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はじめに

宿命と運命の違いは、変える事ができるか否かの違いです。
自分が生まれてきた時に、すでに決まっていて、自分ではどうする事もできない事は、全て宿命です。生まれてきたという事実、男であるか、女であるか、どの時代に生まれるかなどは宿命です。人間は変えることのできない事実を前提として生きていきます。しかし誰と結婚するか、どの職業につくか、どこに住むか、子供を作るか否かなどは決して定まっていません。自分の意志や努力で、ある程度、変えることや選ぶ事ができるからです。これらを運命と言います。
宿命と運命が組み合わさって、運勢が出来上がります。宿命と運命の解釈を履き違えると、運勢を正しく読み取ることはできません。運命学・算命学では宿命と運命をはっきりと区別して読み解きます。


「干支」と「運勢」

算命学では、生年月日を宿命と呼び、生年月日は自分の意思では選ぶことも変えることもできません。また、生年月日は、あらゆる運勢が始まる時であり、その人間が初めて宇宙と接触した時であり、初めて生を受けた時でもあります。人間は生まれてきた時に初めて宇宙の気を受けます。算命学では生年月日を運勢を見ていく基本に使います。そして生年月日の干支を宿命と呼びます。
 誕生したその時から、運勢が始まります。どういう宿命か、男か女か、両親が裕福か、家柄はどうか、兄弟がいるかどうか、何番目の生まれか、暑い時か寒い時か、どこの国か、どういう時代か、人それぞれ違うのが人間です。これらが全て同じ人間はいません。宿命は時代と環境に影響されて運勢を作り上げます。運勢とは宿命との関係の中で生きていく姿なのです。

「運命」を選ぶ

宿命には様々な宿命がありますが、宿命自体にい良し悪しはありません。どんな宿命であってもその宿命にあった生き方をすれば成功できますし、幸福にもなる事ができます。サクラは桜の宿命があり、それにあった環境で初めて良さが出てきます。桜が秋桜(コスモス)になろうとしたり、南国の(ハイビスカス)の花が咲く環境で輝こうとしても順調な成長をすることはできません。衣服であっても高価なドレスが良くて作業着が悪いと言うことではなく、全ては着る人の用途で決まります。高価なドレスを着て作業現場に行って作業をしたり、作業着を着てパブリック(公的)な会議に出席すれば、望む結果、パフォーマンスは得られません。それぞれの衣服の用途にあったシーンで着ればその衣服の存在価値が際立ち活かされてきます。
 人間も、それと同じであるというのが運命学(算命学)の考え方です。親縁のない宿命の持ち主であれば、親を頼らず生きていけば良いし、商売に向いた性格の人であれば、独立して商売を始めれば良いのです。深淵のない人が、親をあてにして生きていけば人生が曲がってしまいますし、商売人向きの人が学校の先生になっても、実力は発揮できません。どういう運命を選ぶかでその宿命が活かされるかが決まってきます。

「宿命通りに生きる」

自分のメカニズム(宿命)に合う生き方をすることがその宿命(自分のメカニズム)を最大限に活用することになります。それは、自然が自分に与えた役目を消化する事であり、自然法則に沿うことになります。運命学・算命学では「宿命通りに生きる」と言います。人間は、与えられた宿命通りに生きることが望ましいのです。与えられていない宿命を望んでも様になりません。それは現世でとても生きづらくなることを意味します。運命学・算命学は自分の宿命(メカニズム)を明らかにして、その人がどのように生きたら良いか教えてくれる学問なのです。

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