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私は中絶が嫌いです

 命を操作してはならないと思うんですよね。神が与えたものだから。人間の知性など所詮は一代限りのものであり、過去から未来へつながる鎖の一つに過ぎないという観点からも、安易に受胎した赤ちゃんを個人の選択権の範囲で中絶できるようにするというのはあまり良いとは思いません。

 ただ、望まない妊娠をしてしまった女性や、経済的な困難、あるいは重篤な遺伝病が予見されるなど、いろんな問題が併存する以上は、中絶禁止は絶対だと言うつもりもありません。強いて言えば「私(や私の家族)はたとえ胎児に障害が予見されようとも中絶したくない」というだけであって、誰かに中絶するなとか、何があっても産めと言うつもりもないのです。

 じゃあプライバシーに関する情報を用いた明確な同意なき行動予測はどうなのか、人工(体外)授精や遺伝子操作はどうなのか、というと、私は技術の進展は生命に関する倫理の範囲内であるべきと思います。

 とりわけ、昨今話題になる高額の「NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)」についても、本来は「命の選別」を行うために障害児を生まない選択を強いるものではなく、鼓動を発する胎児もまた一個の命、一人の人間であり、あくまで患者の一人として対処するべき問題であろうと思うわけです。そして、そういう子どもが大きな遺伝子疾患をもって出生した際に、その両親に対する極めて重い自己犠牲を強いることが確実で、子どももまた、苦難を一生抱えて生きていくようであれば、重い判断としてどう考えるのかという意味の問題じゃないかと。

 人間社会は、命に限りのある人間同士が集まって作り上げているものである一方、誰しも過去から切り離されて人格を築くことはできないわけで、受け継いでいるものがある以上はそれを改革・改善して、次の世代に引き継いでいく責務があると思います。であるならば、命の尊厳、遺伝子の価値、プライバシーや行動に関する営みのすべてもまた、強く尊重されるような社会にしていくべきじゃないかと考える次第であります。

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山本一郎(やまもといちろう)

作家/投資家。当アカウントは概ね個人の意見です。情報法制研究所上席研究員、お座敷置物芸全般。ゲームと読書と野球と調べものと。
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