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プレジデントの中絶関連記事で界隈が騒ぎに(修正あり)

 休日になぜか頼まれごとがあって、へとへとになって車運転して帰る途中、いきなり電話が鳴って、「山本さん、プレジデントで書いてますよね??」という某有名医師からの第一声が凄かったんですよ。

 いやまあ、たまたまですが、津田大介さんの記事を書きましたけれども。

 ワイ、何か彼女に悪いこと書いたっけかなあ… と思ったら、次の記事はなんなんだという話でした。いや、それ、私の記事じゃないから。

 それに、私はただの著者ですから、クレームあるなら直接編集部にどうぞという話です。単に私相手ならクレームが言いやすいというだけじゃないかと思うんですよね。でもまあ医師が怒る気持ちも分かるのは、この遠見才希子さんの記事が出鱈目ってほど駄目ではなく、しかしとても情緒的で部分的に不正確なので、保険収載や適用に意識のある医師ならばまあ文句を言いたくなりそうな文言でしょう。

 で、見た限りですけど、気になったのは「日本の謎」って書かれているけど、普通にこれは中絶方法で「かき出す中絶」である掻爬法(D&C)は、保険収載ではまだ適用の対象の術法であるというだけです。

 まあ知りたい人はこの辺読んでね。4,000点だぞ4,000点。術式では2万円のMVAキットに術式そのものへの保険支払いが4万円相当です。

 もうすでに手動吸引法(MVA)のほうが掻爬法よりも母体への悪影響が少なく安全な術法であることは日本産婦人科学会でも明記されておるようなので、あとは技術の移行期の問題ですねという話です。

 実際、2018年から手動吸引法は保険収載がなされ(中医協では以前から森田朗先生が議論を主導されていたのは存じています)、流産に対する手動吸引法では術式に4万円、12週以降は保険医療の対象にはなりませんが、代替の術法が奨励されていくことになっていて、術法さえ普及すれば何も問題なく掻爬法+吸引に比べて安全性の高さゆえに広がっていくでしょう。

 んで、この筆者の遠見才希子さんという筑波大学博士課程におられる産婦人科専門医の方が、2月にタイで開催されたIWAC(International Congress on Women’s Health and Unsafe Abortion)という女性の健康と安全でない中絶・流産に関する国際会議で海外の人から「なぜ日本では」と派手に出羽守をやられたようですが、中絶を希望する妊婦に対する施術で平均18日とか待たせるフランスやオランダに言われたくないだろうと思います。経口避妊薬を普及させている背景にも、医療側のインセンティブの問題があるので、こういう学術的に意味を持たない比較はしないほうがいいんじゃないでしょうか。

 この手の議論で、よく「海外ではこんなに先進的なのに、日本ではこんな体たらくだ」という話が出ますが、少なくとも中絶に関する議論は他の医療関連と同様に技術が過渡期にあるもので医師の数が充足していないので充分な移行トレーニングができず普及が遅れやすく、古い術法が残りやすいというのはあります。特に産婦人科は医師数が必要数に比べて充足していないので、とにかく皆が多忙であり、カンファレンスに行って最先端の術法を習得しても国内普及が滞っているという事例は過去の医学系の話でも多数出ていました。まだ当時の厚生労働大臣は塩崎恭久さんでしたが、その時の「医師の働き方」関連の分科会が複数立ち上がった際は、むしろ医師の働く時間を抑制し、地方偏在問題の有無についての議論に多くの時間が割かれたというのは記憶に新しいところです。

 むしろ、日本の側から海外の医療者に言いたいことと言えば、お前ら医療者なのになぜ主訴を両手に抱えている患者を待たせて自分は政府や自治体からの補助でのんびり働いているんだという現実でありまして、おそらくは国ごとに良い面も悪い面もあり、どこか切り出してきて「バーカ」「お前こそバーカ」というのはやめておいたほうがいいんじゃないかと思う次第です。

 蛇足ですが、私は中絶が嫌いです。

 重い遺伝疾患が見通されるときなど、何か重要な課題が起きたときにのみ、中絶を許すような仕組みのほうが私はいいと思っています。ただし、望まない子どもを妊娠してしまったので中絶したいという意向があることは承知しているので、よく議論していけばいいんじゃないかと感じます。

 ただし、現在平然と行われている出生前診断については、そろそろ歯止めをかけるべきなのではないかと思っていまして、私の身の回りでも意見が分かれます。もっと言うと、これからこれらの検査結果から子どもの期待される各種能力が判定つくようになり、明確な「命の選別」が行われることになるとすると、倫理的にも大きな問題が起きるんじゃないかと思うんですよね。

 「医療には人に罰を与える役割はない」と遠見才希子さんが書いていて、それはまあ分からなくもないし、概ね理解はするのですが、まさか速いペースで普及が始まった手動吸引法の件でこんな記事を読むことになるとは思いもよりませんでした。いや、そんな簡単な話じゃないですって。

 さらに蛇足ですが、そこの記事についているブコメが酷いというので見物に行ってきました。

 さすがに煽られやすすぎじゃないですかね。

 有望で安全な代替術法である手動吸引法の普及が日本で凄いペースで進んでいるという指摘はゼロです。一件もないんですよ。ゼロです、ゼロ。保険の話も無し。誰も専門知識が無ければ集合知も存在しないという事例になってしまうのでしょうか。まあ知らないなら仕方ないのかもしれませんが、知らないのに適当に他のことにまで文句をつけ、さらには女性蔑視じゃないかと見当違いな話まで出ていて、もうちょっと落ち着いて調べてから書けばいいのにと思いました。

(追記 10月1日 19時27分)

 ご指摘があり、保険点数による保険支出の金額に誤りがあり、本件記事の内容を修正しました。ご指摘、ありがとうございました。

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神から「お前もそろそろnoteぐらい駄文練習用に使え使え使え使え使え」と言われた気がしたので、のろのろと再始動する感じのアカウント