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マスコミの人間になりたかった

学生時代、私はアナウンサーを夢見ていました。
理由は言わずもがな、放送部でアナウンスを学び、それに楽しさを見出したからです。

そして大学に入り「アナウンサー」という夢を漠然と抱きながら、友達と遊んだり、恋愛をしたり、バイトをしたりなど、ごく普通の大学生活を謳歌していて、放送関連のことはオタ活を除いてほとんどやっていませんでした。

大学3年のときに、地元の放送局で1dayインターンシップに参加した時のことです。


私は、「アナウンサー志望」の現実の一部を見せつけられました。


有名大学出身、容姿端麗、コミュニケーション能力、ミーハーさ…
これは、放送局が求めるアナウンサー像をそのまま投影させた姿そのものでした。
中には、白スーツを着てインターンシップに臨まれた子もいました。
(その子に聞くと「アナウンススクールで買わされた」そうです)
このインターンシップで得たことは、アナウンサーは容姿端麗であれば何でもありなんだ、という現実で、私のような陰キャデブ女はお呼びでないということを学びました。

そして就活時、「マスコミ関係であれば何でも良い。自分が見たことを世の中に発信して安定収入を得たい」と思い、新聞社と広告会社、放送局などのマスコミ関係の仕事を第一志望に探しました。
あの時の私は、とにかく入れればいいというだけで、採用担当者にゴマをすっていたように思います。まぁ金が底を尽きて実家に戻るための引っ越しをしたので辞退したところもありますけど。


業界研究をするうちに、今更といいますか、改めてといいますか、マスコミというのはとにかく闇が深いのだなということを思い知らされました。
思い起こすと、私は、情報発信を通じて、何かで苦しんでいる人を助けてあげたかったのと、悪い事をしている奴らを徹底的に潰したかったからマスコミを志望したのだと思います。
それは、陰口で苦しんでいた時に、ズムサタのターボ藤井(藤井貴彦アナ)を見て、勇気をもらったから。私もターボさんみたいにテレビを見ている視聴者に何かを与えてあげたい。だから、マスコミを選んだのでしょう。
相手に寄り添う姿勢はターボさんから学んだのかもしれませんね。

今は、誰もが情報発信者になれる時代になりました。
私は、マスコミ業界に入らなくてある意味正解だったのかな、と思います。
吉本の問題にしろ、京アニ報道問題にしろ、今のマスコミは本当に腐っているとしか言いようがありません。だいぶ前から腐っていたけど、それでもマスコミを選んだのは「誰か一人でも見ている人がいるのなら、その人のために色々なことを伝えよう」としたかった。

ありがたいことに、noteを始めてから色々な人が私の拙い文章を見てくださっています。中には、必ずいいねしてくれる方もいらっしゃいます。本当に感謝しています。

誰しもが情報発信者になれる今の時代にこそ、私でしかできない情報発信をしていきたい。
もちろん、小説もバリバリ書きたい。
やりたいことは「小説」「ラジオ」「コラム」「エッセイ」かな?
あと、青森市移住計画を立てているので、そこを拠点に、県内の面白い人を取り上げていきたいです。青森市って県庁所在地だからそこかしこに色んな人が集まるんですよ。

そのためにも、まずは転職しないといけないので、転職頑張ります。

虹倉家の家計を支えてくれる心優しい方を募集しています。 文章と朗読で最大限の恩返しをさせていただきます。