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「水の影」を聴きながら故郷を懐柔する

たとえ異国の白い街でも
風がのどかなとなり町でも

最初は自分の街が日本の真ん中だと思っていた。
夕方の天気予報を見て、この街は都会でもなければ主要都市でもない、ただの田舎であることを知った小さい頃。
冬になれば雪が大量に降るのは、どこへ行っても当たり前だと思っていた。
物心つく前は、とにかくみんなにかわいがられて、私はここにいていいんだと肯定感に溢れていたあの日。

私は多分同じ旅人
遠いイマージュ 水面に落とす

身体が成長するにつれて、子供ながらに人間の醜い部分を知ってしまった。
どうして私ばっかりなの?
学校に上がってもターゲットにされるのはいつも私。
人が変わっても、この街の人間の本質は変わらない。
家に帰ると、父が酒に酔って今日も母と私に強くあたる。
最初はそんな父を面白がっていたが、いつしか畏怖を抱くようになった。
この街は自分の家族をも変えてしまうのか―私は自分の街が嫌いになっていった。

時は川 きのうは岸辺
人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて 想い出に手をふるの

この街で過ごした思春期はとにかく最悪だった。
高校だけは、地元に行きたくない―母が青春時代過ごした大きな街に思いを馳せ続けた。
そして、その願いは高校合格で叶うことになる。
やっと、この街からオサラバできる。こんなに嬉しいことはない。
そして、一人で大都市へ通う日々が訪れた。
大都市は故郷に傷つかれた私を静かに慌ただしくも快く迎え入れてくれた。
友達にも恵まれた。毎日通っていくうちに、この街に住みたいと思うようになった。
私を傷つけた故郷よ、二度とお前を「故郷」と思うもんか。

立ち去るときの肩のあたりに
声にならない言葉きこえた

ある日、父が危篤との連絡が入り、すぐに電車で故郷へ向かった。
最寄り駅の二つ前に差し掛かったとき、
「お父さん亡くなったから」
と電話口で母が淡々とした口調で話した。
正直、ぐったりした。身体から力が抜けた。
なんのために急いで来たんだろう。死ぬ前にせめて詫びの言葉が聞きたかった。
ただ家に帰るだけなのに、無力感が全身を襲った。
電車を降りて、改札を出る。雪国特有の冬の冷たくも爽やかな匂いがいつにも増して濃く感じた。
父の死に顔はまるで何かからの恐怖を感じた顔だった。私は今まで見たことのない父の顔に衝撃を覚えた。この顔をした父にお別れの言葉をかけろって?上辺だけの言葉をかけてやった。本当は「死んでくれてありがとう。これで好きに遠出できるわ」と言いたかった。
でも、なんで?なんで私が着く前に死んだの?
もうちょっと耐えてほしかったのに。これじゃああなたから離れるために家を出て一人暮らしするという目標がなくなったじゃないか。
火葬した夜、頭が痛くなって、かつて父の書斎だった自分の部屋のベッドで寝ていたら、小さい頃の想い出がシャボン玉の形状でふわふわと浮かんできた。
私はとうとう大量のシャボン玉に耐えきれなくなって、声を上げて泣いた。

あなたをもっと憎みたかった
残る孤独を忘れるほどに

県外の大学を考えていたのはこの街を離れたかったから。
一人暮らししたかったのは、この街の呪縛を引きちぎりたかったから。
この街に住む全ての人々に復讐してやりたかった。
平成の大合併で街ごと消え去ってくれればいいのにと思った。
結局は母と同じように、となりのとなりの大都市に身を置くことになったけれど、それはそれで楽しかった。
信じられないかもしれないが、彼氏もできた。今でも遠距離恋愛ながら付き合っている。
人生の全てがあの大都市に詰まっている。私はそこに骨を埋めたい。
この街に骨を埋めるには、敵が多すぎる。

よどみない浮世の流れ
とびこめぬ弱さ責めつつ
けれど傷つく 心を持ち続けたい

大学4年の時に実家に戻ってきた。
就職の赴任先も実家から通える場所だった。
けれどやっぱりこの街は私のことが嫌いなようで、半年後に違うところに飛ばしてもらった。
人間関係はおかげさまでまぁまぁだけど、私には大都市で生きるほうが身の丈に合うみたい。
故郷よ、そんなに私のことが嫌いなの?
私は嫌い。だって、土足でズカズカと上がり込む人があまりにも多すぎるんだもの。
「プライベートくらい静かに過ごさせてほしい」と母はため息をつきながら、祖父のご飯支度をする。

時は川 きのうは岸辺
人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて 想い出に手をふるの

最初の赴任先で働いていた頃、知り合いに意味もなく自分を売り込んでみて、分かったことがある。
それは、こちらの呼びかけに対して、快く返してくれることだ。
その人個人は、決して悪い人ではなく、むしろ良い人だと言うこと。
いつもはムスっとしている人も、根気強くコミュニケーションを取ってみれば、意外と心を開いてくれるものだ。
でも私は、17年住んだ故郷を好きになることはないだろう。
今まで歩んだ茨の道を二度も踏む気になる人はいないように、故郷のために何かしようとは思わない。
でもせめてそうだな。私がこの街で歩んできたことを知った上で、それでも住みたいと考えているのならば、村八分から守ってあげてもいい。
だって私は「第二の故郷」で、好きな人と余生を過ごして、骨を埋めたいから。
だからその時まで、さよなら、私が生まれ育った故郷よ―。

#うたパス
松任谷由実-水の影

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