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【映画企画案(過去作品)】一生懸命なフユ

お蔵入りになった自主映画の企画案その2です。映画の舞台となっている地方の文化サークルの雰囲気についてだけでも感想が聞きたくて公開しました。
お蔵入りになった理由その1、監督(電気関係の会社員)が仕事の繁忙期で意欲喪失。
お蔵入りになった理由その2、記事末尾に記載。

一生懸命なフユ 構成案

上映予定時間
80分未満。

登場人物
社会人ペンクラブ
傘本 フユ(24)
 主人公。会員。ニートだが、普段は母親が祖母から譲り受けたアパートの管理を代わりにしている。主に純文学を書く。
加島 理佳(24)
 カリスマ的会員。塾講師(公文式とか小学生クラス)。直球の純文学を書く。
村田 龍(りょう)(28)
 会長。アート系NPO法人の仕事とイベント設営関連のアルバイトを掛け持つフリーター。ミステリーや喜劇小説などのエンタメ系統を書く。家が金持ち。
鈴木 灯里(あかり)(16)
 会員。県下一の進学校のニ年生。主に詩やエッセイを書く。
松田 歩(あゆむ)(25)
 会員。博物館の事務職員(契約)。主に短歌や詩を書く。
佐々木真美(27)
 会員。図書館職員(司書資格なし)。主にジュブナイルやライトノベルを書く。

社会人劇団
貝森 准士(26)
 唯一の若手団員。名門私大の演劇学科卒で東京の劇団にいたが、去年に帰京し、今はラーメン屋のアルバイト。
古株(こかぶ) 正雄(66)
 演出担当。元高校教師。劇団の最古参で代表。

