ自体が本質なのかも知れません。

そのことを今日という日を事始めとして実践していきますね。

ここ数年考えてきたことの取りまとめとして。

読んでくださった方、ありがとうございます。

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