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演劇脚本「魔女か天使か、その名を呼ぶは…」

大学の演劇サークル用に書いた作品です。良ければ是非。
はりこのとらの穴でも公開しています。脚本ダウンロードサービス (haritora.net)

魔女か天使か、その名を呼ぶは… 
作:木の平

あらすじ

 夕方五時の音楽が鳴る公園で、冴えない就活生沢口は不思議な男から不思議な魔女の昔話を聞かされる。中途半端な終わり方の昔話。男は「この物語の続きは、あなたたちが綴る」と意味ありげな言葉を話す。そして、その言葉通り魔女をめぐる大きな物語の渦に巻き込まれていく人々。魔女とはいったい何なのか、運命とは、天使とは…。

すべては、ひとつのレールの上を走っている…。


登場人物

・沢口優(さわぐちすぐる)

就活が全くうまくいかず、ずるずると来ている大学四年生(22歳)。

・佐藤智夏(さとうちなつ)

オカルト大好き女子。魔女の噂を調べている。

・相見遼大(あいみりょうた)

智夏の幼馴染。智夏の言動に振り回されている。

・中川実那(なかがわみな)

フリーのジャーナリスト。智夏の調べる噂に興味を持つ。

・天凪レン(あまなぎれん)

最近中川についた見習い。あまりしゃべらず、帽子と眼鏡をしている。よくいなくなる。

・和田道(わたみち)

その資金力で様々な企業や団体、政治にも影響力がある投資家・起業家。魔女の噂がある。

・昼間(ひるま)

和田道の秘書。

・アイ

魔女。ナマハム・アイと名乗り、智夏たちを連れ去る。生ハムが好きらしい。


中央下手寄りにキューブ二つ



   天凪がコートを着て、キューブに腰をかけて本のようなものを読んでいる

   夕方五時のチャイムが鳴っている

   上手からスーツ姿の沢口が電話をしながら登場


沢口  はい、はい。ありがとうございます。失礼します。…はぁ…。

   天凪と目が合い軽く会釈してキューブに座る沢口

   少しの沈黙


天凪  どうかされましたか。

沢口  …はい?

天凪  ずいぶん落ち込んでいるようでしたから。

沢口  あ、いえ…。うまくいかないもんですね、世の中

天凪  というと、

沢口  …僕、就活中なんですが、周りの友達がどんどん内定をもらっていく中、自分一人とり残されて。こう見えても成績はよかったんですよ? でも要領はよくなかったのか…。なんだかもう、自分が何に自信を持っていたのかもわからなくなって…。

天凪  なるほど。

沢口  あ…すみません。見ず知らずの人に愚痴こぼしちゃって。

天凪  構いません。私から尋ねましたから。

沢口  あぁ…はい…。

天凪  どうでしょう。気分転換に私の話を聞いていきませんか。

沢口  あ…はい、僕の話も聞いてもらいましたし。是非!


   天凪、本を開く


天凪  では……これはとある魔女のお話。昔も昔、大昔。孤独な魔女が庭の手入れをしていると、空から青年が落ちてきました。魔女は驚いて空を見上げましたが、雲一つない快晴でした。魔女は青年をベッドに運び毎日毎日寝る間も惜しみ、看病を続けました。やがてすっかり元気になった青年はお礼にと、魔女の暮らしの手伝いを申し出ました。孤独だった魔女の生活が初めて幸せで包まれました。二人は少しずつ惹かれ合い、新たな命を授かりました。ところが、青年は突然魔女の前から姿を消してしまいました。魔女は再び孤独に耐えながら、必死に子を産みますが、魔女の命の灯火は、そこで消えてしまいました……。

沢口  ……え? おわり…ですか?

天凪  いいえ。

沢口  ですよね? おとぎ話にしてはあまりに残酷…というか、何も起こってない? まだまだ続きがありそうな感じですけど

天凪  ええ、確かに続きます。

沢口  聞かせてください! 魔女の子どもはどうなったのか、とか!

天凪  ですが、今はまだありません。

沢口  え?

天凪  この物語の続きは、あなたたちが綴るのですから。

沢口  …おっしゃっている意味が…


   上手から智夏、遼大入場


智夏  待ってよ~遼大~!

遼大  待たない。どうせまた根も葉もない噂話だろ。

智夏  今度はほんとなんだよ~! 聞いてよ~私がまとめた魔女の噂~!

智夏  ほら! 噂じゃないか!


   上手手前で言い合い軽い喧嘩のようになる二人


沢口  …また魔女…?

天凪  話を聞いてみては?

沢口  えぇ…。そりゃ気にはなりますけど、たぶん中学生か高校生ですよ? スーツの成人男性が話しかけたら通報されちゃいますよ

天凪  そうとも限りませんよ。例えば、魔女好きお兄さんとして登場するとか。

沢口  もっと通報されますよ…

智夏  もう! ちょっとだけでいいから!

遼大  そんなもの調べる時間があるならもっと勉強しなよ!

智夏  これだって立派な勉強だよ!

遼大  じゃあ試験に出るのかよ!

智夏  出ないよ! 出ないけど…もう!

遼大  わかった? 早く帰って課題を…


   智夏、おもむろにカッターを取り出す


遼大  おい! 刃物はなしだろ!

二人  (つかみ合いの喧嘩、どさくさでカッターを奪う遼大)


   言い合いをしている後ろで天凪が沢口に喧嘩を止めるよう促す

   無理無理という反応を何回かしたところで、見かねた沢口が止めに入る


沢口  まままま! 喧嘩はそこまでにしよう! ほらもうそんなものしまってさ!(カッターを遼大に渡してしまわせる) さ、夕方五時も過ぎたし、良い子はお家に帰る時間だよ~!

二人  良い子じゃないもん!

沢口  わあ! 息ぴったりだな! ごめんなさいね

遼大  おじさん誰?

沢口  おじさんじゃないわ! まだお兄さんじゃ!

智夏  「お兄さんじゃ!」っておじいちゃんみたいな言い方

沢口  どうやらほんとに良い子ではなさそうだな

遼大  それで、何の用だよ。おじさん

沢口  またおじさんって…。いや僕は…えーっと…


   天凪の方に視線を向ける沢口。

   黙ってうなずく天凪。


沢口  ま、魔女好きお兄さんですぅ~! 