カフェバーNAMO
マスター(50~60代)
 NAMOの店主兼工藤ビルの大家。若い頃、音楽関係の仕事を志していた。

その他、劇団員などのエキストラ。


構成案
1、
〇 工藤ビル2F・カフェバーNAMO(夜)
    テーブル席で傘本フユ(23)と村田龍(りょう)(28)がジェン     ガをしている。
    カウンターでマスター、調理台を拭いている。
    鈴木灯里(16)、文庫本をぺらぺらめくっている。
    横で佐々木真美(27)、携帯電話で電話をかけている。
 真実「(電話に)あ、切った」
   灯里、文庫本を閉じる。
 灯里「出ないんですか?」
 真実「ん、電源。繋がんないの」
   松田歩(25)、入り口から入って来る。
 灯里「理佳さんは?」
 松田「いや、」
 灯里「なんで追いかけなかったんですか?!」
 松田「いや、全然、そんな雰囲気じゃなくて、」
 真実「理佳ちゃん、なんて?」
 松田「いや、何にも」
 灯里「どうして辞めるのか、とか」
 松田「それは俺、訊いてない」
 灯里「なんで?!」
 松田「いや、全然、そんな雰囲気じゃなくて、」
    龍、崩れそうになるジェンガを手で支える。
 龍「ああっちょっ、もう」
    フユ、ジェンガを引き抜こうとタワーをつつきながら探る。
 真実「龍くん、これからどうしよっか?」
 龍「ん? 今まで通りだけど」
 真実「理佳ちゃん、辞めちゃったよ? 今まで通りとは、いかないんじ   ゃ?」
 龍「そりゃ、マイナーチェンジは必要だよ。理佳の仕事を皆で分担したり   ね」
 松田「(時計を見て)灯里ちゃん、もう時間じゃない?」
    灯里、店の時計を見やる。21時である。
真実「一人で帰れる?」
灯里「母に迎えに来てもらいます」
   マスター、カウンターから灯里に声を掛ける。
マスター「ここで待ってる?」
灯里「そこのコンビニに行きます」
松田「俺も、ちょっと今日は、」
龍「うん。今日はもう、解散」
   灯里、松田、真実、帰る。
   ジェンガを続けるフユと龍。
   フユ、ジェンガを引き抜く。
   ジェンガが崩れる。
フユ「あぁっ」
   テーブルに広がるジェンガの瓦礫を眺める龍。
   再びジェンガのタワーを積み上げ始めるフユ。
   ピタッと手を止め、放心している龍の様子を伺うフユ。
フユ「帰ります?」
龍「んー」
フユ「……理佳って、やっぱり皆に好かれているんですね」
龍「それどころじゃないぞ。理佳の退会はペンクラブの瓦解に繋がる事件   だ」
フユ「え? 何故?」
龍「いいか。集団は、仲間がたくさんいれば続いていくわけじゃないんだ。   たった一人、こいつがいるから続けられるっていうカリスマがいるから人  がどんどん集まって活動が出来るんだよ。うちでいうカリスマが理佳だっ  たってこと」
 フユ「はあ……。でも、会長って龍さんですよね?」
 龍「俺だって、理佳がいたから会長やってられたんだよ。俺は言い出しっ   ぺだけで、実際の細々した運営とか何とかは理佳が実行してたんだから   さ」
    フユ、「はあ、」と生返事しながらジェンガをまた積み上げ始め      る。
フユ「でも、細々したことなら皆で分担すれば、」
龍「そうじゃなくて。こう、理佳にはな、人を引き寄せる雰囲気とか力、み  たいなのがあるんだよ。自然と人が集まって何かやろうって思わせるよう  なさ」
    適当に相槌を打ってジェンガを積み上げる。
    入り口から貝森准士(26)、入って来る。筒状に丸めたポスター      とチラシの束を抱えている。
 マスター「いらっしゃい」
 貝森「こんばんは。これ、今度の公演のポスターなんですけど」
 マスター「それ、貼っておくよ。チラシはレジの横に置いておいて」
 貝森「本当、いつもありがとうございます」
    と、マスターにポスターを渡し、レジ横にチラシの束を置く。
    マスター、ポスターを開く。演劇公演のポスターである。ポスター     を貼ろうとするマスターを貝森が制す。
 貝森「あ、俺が貼ります」
 マスター「ああ、じゃあ」
    貝森、ポスターを受け取って貼る。
    マスター、フユと龍にチラシを渡す。
 マスター「よかったらどうぞ」
    フユ、チラシを見る。小劇団の演劇公演のチラシ。
 マスター「この下、劇団が稽古場に使っているんです。彼、そこの団員さ    んで」
龍「あれ? あそこって、シニア劇団じゃないの?」
マスター「また、」
龍「冗談だよ」
   貝森、来て、
貝森「もしよければ、見に来てください」
フユ「はあ……」
マスター「ぜひ、会員さん達にも声かけてみて」
龍「今、それどころじゃないです」
貝森「会員さん達?」
マスター「彼らは、ペンクラブっていって、文芸同好会を組んでいるんだ     よ」
貝森「文芸? 小説とか?」
フユ「はい、私は小説」
龍「俺も。ミステリーとかコメディとか。他の奴らは、詩とか短歌とかエッ   セイとか、ラノベ、書いてるのもいますよ」
貝森「へえ。良いですね……」
フユ「?」
貝森「自分以外に年の近い人がいるなんて、俺、劇団で20代一人なんです」
龍「そうっすか。ちょっと厳しいですよね」
   フユ、チラシを見やる。
   貝森、フユのチラシを覗き込み、キャスト名「貝森准士」を指差す。
貝森「俺も出るので、よろしくお願いします」
龍「どんな役どころで?」
貝森「えーっと、実家でふらふらしている大卒フリーターの孫役です。熟年  離婚しようとしている親の仲裁をしたり、介護施設にいる祖父のお見舞い  に行ったり、あ、メインの舞台が祖母のお葬式なんですけど、その会場に  連れて来て、」
龍「濃いっすねぇ」
貝森「じゃ、これで」
   貝森、帰る。
龍「フユ、地方都市にある文化系サークルの平均年齢ってどれくらいだと思  う?」
フユ「え? なんですか?」
龍「主観だけどさ、だいたい45~50歳くらいだと思うんだ。それから下  って少ないよ。プロレベルの若者は東京行っちゃうし、地元に残ってるの  は仕事で忙しい。だからね、仕事と家庭生活がある程度固まったオトナの  方が多いわけ」
フユ「そうなんですね」
龍「つまり、うちみたいに会員が若くてそのうえ定期的に文芸誌を作ったり  作品の意見交換したりとか、充実した活動してる集団って、とっても珍し  くてね」
フユ「そうだったんですね」
龍「うちが定期的に活動できるのは、理佳というカリスマの存在と、学生、  契約社員、(自分を指差し)フリーター、(フユを指差す)ニートという  学校や仕事場や家庭に居場所がないが時間はある奴らが集まっているから  で、」
フユ「ニートじゃありません、祖母のアパートの管理をしています」
龍「ちなみに、うちが潰れたら他にペンクラブはこの街には無い」
   フユ、ギクッとする。
龍「つまり、ペンクラブが潰れたら、フユの居場所はこの街には無い」
   フユ、動揺してジェンガを崩す。

