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ぼくの名前は茜4

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いよいよ競技会の日が来た。お出かけ用のハウスに入り、車に乗って1時間すると、広い運動場に降ろされた。みたことのないほどたくさんの人と、犬がいた。ミニピンだけじゃなくて、シェパードやテリアもいた。
 先生は、ぼくに、「いつも通りやればいい」「よーし、よーし。」と言った。
 でもご主人様はちょっといつもと違ってみえた。きんちょうしているみたいだった。
 次がぼくの番になった時にドキドキして待っていると、ぼくの前の順番で競技中の犬が脱走してしまった。その犬のご主人様は、泣きそうになっていた。
 ぼくはそんなことはしない。
 先生が言った通り「いつも通り」にやろうと思っている。
 ぼくの番が来た。今回の競技会には、ぼくだけが出場している。黒太は、次の競技会に出るため、今日は応援してくれている。
 ぼくはご主人様にだっこされて、運動場の、まん中あたりまで行った。そこにはひとり、小太りの男の人が手をあげていた。審判員だ。「オーケー」の合図だった。
 ご主人様は、ぼくを地面におろすと、リードをつけたまま、向き合って「座れ」と合図した。もちろんぼくは座った。ふふん、そんなことはかんたんなことさ。次は「立て」だった。立てばいいだけだ。それから次は「伏せ」。伏せして待っていると、ご主人様は、ぼくから離れて10メートル位歩いて行ってしまった。ここが重要ポイントだと思っていたから、「伏せ」をしたまま動かなかった。
 ぼくの前の番に脱走した犬は、応援していた大好きなお婆ちゃんの声を聞いたら、ついついお婆ちゃんのところへ走っていっちゃったらしい。ぼくは「伏せ」をしながら、ちらっと応援席を見た。すると黒太がいた。黒太と目があって、うれしくなった。黒太も、ガンバレという心をこめて「ワン」とないた。
 だけど、ぼくはがまんして動かなかった。
 じっと「伏せ」をしていると、遠くからご主人様が「来〜い!」と呼んでくれた。
 ぼくは、サッと立ち上がり、ご主人様めがけていちもくさんに走った。ご主人様のところまで行くと、目の前にチョコンと座る。見上げると、ご主人様の目がニッコリして「エライよ」と言った気がした。
 ぼくはうれしくて、ジャンプしそうになった。
 最後は、ご主人様の横にピタリとついて、もとの位置まで歩いてもどる。けっこう長かったけど、しっかり目をみて歩けたと思う。
 到着すると「よし」の合図で、ご主人様のひざの上にポンと乗った。これですべて終了。
 全部練習の時と同じ、ふだん通りできたことになる。われながらすごいと思った。
 ぼくはご主人様を見て思わず微笑んだ。
 成績は、歩く姿勢がもっと良い子がいて、ぼくは2位だったけど、満足だった。
 小太りの審判員から賞状とおやつをもらうと、ご主人様は、溢れる笑顔でぼくを「ぎゅっ」とだきしめてくれた。
 しつけの勉強のときも、競技会の訓練でもはじめは、なかなか出来なくて叱られてばかりだったけど、何度もやり直していくうちに「あ、これね」と、先生やご主人様の言うことばがわかるようになった。出来ると、ごほうびのおやつがもらえる。おやつがもらえるとやる気になって、がんばった。もっと出来るようになると、ご主人様が本当にうれしそうにほめてくれて、今ではごほうびがなくてもがんばれるようになった。
 今日は、ご主人様も、すがすがしくやり遂げた顔で、まんぞくそう「ぼくの頭をなでて、ほめてくれた。
 ぼくは、もう一度、いつもより輝いて大きく笑ってみせた。

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