好ましい波及効果が期待できる例:英検のWriting要約問題導入について

テストの波及効果は大きな影響を学習者にもたらします。テストが、それを受けるために準備をしている学習者に向けてどのようなメッセージを発するのか、それによって学習者の学習は大きく変化します。

過去の投稿で、共通テストの波及効果について考えてみました(波及効果と妥当性のトレードオフ?―発音アクセント問題から考える および 共通テストの波及効果は検証されているのか 参照)。また、令和7年度の共通テストに向けた試作問題は、英語教育現場に良い波及効果をもたらすことが期待できると思っています(大学入試に期待される波及効果:共通テストR7年度試作問題より)。

本投稿では、良い波及効果が期待できるテストの一例として、英検の出題内容変更について考えてみたいと思います。


英検のWriting要約問題

英検が2024年度から2級以上の問題でwritingに要約問題を追加することになりました。これは非常に大きな変化です。英検が高校生に与える影響力の大きさを考えると、この変化が高校生の英語学習に与えるインパクトはかなりのものが想定されます。

英検2級の出題例(英検ウェブサイトより)

読み方が変わる

それなりに英語の学習が進んでいる高校生でも、段落の要旨をとらえるといったトップダウンのプロセスが求められる読解は難しいものです。一文一文の意味はなんとなく分かっていても、それらの文が集合体としてどんなメッセージを発しているのかを捉えることに慣れていません。

また、要約などの文章の要旨をとらえる際には、文章内の抽象と具体の関係性を考えながら読む必要があります。これもまた、高校生は往々にしてこうした読み方に慣れていません。具体例を抽象的な要旨に照らし合わせながら理解したり、また具体例から一般化された主張を読み取ったりという読解力が求められます。

こうしたトップダウンの読解に、高校生は「慣れていない」というのが実際のところです。英検が要約を出題することによって、高校生は要旨を捉えながらトップダウン処理も使って読むという必要性に、徐々に触れていくのではないでしょうか。

語彙学習が変わる

本文を英語で要約する際には、英文を自分なりにパラフレーズして表現することが求められます。英検に要約問題が加わることで、これの受験を念頭に置いた高校生の学習において、語彙学習の質が変わることが期待されます。

これまでの高校生の語彙学習は、どうしても英単語と日本語訳を対応させながら覚えていくことがメインとなっていました。しかしパラフレーズする力をつけていかなければならないとなったときに、語彙学習の中で同意語や反対語、派生語などの重要度が大幅に増えます。

文法学習が変わる

同様に、パラフレーズで使える英語を念頭に置いた学習では、文法の捉え方も変わることが期待されます。ターゲットとなる文法事項を他の表現と関連付けて学ぶようになるため、学習がより立体的になることが期待できます。

もちろん、派生語やターゲット文法事項と他の表現との関連付けは、英語の授業でこれまでも指導されてきました。しかし、英検が英語での要約問題を導入したことで、それらを学ぶ必然性が増し、学習者自身がその重要性・有用性を認識して学習するようになります。

デメリットや懸念も

もちろん物事には両面があり、今回の出題内容変更にも懸念されるデメリットがいくつかあります。以下のような懸念や批判が考えられます。

  • 形式的な対応を生み出しうる(これまでの「意見+理由を2つ」も、I have two reasons. First, … Second, … を量産することになりました)

  • 必ずしもauthenticなタスクではない

  • 要約されることを念頭においた、デフォルメされた文章に触れることが増える

  • 要約する際のようなトップダウンの読み方が相応しくない文章に対しても、同じような読み方を適用してしまうかもしれない

波及効果による学習の変容に期待

上記のような懸念はあるにせよ、それでも数多くの高校生が受験する英検2級以上の問題で要約を英語で書く問題が出題されることになるのは、かなりのポジティブな波及効果が期待できると考えています。要約問題に対応する必要性を認識した学習者・生徒の意識が変わり、彼らを支える授業や教材が変わり、全体として英語教育がより望ましい方向に進むことを期待します。

そして、試験を作成する際には、このようにポジティブな波及効果をもたらせるような作問を常に心がけたいところです。

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