遼大  ………はぁ?

智夏  なぁんだ! お兄さんも魔女に興味あるの?

沢口  ま、まあそんなところかな…

遼大  …くだらない。そんな大人になってまで…

沢口  ちょっと酷いこと言うなぁほんと…。僕だって、ほんとはこんなことしたくなかったんだよ? ほら、あそこの人がさ…あ、え?


   天凪はいつ間にか消えている。


遼大  ?

沢口  あれ…どこに行ったんだろう。さっきまで確かに…。

遼大  俺たちがここに来た時はおじさんしかいなかったと思うけど? なあ?

智夏  うん

沢口  ……え…?

智夏  ねぇ、そろそろしていい? 魔女の話! ね、遼大?

遼大  …はぁ…もう勝手にしろよ

智夏  よし! お兄さんも聞くでしょ?

沢口  あ、うん…是非!

遼大  …。

智夏  私が昨日夜も眠らずパソコンにかじりついてまとめあげた情報によると…

遼大  一夜漬けじゃねえか

智夏  ネット上での「魔女」って言葉のほとんどは、悪口や侮辱の意味で使われてた

遼大  でしょうね!

沢口  まあまあまあ…


   遼大をなだめる沢口


智夏  でもその程度で引き下がる私じゃない! ついに本物の魔女を見つけ出した!

沢口  おお!


   遼大、沢口をおさえる


智夏  和田道って知ってる? ワタミチグループの代表の!

沢口  知ってる! 数年前に突然現れてあっという間にグループを拡大、あらゆる業界でトップになったっていう、企業研究で散々名前を見たよ。グループ内外のどの会社にも何かしらで関わってるって言われてるとんでもない人だ

智夏  その和田道が魔女だっていう証拠見つけちゃったの!


   キューブに座ってスマホを取り出す智夏

   スマホをのぞき込む沢口と遼大


沢口  これは?

智夏  先月の記者会見の映像だよ。

遼大  それがなんだってんだよ

智夏  和田道が会見に出てくるのは稀なの。それだけでも十分なんだけど

沢口  なんだけど?

智夏  ここから! よく見て!


   下手から和田道・昼間登場

   下手から声。(中川)


昼間  では以上で会見を終了します。

(声)  待ってください!

沢口  なんだ?

智夏  記者だよ。質問を打ち切られて怒ってる

昼間  質問は時間内にお願いいたしま…(和田道に制される)

和田道 …あなた、帰り道に気を付けた方が良い。

(声)  何を言ってるんです? ちょっと!


   和田道・昼間退場


遼大  なんだよ今の

智夏  実際、これを言われた記者は帰りに事故にあって入院する羽目になった

沢口  まるで未来予知だな

智夏  どうよ! これで魔女だって信じてくれた?

遼大  たまたまだろ…

沢口  ままま…。確かに和田道さんが魔女だって噂があるのはよくわかった。でもこうなんだろうな…。想像してた「魔女」とは違うっていうか…

智夏  何よ、お兄さんも信じないの

沢口  いやいやいやそういうわけじゃ

遼大  信じるわけないだろ。だいたいどうやって確証得るんだよ

智夏  取材するのよ、直接!

遼大  記者じゃないんだし、まともに取り合ってもらえるわけないだろ!

沢口  ちょちょちょ!


   沢口、二人に挟まれ抵抗する


   下手から声がする


中川  ちょっと? 君たちこんな時間に何してるんだ?


   中川、下手から入場


二人  わ!(沢口を中川に押し出す)

沢口  あ、ちょちょ違うんすよ違うんすよ!

中川  何が違うんだい? 君がこの子たちの保護者かい?

沢口  いやいや、そんなわけないじゃないですか。あのですね、僕がこうしているわけはですねぇ


   二人こっそり帰ろうとする

   沢口、二人を捕まえる


沢口  この子たちが大喧嘩してたもんで、それを止めようとお話を聞いてあげてたところなんです

中川  ほう、それは失礼。それで、どうして喧嘩なんかしてたんだい?

遼大  こいつが魔女魔女うるさいから!(同時)

智夏  遼大が魔女を信じてくれないから!(同時)

中川  わかった、同時に喋らないで。なんだい、魔女?

智夏  私の魔女の話を信じてくれないの。ほら!


   スマホを見せる


中川  これは…!? 私の出てた会見じゃないか!

三人  え?

中川  ほら! これこれ! 和田道さんに「帰り道に気を付けた方がいい」って言われてた記者! これ私!

三人  えええ?!

智夏  で、でもこのあと両足骨折の大事故にあったって!

中川  そう、そうなの! 治るのに最低でも二、三か月はかかるって言われて! でもあんな不思議な事言われて大事故にあったのに、そんなん待ってらんないから、もう気合で治したの!

遼大  こういうのを魔女って言うんじゃないか?

沢口  全くだ。

中川  これぞジャーナリズム精神、ジャーナリストとしての意地!

智夏  おおすごい!! 私、佐藤智夏って言います! ぜひ弟子入りさせてください! 

中川  私は中川実那。フリーのジャーナリスト。弟子入り志願は君で二人目だ!

それで、君たちは?

遼大  俺は相見遼大です。こいつの友達…

智夏  幼馴染! でしょ!

沢口  あ、沢口優と申します。僕はこの二人とは全くの無関係の大学生ですので、この辺で失礼しますね…

中川  なるほど。君らも弟子入り希望ね

沢口  聞いてたーー?

中川  いきなり弟子が三人も増えちゃうとは…。ついに私の時代が来たか!?

沢口  来てねえよ! 巻き込むな僕を!

遼大  そうだ!

智夏  中川さん、和田道さんとパイプあったりしませんか…?

中川  そりゃあもちろん! あの会見以来顔を覚えてもらえてね。面会くらいならできるはずだ。

智夏  お願いします、すぐに会いたいんです!

中川  よっしゃ! 弟子の願いとあらば断わる理由はないね!


   電話をかける中川


智夏  ありがとうございます!

遼大  おい、俺は行かないからな

智夏  は? あんたたちも来るに決まってるじゃない

沢口  え、僕もぉ!?

