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神になっても小島武夫は「小島さん」

【おことわり】

 5月28日は小島武夫さんの命日だ。だから小島さんのことを過去に書いたものを再録させていただく。新しいことを書こうにも、小島さんが亡くなった時にすべてを吐き出してしまって何も残っていないからだ。
 今回は小島さんの石碑を建立するプロジェクトのクラウドファンディングの返礼品である「ポスターマガジン」に私が寄せた文章の再録である。
 また、勝手ながら、これは私のnoteの定期購読者限定の読み物とさせていただきたい。

【上下関係を嫌う人】

「いや、やっぱりクサ、配牌を見ないことにはネ」
 上京当時と違って、晩年の小島武夫さんはバリバリの博多弁ではなく、標準語に近い喋り方をされていたが、それでもイントネーションは東京人のそれではななく「やっぱりさ」の「さ」の前に小さな「く」が入っていた。
 私はその、小島さんのしゃべり方が大好きだった。
 初めてお会いした時はすでに60歳を過ぎていたから、若い頃の小島さんのことは先輩達からの伝聞でしかわからないのだが、人間としてはほとんど何も変わっていなかったように思う。
 そういう言い方は失礼かもしれないが、良い意味でも悪い意味でも、小島武夫は一生小島武夫のままだったのではないか。
 たとえば森山茂和日本プロ麻雀連盟会長から聞いた話で印象に残っているのは「上下関係や主従関係を嫌う人だった」という話である。
 森山さんは若い頃から小島さんと行動を共にすることが多かったが、ある時「お弟子さんですか?」と言われたことがあった。森山さんからしてみれば、別に弟子扱いされたって文句はなかったと思うが、小島さんは否定した。「いや、弟子じゃない。彼は俺の仲間だよ」と言ったのだそうだ。
 もちろん、実際に師匠と弟子という関係ではなかった。小島さんの方が年上で、森山さんは成り行き上、小島先生が苦手な分野(スケジュールの管理など)をマネージメントしてあげていたのであって、人間関係としては対等に近い。それでも世の中には、弟子や子分を従えて、虚勢を張る人が多いのだが、小島さんはそういう姿勢を非常に嫌っていた。
 森山さんは森山さんで、数十年経ってもこの話をよく覚えていた。その時「ああ、この人はこういう人なんだ」と思ったという。そして他に、同じようなことを言う人がいなかったから、よく覚えていられたのだと思う。
 今でも、連盟の中では師匠と弟子の関係は一種のタブーとされている。そういった上下関係は麻雀において良いものをもたらさないという考え方と、連盟を作った世代の人たちの思想に反するからである。
 もちろん、若い者が一方的に誰かを心の師匠とすることはあるだろうが、私が師匠でござい、こちらが弟子でござい、というのは禁止なのだ。 
 私も連盟に入る前は、いわゆるタテ社会みたいなものがあるのではないかと思っていたのだが、実際に中に入ってみると全然違っていた。
 ある時、小島さんから食事に誘われた。私がまだ30歳になる前で、小島さんの原稿の担当をしており、いつもよくやってくれるから、という理由だった。
 小島さんが住んでいた江古田の寿司屋に一緒に行った。
「ここは初めてなんだけど、俺のカンではたぶんウマいんだよ」
 そういうのって、どうやって分かるんですか?
「何となくのカンなんだよ。店構えを見て、清潔にしているなとか、くだらないことやってないなとか、焦りが見えないとか色々あるんだけど、結局はカンなんだよな」
 楽しみですね。
「こういうのも、面白いだろ? マズかったら、そん時はそん時だ、ガッハッハ」
 親子以上に年齢は離れていたが、小島さんの振る舞いはまるで友人のようだった。こっちは天下の小島武夫と初めて食事に行くわけだから多少の緊張感があったわけだが、実際に行動を共にしている内に、どんどん気が楽になっていった。
 食べてみて、寿司はとてもうまかった。
「うまくてよかったな。それに安いのがいい。高かったらおいしくて当たり前。安くてうまいということに価値があるよな」
 包丁を握っている人のまん前で遠慮なく感想を述べる小島さん。若大将は嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。
 小島さんは「ちょっと前から気になってて、いつか行ってみようと思っていたんだけど、来てみてよかった。前に住んでたところには馴染みがあったんだけどね、この辺りでまだ良い寿司屋に出会えてなかったから、よかったよ」と言った。
 若大将と話をしていくうちに、小島さんのかつての「馴染み」というのが、若大将のお父さんのお店であることが分かった。3人で驚いた。そんな奇妙な縁があろうとは。親子二代で握る寿司を別の店で偶然…すごいよなあと感心していたら、小島さんが急に「おい、もっと食うか?」と言った。
 いえ、もうおなかいっぱいです。
「そうか、じゃあもう帰れ」
 え?

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