原作未読了・映画「屍者の帝国」について

原作未読了の状態で「屍者の帝国」を観ました。伊藤計劃の他の作品も未だ現在進行形で読んでいます。全て読んでいらっしゃるかたからすれば「原作読んでから語りなよ」と思われるかと思いますが、敢えて現時点で思ったこと、考えたことなどを書いていきたいと思います。

「屍者の帝国」は実は原作を読んでいなかったため、1度目はよくわからずにとにかくすごいことになっているという感想でした。2度目を観終わってやっと、何を言おうとしている映画なのか自分で少し咀嚼できたような感じがしました。

私は常々、「石、動物、人、AI」の違いについて考えていました。きっかけは東浩紀さんのゲンロンカフェで行われた「デリダ」についてのイベントでした。石と動物とはどう違うのか、動物と人はどう違うのか、人とAIの違いはなんなのか、石と人についてはどうかなど、考えれば考えるほど面白いテーマであり、今も楽しく考えています。

今回の「屍者の帝国」では「生者」と「屍者」が対比的に描かれていますが、(AIも少し)その違いには21グラムの「魂」の存在があげられています。「屍者の帝国」の世界では、人は死んでしまうと21グラムの魂を失うため、死者は擬似霊素(漢字が間違っていたら申し訳ありません)を注入され、労働者として再利用されています。生者と死者ではそのような「魂」の存在が違いとしてあげられていますが、「石」と「人」の違いにも同様に「魂」の存在が可能性付けられるのでしょうか。「人」と「AI」の違いも同様、「魂」という存在が重要であると思われます。

ただ、「魂」というのがなんなのか、とらえどころがなく、また科学的にも証明されていないため、どうもまだ考え続ける余地があるなと思っています。また、「動物」と「人」との間には「言語の有無」という違いがあるかと思いますが、それもまた伊藤計劃の他作品で重要なキーワードになっていると聞いています(噂)。

言葉はエクリチュールで、書いた時点ですでに過去になり、そういう意味では人は常に過去に生きているのかなと思ったりします。鶏は3歩歩けば全て忘れると言われるように、この「過去」という概念が他の生物にはないのだとしたら、とても面白いなと思います。

このような雑多なことを考えていますが、私一人の頭ではうまく整理がつかず、もしこんな原作未読の私ですが、できれば「屍者の帝国」をご覧になったかたと意見交換できればと思っています。


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