罪と罰日記 6月15日 天才には人を殺す権利がある?

フュードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキーの「罪と罰」を少しずつ読む度に、少しずつ感想を書いていく日記(2008年に書いたものです)。
 
 ずっと借りっ放しってわけにもいかないので、図書館で借りた集英社の愛蔵版世界文学全集から岩波文庫版に乗り換え。前回は、退職官吏のマラメードフが馬車に轢かれたところだったんですが。

 主人公のラスコーリニコフは、酒場で泥酔し、惨め過ぎる身の上話を打ち明けるマラメードフに共感したのか、自宅まで案内し、うろたえる妻カチェリーナに、金まで渡しちゃいます。
 母親が送ってくれた仕送りですよ。
 ううん、共感するにも程があると思うんですが。

 しかし、物語的にはここ、結構キーポイントかもね。
 マラメードフの娘、ソーニャが美しいんです。
 おお、やっとヒロイン登場か?
 アメリカ映画ならバーで美女が振り返る場面だぞ。

 さてさて、ここからいろんなことが矢継ぎ早に起きるので、着いていくのが大変ですが、まず母と妹が突然来訪。
 かと思えば、妹の婚約者ルービンも来訪。
 さらに妹の家庭教師先で、妹に交際を迫って大いに困らせたスヴィドリガイロフも訪問。

 なんか舞台劇みたいです。
 一つの部屋で、扉が開く度に新たな登場人物が現れて、新たな事実を伝え、何かが起きる、みたいな。
 世界的文豪の歴史的傑作をつかまえて、単なる東中野在住の丸顔男が言うのもなんですが、構成は割と安直かな、と。いえ平坦、ううん普通ですかね。

 殺人を犯し、発熱し、精神的に追いつめられてるラスコーリニコフに、訪れる人々が次々と難問奇問を提示するんです。
 眠る間もない。おちおちしてられないぞ、ラスコーリニコフ。

 そもそもラスコーリニコフ、ルービンには良い感情を持ってないから決裂しちゃうし、スヴィドリガイロフは妹をたぶらかそうとした男でしょ、まともに対応できるわけもない。
 「死んだ妻が罪滅ぼしに、妹さんに3000ルーブルの遺産を残しました」なんって言って来るんですが、裏を感じるなっつう方が無理ですよね。

 全体に登場人物の問答だらけです。
 これがドストエフスキーの真骨頂か?

 とにかくおせっかいなラズーミヒンに連れられて、金貸しの老婆に質入れしていた時計などを受け取りに、警察まで出向く場面では、裁判所の予審判事と刑事相手に、天才は目的を果たすためなら殺人すら認められるという持論を解説するんです。

 予審判事のポルフィリーは、ラスコーリニコフが学生時代に書いた論文を読んでたんですね。
 唐突に登場するラスコーリニコフの論文という存在。
 これについて、延々と2人は語り合います。

 犯罪は許されることがある。
 凡人にではない。
 非凡人は非凡人であるがゆえに発見できること、達成できることのために必要ならば、10人、いや100人の生命を奪う権利さえ持つ。

 と、なんで予審判事や刑事の前でわざわざ力説するんだ、ってことを延々と話します。
 人が現れては問答を始め、また人が現れて問答を繰り返す。「罪と罰」、そんな小説です。

 岩波文庫版中巻238ページ。妹の婚約者ルービンとあわや決裂か?

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