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実践:NTRK再構成紡錘形細胞腫瘍 NTRK-rearranged spindle cell neoplasm

文字どおりNTRK (neurotropic receptor tyrosine kinase 神経栄養因子チロシンキナーゼ受容体)遺伝子の変異(再構成)を有する紡錘形細胞の増殖からなる腫瘍の一群で、部分的に異なる臨床病理学的特徴によりいくつかの病型がこれまで個々に報告・診断されていたものが、比較的最近整理されてこの名称で包括的に取り扱われる様になり、臨床の現場でも注目されています。その背景には、特徴的なNTRK遺伝子の再構成によって腫瘍細胞に発現している融合蛋白に対する薬物(分子標的薬)が開発・販売され、著効を示す例が認められるようになったことがあります。


NTRK遺伝子

  • NTRK1~3遺伝子の3種類が存在し、それらはチロシンキナーゼ型の膜受容体蛋白であるトロポミオシン受容体キナーゼ(TRK)A〜Cを各々コードする

  • リガンドである神経栄養因子(神経成長因子、脳由来神経栄養因子、ニューロトロフィンとも呼称される)と結合することで細胞内に活性化シグナルを伝達する

  • 主に中枢や末梢における神経細胞の分化及び成長、生存維持に関わっている

  • 腫瘍細胞では遺伝子変異(遺伝子融合)によって融合蛋白が発現しており、それからの活性化シグナルが恒常的に細胞内に伝達され、細胞の増殖が異常に促進される

  • NTRK融合遺伝子が認められる腫瘍:大腸癌や非小細胞肺癌の一部、乳腺分泌癌、唾液腺分泌癌、脳腫瘍(星細胞腫、膠芽腫など)、軟部の紡錘形細胞腫瘍、胃腸管間質腫瘍の一部、乳幼児型線維肉腫、先天性間葉性腎腫など

臨床病理学的特徴

①定義:
・主に紡錘形の形態を示す腫瘍細胞の浸潤性増殖を特徴とする腫瘍で、NTRK遺伝子再構成を有するもの(暫定的疾患単位)である
・lipofibromatosis-like neural tumorを含むが、NTRK融合遺伝子を持つ乳幼児型線維肉腫とは区別される
・分類上目下分化の方向の不明確な軟部腫瘍に位置付けられている
・腫瘍の悪性度は定まっていない
②同義語:
・lipofibromatosis-like neural tumor
・spindle cell sarcoma with NTRK1/3-rearrangement
・myxoid spindle cell sarcoma with LMNA::NTRK
③臨床像:
・若年者(時に10代)の四肢や体幹部に多く、四肢の末梢では表在性に生じた小型の病変として認められる
・予後は良好のことが多いが、不完全切除の場合局所再発することがある上、時に遠隔転移を示す悪性例も存在する
④病理学的所見:
・ほぼ均一な紡錘形細胞(末梢神経鞘腫瘍に類似した細胞)が密に束状あるいは花むしろ状に配列増殖する
・腫瘍細胞に異型性は乏しいか、または軽度の異型性が見られる
・症例によって硬化性基質や粘液腫状変化、血管周囲の硬化像、細胞の粗密、脂肪組織内への浸潤像などが種々の程度に見られ、組織学的な多様性が存在する
・核分裂像は目立たず、壊死は通常認められない(悪性の場合には認められることあり)
・免疫染色ではCD34、S-100蛋白(ただし弱陽性や核内発現の場合あり)、pan-TRK(しばしばびまん性)が陽性であり、SOX10は陰性である
⑤分子遺伝学的特徴(融合遺伝子):
・TPM3::NTRK1、TRP::NTRK1、LMNA::NTRK1、EML4::NTRK3、STRN::NTRK2/3

腫瘍の組織像(H-E染色):脂肪組織に浸潤性に増殖する紡錘形細胞の集団
腫瘍細胞の透過電顕像:線維芽細胞に似るが、一部に基底膜様物質を伴う(矢印)
免疫染色の所見:CD34(左)、S-100(中)、pan-TRK(右)

類縁疾患・鑑別診断

・乳幼児型線維肉腫 infantile fibrosarcoma(ETV6::NTRK3/EML4::NTRK3)
・炎症性筋線維芽腫瘍 inflammatory myofibroblastic tumor (with NTRK3 rearrangement)
・胃腸管間質腫瘍 gastrointestinal stromal tumor (with ETV6::NTRK3)
・未分化多形肉腫 undifferentiated pleomorphic sarcoma (with LMNA::NTRK1)
・成人型線維肉腫 adult fibrosarcoma (with NTRK3 rearrangement)
・隆起性皮膚線維肉腫 dermatofibrosarcoma protuberans
・脂肪線維腫症 lipofibromatosis

備考

NTRK遺伝子再構成(融合遺伝子)は当初、乳幼児型線維肉腫で見出された遺伝子変異(ETV6::NTRK3)であり、その後同種の変異が富細胞型の先天性間葉性腎腫や乳腺分泌癌でも検出された。さらに近年では上記のように類似の形態・機能を持ったNTRK融合遺伝子が全身各所での様々な種類の腫瘍に見つかっている。かつては特殊な遺伝子変異の一つである融合遺伝子は、そのタイプが腫瘍の組織型を規定するものと想定されていたが、上記の事実はNTRK融合遺伝子が細胞の種類や特性(分化)を選ぶことなく率先して腫瘍化を誘導しうる変異(いわゆるドライバー変異)であることを意味している。細胞の腫瘍化を考える上で興味深い現象であり、このことはまだ分化の方向が定まっていない最も未熟な細胞(多能性幹細胞?)に遺伝子変異が生じて腫瘍が発生するのでなく、それぞれの臓器や組織で多少とも分化の方向が定まった(分化の道を踏み出した)幼弱な細胞において遺伝子変異が生じることで、そのような多彩なタイプの腫瘍が発生しうることを意味しているのではないかと考えられる。なお、NTRK遺伝子は本来神経組織にその発現が認められるものであるが、融合遺伝子が形成されるとNTRK遺伝子のプロモーターが他の細胞でも通常発現しているTPM3などの別の遺伝子のプロモーターに置換される(プロモータースワッピングと称される現象)ことで、神経組織の細胞以外であっても異常(恒常的)に発現することが腫瘍化に関与しているものと想定される。同様の現象は、例えばALKやROS1遺伝子の変異でも認められている。

RT-PCRとSanger sequenceによるNTRK再構成(TPM3::NTRK1)の検出


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