智夏  そうよ。あんたたちが信じてくれないんだもん、和田道さんが魔女だって

二人  いやいやいや…

中川  よし、許可が取れたぞ! 明日の昼にこのビルに集合だ。時間厳守で頼むよ。

智夏  ありがとうございます! ではまた明日!

遼大  ちょっと待てよ!


   二人下手に退場


中川  今日は早く寝るんだぞ~

沢口  いやぁ、行かないよ?

中川  なんだい、明日何かあるのか?

沢口  明日はないですけどぉ、明後日はあるし…

中川  じゃあ明日は大丈夫だな! また明日!


   中川、下手に退場


沢口  僕の休日がぁ…!


   暗転


   明転

   和田道と昼間、下手から入場


昼間  えーご報告です。先日の大規模実験による被験者の記憶への影響の結果ですが…

和田道 すでに報告結果を確認した。もっと重要度の高いものから報告してくれ。

昼間  申し訳ありません。では来期の予算案についてですが、

和田道 それもすでに確認済みだ

昼間  で、ではこの後、中川さんとの面会の予定が入っております。

和田道 このあとだと?

昼間  は、はい、もう、すぐです。

和田道 それを最初に言ってくれ!

昼間  失礼しました。昨日決まった予定でしたので…

和田道 そうか…。確認不足だった。

昼間  では呼んで参ります。

和田道 頼む。


   昼間、下手に退場


和田道 この俺が予定を見落とすはずがないんだが…


   昼間、下手から登場


昼間  先生、お連れしました

和田道 どうぞ。

昼間  どうぞ中へ


   下手から中川、智夏、遼大、沢口、天凪入場

   天凪はコートを脱ぎ、帽子と眼鏡をしている

   昼間下手に退場。


中川  和田道さん、お世話になっております。申し訳ありません、急な希望を聞いていただいて…

和田道 構わない。いや、しかし…ずいぶんな大所帯だな

沢口  結局来ちまった…

智夏  おおこれが社長室的な…!? 初めて入った…!

遼大  …。

中川  こらこら。失礼のないようにな。まずは自己紹介だ。

和田道 いや、その必要はない。こちらから佐藤智夏、沢口優、相見遼大…。

遼大  え、なんでわかるんだ?

中川  これは失礼しました…。すでにお調べになっていましたか。

和田道 …一番後ろの彼は…

中川  あ、こちら私の弟子第一号、天凪レンです。

天凪  …。(会釈する)

中川  何かとぶっきらぼうな奴ですが、ジャーナリトとしての腕は確かなので…

和田道 そうか…。それで、君たちは何の用で来たのかな?

智夏  はい! 和田道さんに聞きたいことがあって…。

遼大  おい、さっきも言ったけどくれぐれも直接魔女かどうか聞かないでくれよな

沢口  そうだ、まず当たり障りのない質問をするんだ。探るんだ。探りを入れるんだ。

智夏  わかってるよ。えっと……和田道さんが魔女って本当ですか?

遼沢  おいこらぁ!!

智夏  うぇ?

沢口  何ぶっこんでくれとんじゃわれぇ!?

智夏  だってこれが聞きたいことだもん!

中川  いや、あのぉこれは違いましてね。ほらあの~マジョリティ? 私もマジョリティになりたいな~みたいなね? へすへす

和田道 その通り、私は魔女だ。

中川  ははは、ですよね? いや、和田道さんが魔女だなんてそんな馬鹿な話ええええええええええ?!!

智夏  あっさり

遼大  認めた

沢口  あさーり

和田道 ……なんてな、冗談だよ。それ以外聞きたいことはないようだし、せっかくだから施設を見学していくといい。

中川  あはは、ご冗談がお上手なんですから…。ではお言葉に甘えまして…。

和田道 昼間!


   下手から昼間入場


昼間  お呼びでしょうか

和田道 皆さまをご案内しろ

昼間  かしこまりました。では我がワタミチグループの歴史と実績をご説明しながら見学ツアーと参りましょう。

沢口  お、お願いします

智夏  でも割と最近できたんじゃ?

昼間  その通りです。しかし、弊社がメイン事業としている記憶の忘却に関する研究は医療の面では大きな役割が果たしており、同時に記憶の安定化による教育分野での活用も…


   昼間語りながら皆を引き連れて下手に退場

   天凪のみ残る


天凪  …。

和田道 君は、行かないのかい?

天凪  …興味がない。全て知っている。

和田道 ほほう。ぶっきらぼうなのは本当なようだな。私に何か用かな。

天凪  用はあるが、まだ時ではない。

和田道 何だと…?


   みんな帰ってくる


智夏  いた、天凪さん

中川  天凪何やってるんだ、せっかく気を使っていただいたのに

沢口  中川さんの言う通りですよ。長いものには巻かれましょう。僕なんか巻かれすぎて巻き寿司になりました。

遼大  なってないよ。

昼間  では気を取り直して、見学ツアー再開といきましょうか。

中川  お願いします。失礼しました和田道さん。

和田道 ああ、楽しんでおいで。

沢口  はーい!


   和田道残してみんな退場


和田道 …天凪レン、奴はいったい…。


   暗転

   和田道上手に退場


   明転

   下手から沢口、中川、智夏、遼大、天凪入り


沢口  いやぁ見学ツアー面白かったなぁ~。

中川  弟子に楽しんでもらえたならよかったな

沢口  弟子じゃないから!

智夏  結局収穫なしかぁ…。絶対魔女だと思ったのになぁ

遼大  んなわけねぇだろ。そもそももし本当だったとしても、魔女が自分のこと魔女です、なんて言わないだろ

智夏  なんでよ、絶対言った方が楽しいのに

遼大  はぁ? なんでそうなるんだよ

智夏  …うるさいなぁ

沢口  まあまあ…。でも、和田道さん面白い人だったなぁ…。ありゃ絶対魔女なんかじゃないよ。もっとこう有難いものだよ、仏とか天使とか!

中川  そうだろう? いい人なんだよ和田道さんは。

智夏  そうかなぁ…

遼大  いい加減諦めろ。魔女なんていない。当たり前だろ。ね、天凪さん?

天凪  …当たり前とは常に不安定なものだよ。

中川  はっ! 天凪が喋った!

沢口  本当にあんたの弟子か?

智夏  天凪さんは私の味方?!

