夜翔(やしょう)の住む世界で13

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「サンバ、レテュアル、お前達を信用して、頼みたい仕事がある」
 イクサースの書斎に初めて呼ばれ、きょろきょろと部屋の中を観察していたレテュアルは、その言葉で思わずイクサースの顔を凝視してしまった。
「あの? お言葉ですが、師匠。私はともかく、レテュアルはまだ賢魔士としての実力がないかと思われますが……」
 サンバが告げる。
 当時のレテュアルは十二歳。イクサースの元で賢魔術を習っているほかの内弟子たちの中でも、一番若く、青の称号どころかその二つ下の黄の称号をやっと取れたばかりの賢魔術初心者。人にまだまだ未熟だといわれればカチンと来るが、このときばかりはレテュアルもサンバの言葉に頷かざるをえなかった。
 その言葉を聞いて、イクサースは椅子から立ち上がり、隣の机に手をついて背を向けた。
「この仕事は、賢魔士としての能力も当然必要とするが、それ以前に重要な問題がある」
 その後に続くイクサースの告げた事実に、サンバもレテュアルも驚愕した。
 そして数ある弟子たちの中で、自分たち二人が何故選ばれたのかも、理解した。
 賢魔士。
 その力は、夜翔から人々を守るために使われる。
 魔術師の中でも、その力の方向性を間違えれば、人々の安全さえも脅かす。
 だからこそ他の魔術の修行よりも厳しく、何年もかかる。
 その為、憧れ気分で賢魔士になろうとしたものは、すぐに脱落してしまう。
 残る者は、たとえば両親のどちらか、または両方を夜翔に奪われた経験のある者のように、強く夜翔を憎んでいるものが、多い。
 イクサースの弟子の中でも、多くがそういった経験をもっている。
 唯一、サンバとレテュアルを除いて。
「つまり、その皇女は、夜翔である可能性があるのですね?」
「……そうだ」
 皇王すらも知らぬ、皇女の存在。
 そのことすらも驚くべきことなのに、生まれた皇女は、額にマガツ星を持つ存在であるなど。
「賢魔士ともあろうものが、皇王を騙し、夜翔を逃した。そんなことが他に知れたら許されることだとお思いなのですか?」
「思わぬ」
「……」
「イクサースさま、皇女を探し出してどうするつもりなのですか? ボ……私にはその皇女はすでにこの地にはいないと思えるのですが」
 イクサースの言によると、生まれたばかりの皇女を乗せた地竜車は夜翔に襲われ、運良く助かった御者は恐怖のためか、そのときの記憶を一切失っていた。皇女がもし人間であったならば、夜翔に襲われ無事であった可能性はほとんどない。皇女をイクサースの家まで送り届けるために一緒に地竜車に乗っていたイクサースの弟子は、夜翔の毒が回っていて手遅れだったというのだから。
「皇王に全てを話すつもりだ。その上で処分は受けるつもりだ」
「師、その前に私やレテュアルが皇王にこのことを話すとは思われませんか?」
 穏やかだが、今まで信じていた人間に騙された、という思いが強いのだろう。サンバの口調は、普段とは大きく異なっていた。
 イクサースは、サンバの怒りを想定していたようで、焦ることもなく言を告ぐ。
「思わぬ」
 それまで睨み付けるようにイクサースを見つめていたサンバの瞳の色が和らいだ。
「分かりました。それで、私達は最初に何をすればよろしいのですか?」
 ……それから八年以上の月日が経った。
 レテュアルの目の前には、探していた少女の姿がある。
 その髪の色も、瞳の色も、元は黒。
 額にあるマガツ星も封印された状態の、少女の姿。
 しかし、少女を目の前にして、レテュアルは確信した。
(この子は間違いなく人間である)と。
「お兄さん、溜め息ばっかりついていると、幸福って逃げちゃうんだって」
 と、愛らしい表情で話しかけてきたこの子が、人の魂を奪う夜翔?
 そんなはずがないではないか。
 賢魔士という仕事の性質上、これまでに幾体もの夜翔に遭遇した。
 人型をした夜翔にも、倒せはしなかったが、遭遇したことがある。
 獲物を見つけた獣の、残忍な瞳。
 虫や魚に似た夜翔と遭遇したときとは比べ物にならない、あの恐怖。
 歴然とした力の差を感じ、動くことすらできなかった(サンバが結界をしいてくれたので、なんとか助かった)。
 しかし、目の前にいる少女からは、何の力も感じない。
 石をぶつけられ、血を流しながらも、泣きながら逃げることしかできなかった、ただの幼い少女じゃないか!
 すぐそばに自分がいながら、あんなパニックを起こしてしまったことに対し、レテュアルは憤りを感じていた。
 数刻前レテュアルは、その場をなんとかやり過ごし、落ちた袋(セフィリアが集めた金額よりは減っていたが)を持って、そこから少し離れた地区の宿をとった。
 意識を失ったままのセフィリアを一つしかない布団の上に寝かし、レテュアルはセフィリアを見た。
 時折うなされながら涙を流しているところを見ると、嫌な夢でも見ているのだろう。
「本来なら、皇女として恵まれた人生を歩むはずだったのに……」
 人間でありながら、マガツ星をもつ存在。
 古い書見によると、そういった人間は各地でたびたび生まれることがあったという記述がある。
 ここ数年の間は聞いたこともないが、セフィリアもそういった存在なのだろう。
(何故、マガツ星を持つのか?)
(本来生まれるべき姿とは違った色を持ち、何故生まれるのか?)
(その理由は分からないが、ふざけている)と、思う。
 何故、こんな少女がそんな運命を背負わなくてはならないんだ?
 眠っているセフィリアの頬に流れた涙をすくい、その手を握り締める。
 そのとき、ぴくり……とセフィリアの身体が動いた。
 瞳が開く……。


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来樹杏果

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異世界ファンタジー。
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