見出し画像

『哀れなるものたち』とは、さて、誰のことなるや

 冒頭はゴシックホラー風の研究室。ウィレム・デフォーがつぎはぎだらけの顔で出てくるので、てっきりメアリー・シェリー風の人造人間のたぐいなのかと思いきや、外科医である父親に人体実験された結果、そうなったのだと次第に判明する。
 このバクスター博士、父親の虐待に怒りや恨みを募らせるどころか、むしろ科学に貢献できたことを誇らしく思っている様子。長じて自分も外科医になり、上半身は獣で下半身は鳥類(あるいはその逆)なんて奇天烈な生き物を大量に作っている。天才的な執刀技術と、生命倫理の欠如は父親譲りなんですね。

 主役のベラ(エマ・ストーン)も、そんなバクスター先生の創作物の1つ。体の動きや発言がまるで幼児で、マナーやエチケットをてんでわきまえていないのは、自死を図って脳死した女性に、その胎内にいた赤ん坊の脳を移植したためだ。
 バクスターに心酔する医学生マックス(ラミー・ユセフ)は、ベラの行動の記録係として雇われ、やがて恩師の勧めでベラと婚約することに。ところが「結婚するまで君の体には触れないよ」と宣言するような堅物クンであったため、折しも性に目覚め、「オナニーを覚えた猿」状態になっていたベラは欲求不満。そこに現れた絶倫弁護士のダンカン(マーク・ラファロ)は、チョロくもベラを奪い去る。
 バクスターとマックスに保護され、外出もほとんど許されなかったベラの言葉は、女性全般の隠れた本音や願望を言い当てているのではないかしらん。「マックスと結婚する。でも、その前にダンカンとリスボンに行く。私のことを全然守ってくれなそうな人だけど、なんか楽しそうじゃない?」
 う~ん、自分の欲求に誠実なこういう女性たちが、不誠実な男どもの子どもを、有史以来、ぽんぽん生み続けてきたから、いつまでたってもクズどもの遺伝子が、この世から淘汰されずにいるんだよね。

 ベラとダンカンがリスボンに着いたところで、モノクロだった映像はカラーに転化。時代背景はビクトリア朝のはずだが、リスボン名物のケーブルカーはまるで未来都市のそれだ。
 撮影監督のロビー・ライアンは、前回ヨルゴス・ランティモス監督と組んだ『女王陛下のお気に入り』と同様、魚眼レンズを多用したユニークな画作りを見せる。

 中盤以降の見所は、「アルジャーノンに花束を」の主人公を彷彿させるベラの急成長ぶり。序盤では「Bella want go out.」だの「Who is you?」だのと日本人並みの(?)英語を話していたベラが、次第に語彙も文法もはるかに洗練された英語を話すようになる。そして、それ以上に洗練された教養を身につけ、いかなる束縛からも解放された、自立した女性へと変わっていく。
 気の毒なのは、遊んで捨てるつもりだったベラにずんずん置き去りにされるマーク・ラファロか。すねようが、すがろうが後の祭り。逃がした魚は戻らない。終盤にサプライズ登場するベラの(本来の)夫の末路も含めて、なるほど、哀れなるものたちとは、実はこいつらのことであったか。
 それにしても、これまでのキャリアではほとんどヌードを見せていなかったエマ・ストーンが、よくぞこれだけあっけらかんと脱ぎまくったね。

POOR THINGS
(2023年、英、字幕:松浦美奈)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?