海外小説を読まない実作者に薦める海外短篇10選

(原稿用紙換算約24枚)


 短篇小説が好きだ。とても好きだ。ものすごく好きだ。と三度繰り返すくらい、自分は短い小説が好きだ。

 短いものや小さいというのはそれだけでいいものなのだ。小さいものは持ち運べる。自分の行くところ、どこへでも持っていける。大きいものになるとそうはいかない。たいてい自分のほうがそちらに行かないといけないわけで、それもなかなか億劫ではないか。もちろんそれはそれで良さがあるし、ものには役割というものがあるのだが。

 創作講座をやったり、年2回刊行の文芸誌の編集をやったり、そして電子書籍レーベルを立ちあげ、そこでも編集者の仕事をしているので、とにかく原稿を読むことが多い。それも短篇が圧倒的に多い。
 そしてわたしはどうも特殊な体質らしく、たいていどんなものでも面白く思う。そうでないものはなかった。しかし何となく残念に感じたこともあって、それは半分くらいの書き手が海外文学をあまり読んでいないように見えたことだった。

 文芸雑誌の新人賞などのことを考えると、明らかにドメスティックなもの、つまり国内志向のほうが強いので、海外文学を読まないのはその点では、むしろ有利なのだが、なんというかもったいないのである。そう、もったいない。

 これは個人的な希望であるが、作家はすぐれた読者であって欲しい。すぐれた読者がすぐれた作品を書く。自分はそこに理想の姿を見いだす(「すぐれた」というのは選別とは関係がない)。そしてそういう読者は、当然海外文学なども国を問わず、時代を問わず、広く渉猟していて欲しい。

 しかし現実は残念ながらそんなふうにはならない。作家というものは意外に本を読んでいないものであり、それどころか、どうも人の作品を読みすぎることは、作家にとっては害になりそうな気配もある。作家には視野の狭さのようなものが必要らしいのだ。独自の妄執といったものが。

 以前、ある作家が対談で、自分は竜が出てくるだけで読む気がなくなる、と述べているのを目にした。それはファンタジーや幻想文学を総却下することで、そういうものを揺籃として育ったわたしは、尋常ではない怒りを覚えたものだが、それは書き手としては正解なのだろうといまでは思う。

 偉大な漫画家白土三平の偉大な作品に『カムイ』という大長篇があり、それは忍者が主人公で、多くの忍者が登場するのだが、そのなかのひとりが偶然、宮本武蔵と闘うことになる。ものすごくあっさりと忍者が勝ち、宮本武蔵は情けない姿で遁走する。そして、忍者はその背中を見ながら淡々と言うのだ。
「強いといってもしょせんは武士」

 その言葉を記憶に焼きつけたのはわたしだけではないだろう。これまで何人かが引用するのを目にしている。自分も忍者のその言葉にはほんとうに衝撃を受けた。
 宮本武蔵と言えば、剣さえ持てば史上最強とも言える人間ではないか。それがたかが脇役の忍者ひとりに簡単にあしらわれるなんて……わたしはそのとき天地が入れ替わるような驚きをあじわった。
 そして歳月は巡り、いま筋金入りの読書家と作家を対置させるとき、わたしは以下のようなヴァリアントをひとりつぶやく。
「読んでいるといってもしょせんは作家」

 わたしは小説も書いているが、刊行したものは残念ながらあまり売れていない。わたしはその原因を本を読みすぎたせいではないかと考えている。単純に書き手としての能力が足りないせいかもしれないので、そういうことにしておくと自尊心にとっては好都合なのである。そして倒錯した悔悟の言葉をもらすのだ。ああ、おれは読み過ぎてしまった、もう読んでいない時代には、戻れない、と。
 
 長々と述べてきたが、以上のように、作家や作家志望のかたに本を薦めるのは手放しでいいとは言えない面もあるのだが、それでも読者としての基礎教養があまりにも欠けていてはまずい気もするので、もしいま海外文学をあまり読んでいないとしたら、これは読むと刺激あるいは参考になるのでは、という短篇を十作(ひとつ中篇もある)紹介しよう。
 いずれも世界文学が長い時間をかけて産みだした琥珀のような作品である。明らかに自分は海外かぶれであるのだが、良し悪しはべつにして、海外の小説のほうが遠くまで連れていってくれる感覚があるということは、多くの読者に首肯してもらえるかと思う。

 あわせて多少変わった小説の分析方法「アティテュード、アトモスフィア、スペクタキュラー」について記そうと思う。しばしお付きあい願いたい。

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海外小説を読まない実作者に薦める海外短篇10選

西崎憲

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西崎憲

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コメント4件

さっそく読もうと調べました。
で、マーヴィン・ピークの作品については、『死の舞踏』かと思います。
げんなりさん、お返事おくれてすみません。『死の舞踏』はまだ生きているんですね。
読みたくて調べたら、その書名が上がってきたもので。
最近は絶版になるのが早いのに、よく残ってたなあ。
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