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案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 4 合成樹脂金継ぎの基礎知識(前編)

2020年辺りから地球環境ビジネスやコロナ禍と結びつけて、合成樹脂・塗料を使用した即席なインスタント金継ぎが広まっているようです。
こうした金継ぎは恐らく私が知る限り、1979年から工芸月刊誌「目の眼」で連載されたものを書籍化した1999年出版の「やきもの修理法 里文出版」が元ネタで、”小さな破片から繋いでいく”や”エポキシ樹脂を使う”、"新うるしは安全"という話もこの本の記述から伝聞されているものではないかと思います。

やきもの修理法(初版):現在は改訂版の中古が買えるようです

(元ネタの情報認識が古いとしても)本を読んだ人が各自の判断で自分の家の器を直しているぶんには問題ないと考えていますが、最近のブームは情報不足のまま大々的にワークショップを開いたり、飲食店で使っている器を直したりと暴走ぎみの感があります。特に、ワークショップは限られた時間で金色にするところまで行う必要があるため、十分な知識や注意を伝えないまま終了になってしまっていることが多いように見受けられます。

そこで合成樹脂で金継ぎをやっている方、これからやろうと思っている方が再確認や判断をして頂けるよう、前編では合成樹脂の金継ぎでよく見る材料の基礎知識を、後編ではワークショップなど短時間で修理を行う際の注意点やリスクについて記載したいと思います。

真鍮紛・マイカ紛について

金粉は高価なため、代用として用いられるようになったのがマイカ粉や真鍮紛です。

マイカ粉

マイカ紛は雲母うんもという鉱物を粉にしたものですが金継ぎで用いられるのは殆どが合成マイカ(合成金雲母)になります。
マイカ紛は非金属のため金粉や真鍮粉のようにマイクロ波の影響を受けませんので、修理品を電子レンジでも使えるということで人気があるようです。反復曝露の特定標的臓器毒性の指定になっていますので、大量吸引はないと思いますが非常に軽く舞い散る粉なので修理中に吸引しないよう注意する必要はあります。

真鍮粉

真鍮粉は、銅と亜鉛の合金(亜鉛比率が20%以上のもの)を粉にしたもので、亜鉛の比率が多くなるほど金色になります。5円硬貨は真鍮製なので、その粉をイメージすると分かりやすいでしょう。
真鍮紛は始めこそ金色に見えますが経年で変色したり、緑青ろくしょう(無害ですが毒々しい色なのでちょっと驚く)が出たりします。修理箇所から食品に金属イオンが移って体内に取り込まれる可能性はまず無いと思いますが、汗をかきやすい夏場は特に金属アレルギーを持つ方は作業中の扱いに注意が必要です。真鍮は金に比べアレルギー反応の出やすい金属です。舞った粉が汗で皮膚に付いたままになっていたり、閉め切った部屋で吸い込んでアレルギーを発症する可能性は高いので、その対策は考えておく必要があります。

合成うるしについて

新うるしなどの名称で、金属粉の定着に使われるのが合成うるしです。
合成うるしを販売しているメーカーはどこも原材料の開示をしないため、全てが以下の説明にあてはまるかどうか分かりませんが、おそらく合成うるしはカシュー塗料かその類似品だと思われるのでカシューナット殻液カシューナットシェルリキッド(カシューナッツの殻から抽出される液)を処理したカルダノールを主成分とする塗料の場合として解説します。

漆は液中の酵素が銅イオンの酸化還元反応を利用し水蒸気から酸素を取り出してウルシオール(油分)を固める働きをします。合成うるしの原料になるカシューナット殻液カシューナットシェルリキッドはウルシオールを含んだ樹液ですが、ウルシオールを固める酵素が入っていないため、熱処理してウルシオールに似たカルダノールという油を主成分とする原液にしてから、ホルマリンやホルムアルデヒドとヘキサメチレンテトラミン(アルコールの縮合物)と反応させ、酵素に代わる触媒として油性塗料で使われるマンガンなどの重金属を添加し固まるよう加工しています。ホルマリンや重金属など発癌リスクとされる毒性の高いものが使われているため合成うるしは口や食品に触れない部分のみ推奨とアナウンスしているメーカーもありますが、食品衛生法適合ではないが独自に調査機関で検査したところ溶出物は検知されなかったとして書籍に添付したり、無鉛塗料だから大丈夫とQ&Aで回答している場合もあり、結局のところ安全性の線引きは使用者判断(要するに自己責任)によるのが現状と言えます。

なお、うるしという名称を用いたウレタン塗料(和信ペイントなど)は、カシューナット殻液カシューナットシェルリキッド由来のものではないので食品衛生法適合となっています。

エポキシ樹脂について

破片の接着や欠けの充填でよく使われているのが、エポキシ樹脂の接着剤やパテです。
エポキシ樹脂は、エポキシ基という合体できる手を持った重合体オリゴマーに、橋架け剤を加えると反応が起こり網目構造の高分子化合物ポリマーになる樹脂で、網目構造になることで熱や溶剤で溶けなくなります。
よく使われているのは2液性で、主剤と硬化剤を規定の比率でよく混ぜて反応させます。1液性のエポキシ樹脂は加工した硬化剤の粒があらかじめ主剤に混ぜてあり、加熱や紫外線照射によって反応が始まるようになっていますが、硬化の仕組みは2液性と同じです。

エポキシ樹脂は1930年頃にビスフェノール型が開発され、その後、用途に応じて多種多様なものが作られています。現在では食品衛生法適合のエポキシ樹脂もありますが、合成樹脂の金継ぎで使われる接着剤やパテは、扱いやすさや硬化の早さからビスフェノールAを原料とした市販のエポキシ樹脂がほとんどのようです。
ビスフェノールAはプラスチック原料として多く用いられますが、環境省により環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)に疑われると指定されており、使用を誤ると許容量以上に溶出したビスフェノールAが体内に取り込まれたりアレルギー性皮膚炎を起こす可能性があり、特に子供の健康には影響が懸念されるという報告もあるため、接着剤製造メーカー各社は口や食品に触れる部分へは使用しないよう注意喚起しています
ビスフェノールAの安全性については、動物実験により低用量では人体に曝露の危険は無かったとする報告もあり、現在も継続的に試験検証が行われていますので、合成うるし同様、使用者に判断がゆだねられている部分が大きいと言えるでしょう。

(後編へつづく)

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(c) 2023 HONTOU , T Kobayashi

<参照:食品衛生法適合エポキシ>


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