遼大  ちょっと! 変なこと言わないでくださいよ! せっかく諦めそうだったのに

天凪  …魔女がくるぞ…。

遼大  え?


   照明暗くなる

   落雷のような音

   アイの声が聞こえる


(声)  聞こえる、聞こえるぞ。魔女の噂をする声が。

中川  なんだ!?

沢口  どこから声が…?

(声)  魔女を恐れないその心意気は認めよう

遼大  智夏…!

智夏  まさか、魔女!?

天凪  …。

(声)  こっちに、来るんだな!


   

   天凪、遼大を守るような動き


皆  うわあああ


   効果音、暗転

   沢口、中川、智夏退場


   明転


遼大  !? 消えた…? みんな…? 智夏、智夏!?

天凪  ふん…。

遼大  天凪さん? あなた、何か知っているんですか?!

天凪  …私がさっき、和田道と何を話したと思う?

遼大  え? …まさか、和田道が?! くそっ!


   遼大、下手に走って退場


天凪  ふふ……


   天凪、下手に退場


効果音が鳴り、照明が不安定になる

   下手から叫びながら転がり込む沢口


沢口  うわあおおおあああゴロゴロゴロゴロんげ!!


   中央上手寄りで止まる


沢口  な…いたた…。こ、ここは!? 何が起きたんだ?? 待て待て、落ち着け沢口…。えぇーと、そうだ! 和田道さんのとこから帰る途中で…それで変な声がして…。


   上手から声が聞こえる


アイ  ここはアタシの家だよ

沢口  そうそう! こんな声だった! いったいなんなんだよもう…って、え?


   身構えて上手に背を向ける沢口


沢口  だ、誰だ! 姿を現せ!


   上手から沢口の真後ろに現れるアイ


アイ  後ろだよ

沢口  わあああああああああ!


   今度は下手に転がっていく沢口


アイ  落ち着きのない奴だな。

沢口  なんだあんた! 他のみんなをどこにやった!?

アイ  あら? 一緒に連れてきたはずだが

沢口  え?

中川  わああああ


   下手から飛び出してきた中川に下敷きにされる沢口


アイ  ほらね?

沢口  ほらねじゃねえ!! ちょっと降りてください…

中川  わぁ! ごめん! 沢口君、この方は?

沢口  いやあの、僕も来たばっかりなんで


   下手から飛び込んできた智夏に突き飛ばされる沢口


智夏  きゃああ!

沢口  ぐわあああ!!!(突き飛ばされる)

中川  智夏ちゃん!? ケガはない?

智夏  は、はい。なんとか

沢口  こっちの心配は!?

アイ  不憫だねぇ

沢口  あんたのせいだろ!!! ていうか、なんなんだあんた!!

アイ  アタシかい? アタシは…魔女だよ。

三人  魔女~!?

智夏  魔女ってあの魔女?

アイ  そうあの魔女

中川  正真正銘?

アイ  ああそうだ

沢口  またまた~そんなこと言って、騙されませんよ~

アイ  信じないのなら…! それ!


   沢口に向かって勢いよく杖を向けるアイ


沢口  うわ!


   箱の裏に倒れる沢口


中川  何をしたんだ!

アイ  アタシが魔女であることを信じられる証拠をと思ってね

智夏  大丈夫~?

沢口  いたた…


   馬の被り物をして起き上がる沢口


沢口  いきなり脅かさないでくださいよ。全く…

中川  や、沢口くん、その頭…

沢口  え? 頭がなんですか? ん……?


   自分の頭を触り馬になっていることを確認する沢口


沢口  な、なんじゃああこりゃあああ!!!?!

アイ  馬の魔法さ、しばらく馬になる。

沢口  なんだそのふざけた魔法は!? いつ使うんだ!!!

アイ  今使ったじゃないか

沢口  そういうことじゃねえ!! ちょっとこれ取って、取って! 痛い痛い痛い痛い


   馬を引っ張る中川、痛がる沢口


智夏  やっぱり正真正銘の魔女なんですね! じゃあさっきのも…?

アイ  ああ、空間転移の魔法だ。いわゆる瞬間移動だな

智夏  おおお!! 本当にできるんだ…。色々お話聞いてもいいですか!?

アイ  いいよ

智夏  えっと、お名前は?

アイ  名前か、そうだね…。…ナマハム・アイなんてどうだい? アイって呼んでくれ   

    よ


   いつの間にか馬を諦めて話を聞いている沢口、中川


沢口  なんで生ハム?

アイ  好きだからさ

中川  単純明快…!

智夏  じゃあアイさん、アイさんの生い立ち聞かせてください!

アイ  生い立ちねえ、あんまりいいもんじゃないよ。…アタシが産まれたのはずっと昔、もう何百年も前になるかね。そのほとんどが逃げ隠れることばかりだったよ

智夏  逃げ隠れる…?

アイ  どこに行ってもアタシたちの力は恐れられ、多くの人々は人間として見てくれなかった。どんなに優しい人でもアタシたちが魔女だと気づくと、人が変わったように襲ってきた。中には、かくまってくれる人もいたが、ついにはそんな人たちまで襲われて魔女として殺されるようになった。

智夏  魔女狩り…ですか…

中川  ちょっといいですか? さっきから「アタシたち」と言っているが、魔女はあなただけではなかったんですか?

アイ  ああ。アタシには双子の兄がいる。君たちが和田道と呼ぶ男だ。

山竹  え!?

智夏  じゃあ、やっぱり和田道さんも本物の魔女なんだ!!

沢口  いや、でも全然そんな感じしなかったというか…

アイ  お兄ちゃんに会ったんだね? どうだった、元気だった?

中川  え? アイさんは会ってないんですか?

アイ  …ああ。お兄ちゃんは、アタシを逃がしてくれたんだ


   照明暗くなり前側だけ照らす

   アイ以外は後ろ側に下がる


(声)  向こうに行ったぞ! 逃がすな!

アイ  お兄ちゃん! お兄ちゃん!


   和田道(ローブを羽織る)、下手から登場


和田道 大丈夫か!

アイ  お兄ちゃん、もう走れない…

和田道 大丈夫だ、お兄ちゃんが必ず守ってやる。大丈夫だ。

(声)  こっちから声がしたぞ!

和田道 クソ…こうなったら…。いいか? 今から言うことをちゃんと守るんだ

アイ  お兄ちゃん…?

