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【自由詩】縦軸上の蜘蛛

病院の待ち時間に
蜘蛛が一匹
それは唐突に視界の端
いうなれば目尻の白目のあたりに現れた

座りきれない人々の靴の間を
つついーっと縫いながら
私の視界の真ん中
いわずもがな黒目の真ん中のあたりまで来て
ほんの一瞬だけこちらを見た(気がしたのだった)

踏まれやしないかと見つめていたのが
ばれてしまったのだろうか
私よりよほど機敏な蜘蛛に対して
失礼をしてしまったかもしれない

蜘蛛はその床でくるりと小さな円を描くと
私の視界の上のほう
いうなれば黒目を原点とした一本の縦軸上のはるか彼方まで
一気に、他の誰にも見つかることなく
煙が立ち上るように宙を駆け上っていったのだ
わかっただろうか
蜘蛛はこの
一瞬間違えれば命さえない待合室に
いつでも帰ることができるだけの糸を張っていたのだ

私の目にはもう蜘蛛が見えない
例えるなら頭の天辺が自分で見えないように
蜘蛛も見えなくなってしまった
でもきっと縦軸上の何処かにいるだろう、見えなくとも

さて
私は蜘蛛が通ったのとは逆順に
その通り道を首を回して辿ってみた

靴、靴、靴、傘、靴、傘
傘、靴、傘、靴、靴、靴

蜘蛛はこんな混雑をどうやって
誰にも知られずに糸を張ったのか

私は視線を目尻の白目から目頭の白目に移すように動かして
もういない蜘蛛をもう少しだけ探した
そしてやはり見えなかった
名前が呼ばれた

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