もうどうなってもいいや。これは諦めの言葉だ。ネガティブな言葉ではない。これから起こる事を受け入れるという覚悟=ポジティブな言葉だ

人と人がハグや握手など触れ合ってる時って幸福物質のオキシトシンが出るらしい
でも俺にはそんな機会がないし、今はあまり好かない。でも孤独感や不安感を癒す効果もあるオキシトシンを分泌したい
それなら人の代わりにぬいぐるみでも一応いいらしい
俺は小さい頃から愛用のプーさんに癒してもらう

人間本来は欲の塊だから「もっともっと」と常に求めるんだけどスマホがあるとさらに「もっともっと」と刺激を求める
この刺激では満足せん、さらに強い刺激さらに強い刺激と求めすぎて体が刺激に耐えきれなくなる
その前にスマホを使う時は「これは俺の期待を上げてしまう機械」という事を忘れず使う

ネット、ポルノ、ジャンクフードなどの超常刺激に慣れ過ぎた
ドーパミンという期待感をあげる物質をドバドバ出し過ぎて歯止めが効かなくなった
頭の中では、常に「もっともっと」という声が聞こえる
不安も「まだ足りない」幸せも「まだ足りない」
脳的には人工的な世界より自然界の方が良いらしい

俺は母子家庭で育った。
父親は、体が悪く離婚してからその後亡くなった
俺が中学生の時だった
俺の父親は優しい一面もあり怖い一面もあり普通の親だった
だが父親は、病気で良くなかった。だから夜 父と母の喧嘩も多々あった
暴力などはしてないけど良い印象はなかったそんな父親を今なら愛せる

母子家庭や片親などで育った人達は、育ての親以外の人に裏切られた認知だ
例え、会ったことなくても優しかったとしても
認知の歪みは、自分までも歪ませてしまう
優しさを表に出せない人もいる。変わった愛情表現しかできなかった人もいる
どうせみんな裏切るんだから。人を信じないなんて思うな