和田道 そこを絶対に動くな。お兄ちゃんを信じろ。…ごめんな


   和田道、上手に走る


アイ  お兄ちゃん!?

(声)  いたぞ、あそこだ! 魔女を捕らえろ! 火あぶりにあげろ!

アイ  お兄ちゃーん!!


   照明戻る

   いつの間にか馬が外れている沢口


アイ  それ以来、お兄ちゃんとは会えていない。どこで何をしているのかもわからなかったから。

中川  そんなことが…

智夏  ご、ごめんなさい…

アイ  君は悪くないよ。こちらこそごめん。無理やりさらって。

沢口  いやほんとですよ。びっくりもびっくりですよ

中川  あれ、馬は?

沢口  あら? 外れてる! やった!

アイ  そんな長い効果の魔法じゃないからね

智夏  他にどんな魔法が?

アイ  一生短パンしかはけなくなる魔法、家の水道をドリンクバーにする魔法…

沢口  何とも言えない魔法ばっかだな

中川  それで、なぜ我々をさらったんだ?

アイ  実は、家の前に「watamichi」と書かれたメモが落ちていてね。

沢口  怪しいな…調べたんですか?

アイ  ああ、昨日夜も眠らずパソコンでな

沢口  一夜漬けじゃねえか。ていうかパソコン!? 魔女なのに!?

アイ  便利だぞ~。Wi-Fiも向こうにあるから、使っていいぞ

沢口  Wi-Fiもあんの!? じゃ、じゃあお言葉甘えて…


   沢口、スマホ片手に上手に退場


アイ  それで、ワタミチグループのビルに向かっていたら、君たちが魔女の噂をしていたのを聞いて、お兄ちゃんを狙った魔女狩りかと思ってね

中川  なるほど…。

智夏  …そういえば、遼大は…!

中川  そうだ、天凪もいない。なぜ我々だけさらったんです?

アイ  人を選んだつもりはなかったのだが…もしかしたら何かに邪魔されたのか…

智夏  遼大、一人で大丈夫かな…

中川  大丈夫さ、きっと天凪も一緒だろう

智夏  そうじゃないんです…。遼大、私が何も言わずにいなくなるとすごく怒るんです

中川  …どうして?

智夏  えっと…

アイ  誰だい、その子は

智夏  私の幼馴染です。…私、学校で色々うまくいってなくて、その…あんまり…

中川  無理には話さなくていいぞ。

智夏  はい…。それで学校も行かずに魔女とかのことばっかり調べるようになってて。それで、遼大はなぜかそれを自分のせいだって言うんです。悪いのは私で、遼大は何にも関係ないのに…。なんだか、私が弱いせいで、一人でも生きていける彼の邪魔をしている気がして…

中川  そんな

アイ  そんなことないさ。君は弱くなんかない。それに、彼は…君のことが好きなんだよ。強がっているだけかもしれないよ?

智夏  え…!

アイ  いいかい? 魔女からのアドバイスだ。どうせ人間生きてるだけで他人に迷惑かけっぱなしなんだ。どんだけ迷惑かけても一緒にいてくれる人は大事にしな。君も彼のことが好きなら、彼の良いとこも悪いとこも全部受け止めてあげな。

智夏  …はい!

中川  …今のはどんな魔法ですか?

アイ  言葉の魔法さ


   上手から沢口スマホ片手に慌てて入ってくる


沢口  おいおいおい!!

アイ  お、Wi-Fiつながったかい?

沢口  いや繋がりましたけど、これ!! 天凪さんから連絡が!

中川  天凪が? どうしたんだ

智夏  ん?


   みんなスマホをのぞき込む


中川  これは!?

アイ  お兄ちゃん…!?

沢口  訳が分からないけど、とにかくすぐに戻りましょう

アイ  …ええ。


   杖を下手側に向けて振る


アイ  そこに飛び込んで!

沢口  瞬間移動ってやつですね! 行くぞ!

中川  智夏ちゃん!

智夏  はい!


   沢口、中川、智夏下手にはける


アイ  お兄ちゃん…


   アイ、下手に退場


   照明暗くなる

   和田道(ローブ)上手から登場、そわそわしている

   下手からアイ登場、袋を持っている


アイ  お兄ちゃん、ただいま!

和田道 どこに行ってたんだ! 勝手にいなくなるなって言ってるだろう!

アイ  ごめんお兄ちゃん…。でもね、いいもの取ってきたよ!

和田道 いいもの?

アイ  じゃん!(袋の中を見せる)

和田道 これは…?

アイ  生ハムって言うんだって! おいしそうでしょ!

和田道 まさか…、街に行ったのか!?

アイ  うん! でも誰にもばれてないから大丈夫!

和田道 そういう問題じゃない! 俺たちが人に見つかったらどんなことになるかわかってるだろ?

アイ  …お兄ちゃん生ハムきらい?

和田道 …食べたことないからわかんないけど

アイ  絶対おいしいよ! パンもあるから一緒に食べよ!

和田道 あ、ちょ! おい!!


   アイ、上手に退場

   照明、ゆっくり戻る


和田道 懐かしい思い出だな…。


   ローブを取り、箱の裏に隠す

   下手から昼間慌てながら


昼間  先生! 和田道先生!

和田道 どうした

昼間  それが…


   下手から遼大登場


遼大  いた!!

昼間  彼がすごい剣幕で…

和田道 これはこれは遼大くん。まだ質問があるのかい?

遼大  智夏をどこにやった!!

和田道 …なんだと?

遼大  とぼけるな! 智夏をさらっただろう!? どこにやったんだ!

和田道 落ち着け。何の話だ。

遼大  見学ツアーが終わって、ここを出てすぐ、智夏たちが目の前で消えたんだ!!

和田道 消えた…? 一瞬で?

遼大  ああそうだ。お前がやったんじゃないのか!?

和田道 ………残念だが、私は関与していない。こちらでも捜索させよう


   和田道、顎で昼間に指示を出す

   昼間下手にはける


遼大  そ、そうなのか…? じゃあいったい誰が…

和田道 ひとまず落ち着け。なぜそこまで取り乱す?

遼大  智夏は…俺が守らなきゃいけないんだ

和田道 なに?

