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ホルヘ・ルイス・ボルヘスをほどく — われわれはどのように読みそこねてきたか

(原稿用紙換算37枚)


『文学ムック たべるのがおそい』 Vol. 6 に、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短篇小説 El jardín de los senderos que se bifurcan の日本語訳を寄稿した。これまで「八岐の園」という訳題で親しまれてきた作品で、人口に膾炙した題を変更するのは、避けたほうがいいように思うのだが、わかりやすさを考えて「あまたの叉路の庭」とした。しかし、あるいは「叉路(さろ)」という語にも親しみにくさはあるかもしれない。

 同誌の刊行は十月初めなので、まだ読んでいただくことはできないのだが、この作品を訳したことで、浅くはない感慨をいだいている。
 なにしろ読書生活において、この作家ほど自分が重要視してきた作家はいない。そして実際に手に取り、繰り返し読んだ数もおそらくこの作家の本がもっとも多い。
 小説を書く立場になってからも、小説にたいするボルヘスの態度はつねに頭の隅にあり、それは隠れた規範のようになって、自分の書くものを支配していたような気もする。自分はどこかで、自作をもしボルヘスが読んだらどう思うか、ということを念頭に置いて書いてきたような気がするのだ。

 さすがに一時は過度の崇拝あるいは固着はあまりいい結果にもたらさないような気がして、多少意識的に遠ざけたりしたし、ボルヘス以降の文学理論・理念のようなものもちらほらと現れて、重要度は少しは下がったけれど、これまでボルヘスほど大きな存在はほかに現れていないし、今後も現れないのではないかという気がしている。

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