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かくことはかくもむずかしく

僕はライターをしている。だけどそもそも文章を書くことがまったく得意じゃない。むしろすごく苦手だ。

論理もめちゃくちゃだったり、いちいち固かったり、同じ話を繰り返したり、自分の話す言葉でさえうまくまとめられない。

そんな僕がなぜ文章を書く仕事がしたいと思ったのか。

それは言葉を使って世の中を上手に表現したいから。誰かのことを書くときも、僕自身のことを書くときでも、それを通して言葉が生まれて、世の中を新しく捉えることができたら無上の喜びがある。

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僕は子どものころいじめられていた。

友達はいたがうまく話せなかった。どんなふうに話したら相手が喜んでくれるのだろうかと考えてばかりいた少年時代だった。

中学生のころ、僕の発する言葉はよく否定されたし馬鹿にされた。僕が動けば笑われたし僕が笑えば殴られた。喋れば無視された。みんなあるものかもしれないが、冗談ではない「死ね」を言われたことも何度もあった。

被害妄想もひどくなった。これはいまでも多い。歩いているだけでみんな僕を笑っている気がした。近くで知らない人が笑っていると僕が笑われているように思えた。僕はこの世にべつにいらない人なのかなと思ったこともあった。

駅のホームで人込みのなか僕が立っていると、僕にぶつからないように人が避けて歩く。そんなときに、「僕はこの世にちゃんと存在しているんだ」と実感が得られた。

僕は人に笑われないような仕草をして、人に笑われないようにみんなと一緒に話すにはどうすればいいのか常に考えていた。あの人気者はどうしてみんなの中心で話ができるのかといつも観察して、よく人気者の話し方を真似てみたけどうまくできなかった。

みんなとちゃんと話せるようになりたい。

言葉をうまく使える人になりたい。

苦手だったからそう思った。

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ただメモ帳やノートに書き綴っているだけでどこにも出さないなら、世の中に何の影響も持たせられない。だからライターとして公に発信できる人になりたいと思った。

べつにライターじゃなくても発信はできるのだけど、言葉のプロになりたいと思ったから、いま、ライターをしている。僕の「言葉のプロ」の定義は、自在に言葉を扱える人。そこには人格や振る舞いも伴う。言葉に何かを動かす力を持たせられる人。

僕はそもそもライターになるにはどうすればいいのかを考えていた。ライターは「言葉でお金を稼げる人」。そんなイメージが湧いた。

だからお金を稼ぐ方法を知ろうと思った。そして文章でお金を稼ぐ方法を学んだ。この “お金” は僕にとっていわゆる “お金” じゃなく、“人に認められる” という意味を持っていた。

「自分の文章でお金をもらって生きていくことができるかもしれない」

そう思ったとき、僕はまるで魔法が使えるようになった思いがした。

これまでも当たり前のように使えたはずの「言葉」なのだけど、その見え方が一気に変わった瞬間だった。

言葉は怖い。良くも悪くも言葉ほど強いものはないし、頼りないものもない。


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