遼大  小さいころ、智夏は俺よりずっと弱いのに、いじめられてた俺をかばってくれたんだ。だから俺は、智夏を守らなきゃいけないんだ、そう決めたんだ。なのに、智夏がいじめられてたことに気付けなかった。守れなかった…。俺のせいだ…。そして、今度は目の前で智夏が消えた。俺が見つけてあげなきゃ…。

和田道 …ふふ…

遼大  何がおかしい!?

和田道 いや、昔の誰かにそっくりだったからな。すまない、君の事情はよおくわかった。少し話をしよう。座りたまえ。

遼大  いい。

和田道 そうか、では見学ツアーの続きといこう。君は、自分が誰かを守れるほど強いと思っているのか? その相手は守らなければならないほど弱いのか?

遼大  何が言いたい

和田道 そのままの意味だ。弱いままでは何も守れない。何より社会は弱者に厳しい。

…記憶の忘却の研究を見ただろう?

遼大  それがなんだよ…。

和田道 あの技術は何のためのものだと思う?

遼大  トラウマに苦しむ患者の、医療のためじゃないのか

和田道 表向きはそうだ。…だが、例えば、記憶を失い、身寄りもない人間が大量に生産できたら? それはとても安上がりな労働力にならないか?

遼大  !? なんだよそれ…!?

和田道 信じがたいだろうが、そういう使い方をしたくてたまらない奴らも世の中にはいるんだ。

遼大  それを知ってて開発してたのか…!

和田道 …問題はそこではない。君のように崇高な理想を持っていても、こうした社会の負の部分や間違っている部分に触れた時に、ただ怒り狂って暴れているようでは、何も変えることはできないんだ。

遼大  ……俺は説教をされにここに来たんじゃない!


   遼大、下手に退場

和田道 …はぁ…


   昼間、下手から登場


和田道 若さとは、自分が正義だと疑わないことだな…

昼間  和田道先生…?

和田道 昼間、妹が見つかったよ。

昼間  え!? では…

和田道 ああ。あの計画を実行に移す。俺にはもう時間がない。

昼間  かしこまりました…!

和田道 …人類の負の歴史をこの世から消し去る……!


   和田道、下手に退場


昼間  すぐに各所に宣言を出さなければ…


   上手に向かおうとする昼間

   上手から出てくる天凪

   昼間に手をかざす


天凪  そうは問屋が卸さない。

昼間  うっ…!


   天凪、本を取り出し何かを書き込む


昼間  あ、あっ…は…

天凪  さてと、仕上げといくか


   天凪、本を閉じると同時に暗転

   天凪、昼間退場


   明転

   遼大下手から入場


遼大  くそ、どこにいるんだよ智夏…


   昼間、上手から登場


遼大  うわ! 和田道の秘書さん?

昼間  遼大くん。和田道を止めてくれ。

遼大  はぁ? 悪い研究してたのはあいつだろ

昼間  奴は世界をめちゃくちゃにするつもりだ

遼大  え?

昼間  奴自身が研究を悪用するつもりだったんだ。世界中の人々の記憶を奪い、世界を支配するつもりだ!

遼大  そんな馬鹿な話…

昼間  奴は魔女だ

遼大  !?

昼間  君にしか頼めない。君にしか、止められないんだ。

遼大  そんな、魔女相手に俺にできることなんて

昼間  幼馴染がどうなっても良いのか!?

遼大  え?

昼間  君は想像できていない。世界という大きすぎる言葉に惑わされ、すぐそばの幸せが奪われることの恐ろしさを

遼大  智夏…

昼間  そうだ、君が守るんだ。君が彼女を救うんだ。


   遼大、ポケットからカッターを取り出す


遼大  俺が智夏を守る…!

昼間  奴は、屋上にいる


   遼大下手へ走って退場

   昼間、不気味に笑う

暗転


   中央に和田道立つ。

   照明、和田道のみを照らす

   和田道、手に装置のスイッチを持っている


和田道 夜空に光る星々は、何のために輝いているのだろう。ただひたすらに燃え続けるだけの運命なのか。…俺は、変えられるのか…? …ん?


   照明ゆっくりと戻る

   上手から、沢口、中川、智夏登場


沢口  ここは、屋上!?

中川  戻ってこれたようだ

智夏  和田道さん…!

和田道 空間転移魔法か…。それにしても…久しぶりだな、我が妹よ。


   アイ、上手から登場


アイ  お兄ちゃん…

沢口  アイさん、感動の再会を喜んでる暇はありませんよ

中川  人類の歴史を消し去るなんて馬鹿げたことを

和田道 馬鹿げただと? 本当にそう思うのか? 今、その歴史のせいで苦しんでいる人がどれだけいると思っている? 人間の歴史は、偏見と差別の歴史だ。過去の祖先の悪行を、その子孫がどれだけ背負う羽目になると思う? …永遠だ。偏見は未来永劫消えず、差別は永遠になくならない。そんな歴史など消し去ってしまえばいいのだ!

中川  そんな身勝手な…

アイ  どうして! …どうしてそんなに…。お兄ちゃん…! アタシと離れてから何があったの!

  

   杖を向けて動きを止めようとする


和田道 あったんじゃない。これから起こるんだ!


   アイを突き飛ばす


アイ  きゃあ!

智夏  アイさん!

中川  おい! 実の妹だろ!

和田道 もはやこうするしかないのだ!


   天凪上手入り


天凪  無駄だ

中川  天凪!

天凪  その装置は無力化した。

中川  どうやって…?

和田道 このぉ…! いいのかお前たち! 過去だけじゃない、これから先にお前たちがあらぬ差別を受けることだってあるんだぞ…! 理不尽に居場所を奪われ、人と関わることさえ否定される! そんなことを永遠に繰り返すならば、もはや生まれることに意味など…!!

沢口  そんな…そんなこと言わないでくださいよ! 生まれることを否定しちまったら、この世界は、なんのためにあるんだよ!

和田道 ……

アイ  お兄ちゃん、お願い。また一緒に、


   手を伸ばすアイ、和田道手を取ろうとする



遼大  うおおおお!!


   下手から遼大叫びながら登場

   カッターで和田道を刺す


和田道 うぐ…!?

遼大  智夏を返せ、魔女め…!


