読書メモ:『イリアス』②:ホメロス伝

 岩波文庫の『イリアス(下)』には、ヘロドトス作と云われる『ホメロス伝」という短編が収録されています。「ホメロス」は通称で、本名はメレシゲネスといいます。前8世紀ころ、小アジア(アナトリア半島)の西部(イオニア地方)で生まれたホメロスは、シングルマザーの家庭(父親は不明)で育ちながらも優れた資質を示し、長じて学塾の教師となり、次いで船を使った商売に携わるようになりました。早くから詩作を始めていた彼としては、船旅で得る経験が作品の着想を豊富に与えてくれると思ったのでしょう。
 ところが、旅の途中で病気により失明してしまいます。旅を諦めて詩作に専念する生活を送るようになりました。盲目の身ということもあり、吟遊詩人として身を立てるのは容易なことではありませんでした。物乞い同然で様々な街を渡り歩く生活であったことが描かれています。
 故郷であるキュメの町に戻ったメレシゲネスは、優れた詩の才能を発揮して、人気を博しました。彼は、町の評議会に対し、自分を町のお抱え詩人にして扶養してほしいと陳情します。この出来事を通じて、彼は町の有名人になり、「ホメロス(盲人)」の通称が定着しました。しかし、扶養の件は結局拒否されてしまいました。失意のホメロスはキュメを離れ、再び漂白の旅に出ます。
 流れ流れてキオス島にたどり着いたホメロスですが、彼の学識や作品を評価してくれる支援者を得られるようになり、ファンも増えて収入もそれなりに安定するようになりました。妻子を得ることもできて、幸せな時代を過ごしたようです。その後、彼はキオス島からも旅立って、旅先で病没しました。

 ホメロスは、自分の支援者やお世話になった人たちを作品のなかに登場させるということをよくやっていたようです。顧客サービスですね。『イリアス』や『オデュッセイア』に該当する記載が随所にあることが紹介されています。
 『イリアス』を読むと、登場した直後にあっさり退場する人物の描写が多く出てきます。アキレスにあっさりと殺されるだけの出番だったりするのですが、それでも名前と素性(主に出身地と父親の名前)くらいは紹介されます。旅先で試作をするうちに、そういう「ご当地ネタ」的な描写が増えていったのだろうなと思います。

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