   倒れる和田道


アイ  お兄ちゃん!?

智夏  遼大…? それ…

遼大  智夏、こいつはやっぱり魔女だった。みんなの記憶を奪おうとしてたんだ。…みんな?

中川  あ、天凪、救急車!


   天凪、言われるより早くに動き上手にはける


和田道 まだだ…、俺はまだ…


   和田道、落とした装置を拾い、ふらふらと下手に退場


アイ  お兄ちゃん!


   アイ、和田道を追い退場


遼大  これは…


   昼間、笑いながら下手から登場


昼間  わはああきゃっはっは!

中川  昼間さん…?

昼間  子どもはぁ、、何でもすぐに信じる! 素直でうらやましいいいぃ! ほんの少したきつけただけで、まんまとなぁああ~……あ、らあれ? ここは、先生? 和田道先生…?!


   昼間、取り乱しながら上手に退場


中川  いったい何が…?

遼大  お、俺は騙されて…


   遼大、カッターを落とす


智夏  遼大

遼大  お、俺、智夏を守りたくて…俺


   智夏、遼大をビンタする


智夏  しっかりしろ!

沢口  智夏ちゃん

智夏  私を「守りたい」だ!? あんたが守りたいのは、あんたの中の弱っちい私と、それを守ってるかっこいい自分の姿だろ!!

中川  智夏ちゃん

智夏  本当に私を守りたいなら…私の話を聞いてよ!! どうしていつも一人で突っ走るの! あんたが不器用なの、あんたが一番知ってるだろ!!!

遼大  ごめん…ごめんなさい…

智夏  謝るのは私にじゃない! それに謝っても許されない!

遼大  ごめん、ごめん……

中川  智夏ちゃんもういいだろう

智夏  …ごめんなさい、大丈夫です


   カッターを拾う沢口


沢口  ほら、立てるか?

遼大  ごめんなさい…

中川  …アイさんたちを追うぞ


   四人下手にはける


   和田道・アイ上手入り


アイ  待って! お兄ちゃん!

和田道 う…


   傷をおさえて倒れこむ


アイ  お兄ちゃん!? 今治癒魔法を…

和田道 やめろ、無駄だ…

アイ  無駄じゃない! 何度も効いたもの、今度だって…

和田道 今度は本当にダメなんだ…

アイ  そんなこと…!

?   彼の言う通りだ

二人  !?


   天凪、下手入り


天凪  やあ。

和田道 …天凪…!?

天凪  彼は感じ取っているのだ。自分自身の、覆しようのない運命を。

アイ  何を言っているの…! お兄ちゃんに何をした!

天凪  私はただ、彼を迎えに来ただけだ。

アイ  迎えに…?

和田道 やはり、お前は…

天凪  おや、気づいていたのか。

アイ  あなたはいったい…


   遼大、智夏、沢口、中川、上手入り


智夏  大丈夫ですか!

遼大  和田道さん…

沢口  え? 天凪さん?

天凪  おや、皆さんいらっしゃいましたか。

中川  天凪! そこで何をしている…!? 救急隊はどうした!?

天凪  呼んでいませんよ。その必要がありませんから。

中川  なんだと!?

天凪  彼は、ここで死ぬ運命にある。

遼大  …!

アイ  気を付けて。この人はただの人間じゃない。

智夏  え? じゃあ魔女…?

和田道 いいや魔女じゃない。

天凪  ああ。私は、「天使」だ。

皆   !?

智夏  …天使?

天凪  久しぶりにこの世界に降り立ったが、なかなか苦労してしまった。ただ彼を連れ帰るだけでよかったんだがな。やれやれだ

中川  話が読めないな。お前の言う「天使」とはなんだ? なぜ和田道さんがここで死ぬ運命だと断言できる? なぜ和田道さんを連れ帰る必要がある?

天凪  順を追って説明しましょう。…まず、この世界には覆しようのない因果律、運命というものが存在する。例えば、君は朝食にパンと生ハムを食べることにした。これを自分の意志で選択したと思うだろう。しかし、これは全て運命であらかじめ決定づけられているものだ。偶然も悩みも不運も、全て決められたレールの上を走り、書き換えることはできない。

遼大  …

天凪  その運命を監視し、操作できるのが「天使」だ。巨大な隕石の軌道から、部屋の隅にあるホコリがどう動くかまで事細かに運命を管理する。しかし、滅多にこの世界には降りてこない。この世界には運命から外れた異分子を自ら排除しようと動く、自浄作用があるからね

アイ  …それが魔女狩り…。

天凪  それもその一つだが、今回はそれでは排除しきれなかった。それはなぜか? その異分子が、運命を操作できる「天使」と同じ能力を持っていたからだ。

和田道 俺が「天使」だと…?

アイ  そんなわけない! お兄ちゃんとは産まれてからずっと一緒なんだ

天凪  だからだよ。……沢口君、この本に見覚えはないかな


   帽子と眼鏡をとり、小さな本を取り出す天凪


沢口  え!? あの時の公園にいた…!?

天凪  あなたのおかげで物語の続きは無事に綴られました

沢口  じゃあ、やっぱりあの魔女の話は…

智夏  ちょ、ちょっと! 何の話!?

沢口  …君たちと最初に会った公園で、僕は昔話を聞かされたんだ。その話の内容はこうだ。大昔に孤独な魔女がいた。その魔女のところに空から青年が落ちてきて、二人は恋に落ち、子どもを授かる。でも子どもが産まれる前に青年は魔女の前から姿を消して、魔女も出産と同時に死んでしまう…。

中川  なんだ…その話は

遼大  その魔女が産んだ子どもは…

天凪  その子どもこそが、この双子だ。そして、空から落ちてきた青年が、私だ。

皆   !?

天凪  どうだ、わかっただろう? お前が「天使」だということを

和田道 …ああ、よくわかった。


   和田道立ち上がる


アイ  お兄ちゃん…?

天凪  物わかりの良い息子で助かるな

和田道 黙れ。

天凪  …。では私は先に行こう。これ以上、邪魔しちゃ悪いからな


   天凪、客席通路を通り外にはける

   追おうとするアイを制止する和田道


和田道 わかってたさ。自分が魔女ではないことも、今日死ぬことも。だけどな、抗ってみたかったんだ。見たくもないのに見えてしまう自分の運命に…。でもどうやっても変えられなかった。逃げるのはもうやめだ。俺は「天使」としての運命を受け入れる。……今はアイって名乗ってるんだっけ。

アイ  …うん、アイ。ナマハム・アイ…

和田道 はは! 生ハムか、そりゃいいな。…一緒にいられなくてごめん。悪いお兄ちゃんを許してくれ。

アイ  お兄ちゃん…! 待ってよ!

和田道 アイ。運命には確かに抗えない。だが、一度知ってしまった運命を、忘れることはできる。…。最期に同じ時間を過ごせて、嬉しかったよ。


   和田道、アイに装置を握らせる


アイ  そんな…

和田道 魔女じゃないのに魔女だと罵られ続けて、いっそ自分が本当に魔女だったらいいのにと思うようになってたんだ。俺を、魔女として殺してくれて、ありがとう。

遼大  …

智夏  和田道さん

和田道 じゃあ、しばらくお別れだな


   和田道、客席通路を通り外にはける


アイ  …お兄ちゃん……。

智夏  アイさん…

遼大  ごめんなさい…僕のせいで…

アイ  …ううん、君のせいなんかじゃないよ。きっと運命で決められていたんだ

遼大  そんな…。

中川  そうだ。あの和田道さんの秘書も様子がおかしかった。天凪に書き換えられたのかもしれない。和田道さんをこの世から消すという、運命に。

沢口  …じゃ、じゃあ、僕らが出会ったのも、その書き換えられた運命の…おかげ…?

皆   ……。

アイ  …運命を忘れることはできる…


   アイ、装置に杖を向ける


沢口  アイさん…? 何を…?

アイ  …。

中川  まさか…! よせ!


   アイ、全員に杖を向ける


アイ  お兄ちゃんが何をしたかったのか。わかった気がする。お兄ちゃんの最期の言葉の意味はそういうことだと思う。

智夏  いやだ…忘れたくなんかないよ!

遼大  そうだ…。自分がしてしまったことは帳消しになんかならない…

アイ  …アタシのお兄ちゃんのためだけに運命が書き換えられて、不幸になる人が出てきちゃうなんて、アタシは嫌だ。

沢口  ダメだ! いくらなんでもそれ以上、踏み込んじゃいけない!

中川  沢口君の言う通りだ。冷静になれ!


   アイ、大きく手を振り下ろす

   全員倒れて這いつくばる


全員  わぁあ!

沢口  なんだこりゃ…!

中川  体が…?!

アイ  みんな、ごめんね。お兄ちゃんは運命を受け入れたけど、アタシにはまだできない。これは、アタシの、運命への、最後の抵抗だから。…さよなら、みんな。

遼大  そんな…

智夏  アイさあああん!!


   アイの咆哮。装置を起動し、激しい音と光が起きる。

   暗転

   全員はける


   夕方五時のチャイム

   明転

   アイ、椅子に座って天凪の持っていた本を読んでいる

   上手から沢口、電話をしながら入場


沢口  はい、はい。ありがとうございます。失礼します。…はぁ…。


   アイと目が合い軽く会釈してベンチに座る沢口

   少しの沈黙


アイ  どうかされましたか。

沢口  …はい?

アイ  ずいぶん落ち込んでいるようでしたから。

沢口  あ、いえ…。うまくいかないもんですね、世の中

アイ  というと、

沢口  …僕、就活中なんですが、周りの友達がどんどん内定をもらっていく中、自分一人とり残されて。こう見えても成績はよかったんですよ? でも要領はよくなかったのか…。なんだかもう、自分が何に自信を持っていたのかもわからなくなって…。

アイ  なるほど。

沢口  あ…すみません。見ず知らずの人に愚痴こぼしちゃって。

アイ  構いません。アタシから尋ねましたから。

沢口  あぁ…はい…。

アイ  どうでしょう。気分転換にアタシの話も聞いてくれませんか。

沢口  あ…はい、是非!

アイ  …もし、自分の人生があらかじめ決められた運命というレールの上を走っている、と言われたらあなたならどうしますか。

沢口  え…? そ、そうですね…ちょっぴり残念かもしれませんが、あんまり変わらないかもしれませんね

アイ  それは、どうして…?

沢口  だって、僕にはそれが実際に運命で決められていたかどうか、わかりませんから。

アイ  …そうですか……。

沢口  あの…以前どこかで…?


   沢口の電話が鳴る


沢口  あ、すみません…。はい、沢口です。はい、そうです。…え、内定? 本当ですか?! ありがとうございます! 失礼します!! 


   沢口、電話を切る


沢口  やったああああ!!! これで就活から解放されるぅ……!

アイ  おめでとうございます。

沢口  ありがとうございます! あ、では僕はこれで! また会う日まで!


   エンディング曲が流れ始める

   沢口、上手に退場

   入れ違いで下手から中川と昼間が入場


中川  よぉし! 次の取材だ! 次は…。…? 昼間!

昼間  まだ行くんですか中川さん…

中川  当たり前だ! この世の全てを記事にしてやる! 行くぞ一番弟子!

昼間  待ってください、ああもう無茶苦茶だぁ!


   そのまま上手に走り去っていく二人

   上手から遼大、智夏言い合いしながら入場


智夏  待ってよ~遼大~!

遼大  どうせ面白くない話だろ

智夏  絶対面白いって! ほら! ちょっとだけでもいいから!!

遼大  うるさいなぁ


   言い合いになる二人


アイ  運命なんて、本当はなかったのかもしれない。でも、これがアタシの選んだ道だから。アタシは前に進む…。


   二人の間に入るアイ


アイ  まぁまぁ、二人とも、そこまでにしよう! ほら、夕方五時も過ぎたし、良い子はお家に帰る時間だよ~!

二人  良い子じゃないもん!

アイ  あはは! 相変わらず息ぴったりだね!

遼大  おばさん誰?

アイ  ふふふ…。よくぞ聞いてくれた! アタシの名前はぁ…


   音楽が大きくなり、セリフが聞こえなくなる。

アイの言葉に驚いた様子の二人。興味津々な様子の智夏と怪訝な表情の遼大。

笑うアイについていく智夏。ため息をつきながら少し遅れてついていく遼大。

三人上手に退場。


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