〇 工藤ビル1F・劇団の稽古場(夜)
    貝森、入って来る。
    古株正雄(66)が坂本奈枝(26)に熱弁をふるっている。
古株「演劇って言うのはね、欲が無いとできないんだよ。表現したいってい  う欲がね。役者はもちろん裏方も、脚本だってそうだよ。脚本には人間が  書かれてることが大事でね。人間ドラマ。この脚本の人間たちにはドラマ  が無いよ。台詞もさ、意味も内容も無いじゃない。感情的な奇声しか読ん  でてイメージできなかったよ」
    奈枝、熱心に耳を傾けている。
    貝森、呆れている。
古株「演劇は芸術。脚本は文学なんだよ。啓蒙とか教訓とか、もっとそうゆ  う表現したい伝えたいって欲って無いわけ?」
    奈枝、熱心に聞く。
貝森「(奈枝に)コーヒー、入れ直します」
奈枝「あ、大丈夫」
古株「脚本読んでてもさ、全然感じないよ。書き手の熱とか欲とか」
貝森「そういう表現なんじゃないんですか?」
   奈枝、ハッと貝森を振り向く。
貝森「俺も読みましたけど、こういう、古株さんの言葉をお借りすれば、感  情的な奇声で現実が進んで行っているんだなって、ちょっと、身につまさ  れるような感じがしましたよ。この台詞を舞台で聴いてみたいなって思い  ました」
古株「表現だけじゃダメなんだよ。プラス、ドラマも無きゃ」
貝森「では、どうすればプラスできるんですか?」
古株「そんなの自分で考えるしかないだろ」
   貝森、ムスッとして奈枝のコーヒーを下げる。

〇 同・玄関(夜)
   貝森、奈枝を見送る。
貝森「納得できないなら、あんな話、熱心に聞くこと無いからね」
奈枝「はぁ、まぁ……」
貝森「本当ごめん。せっかく仕事終わりに来てくれたのに」
奈枝「良いよ。何か、場違いっぽかったし」
貝森「?」
奈枝「私の脚本、登場人物、結構若いの多いでしょう? でも、ね。ほら、  稽古の見学してる時から、何か、違うかなぁって思ってて」
貝森「ああ、ねぇ……。うち、ちょっと年齢層が、ね」
奈枝「あの、ありがとうね」
貝森「ん?」
奈枝「脚本、読んでくれて。でも、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」
貝森「ううん。あれで合ってた? 読み方」
奈枝「合ってたっぽい」
貝森「そう」
奈枝「なんか、よくわかんないの。高校演劇の延長で、趣味でさ、一人で書   いてたから、あんなふうにいろいろ脚本にアドバイスされた時、どう聞い  たらいいかって。とりあえず熱心に聞いちゃうの」
貝森「おじさんは、若い子にアドバイスするのが好きなんだ程度でいいと思  うよ」
奈枝「うん……」
貝森「自分で、劇団作るって考えは無い?」
奈枝「え?」
貝森「俺、出られないかな? なんて」
奈枝「でも、他のキャストが、」
貝森「探すよ、見つける」
奈枝「そりゃ、東京だったら、いっぱいいるんだろうけど」
貝森「こっちだって、くすぶってるのがいるかもしれないじゃない」
奈枝「でも、やっぱり、仕事あるし……」
貝森「……ところで、仕事って何してるの?」
奈枝「浄水器販売の事務」
貝森「売れるの? 浄水器」
奈枝「こっち、お水おいしいよね」
   奈枝、笑う。

〇 同・稽古場(夜)
   古株、スタッフ達と打ち合わせをしている。
   貝森、入って来る。
古株「本番まで四週間。頑張って行きましょう。解散。お疲れ様でした」
スタッフ達「お疲れ様でした」
   帰り支度をするスタッフ達。
貝森「古株さん」
古株「おう」
貝森「あの、脚本なんですけど、もし良ければうちに書き下ろしてくれそう  な人、紹介しましょうか? 俺の大学の同期なんですけど、今も東京住ん  でて、フリーであちこちの劇団に書き下ろししてて、」
古株「貝森。お前、7場の台詞飛ばしただろ」
   貝森、ギクッとする。
古株「今は、公演に集中しろ」
貝森「その次の公演はどうするんですか?」
古株「今、考えなくてもいいだろ」
貝森「渡辺さん、もう書いてくれないんですよね? 無期限休業ってそうい  うことでしょ? 座付き作家がいなくて劇団が成り立ちますか?」
古株「貝森。劇団は二度揺れる。三十代の結婚、育児と五十代で出世して管  理職になる、家業を継いで仕切る立場になる時だ。俺が転勤して演出でき  なくなった時も、渡辺は俺の席を空けて、自分で演出をやってくれてたん  だ。だから、俺もあいつの席を開けておきたい」
貝森「それだったら、フリーの作家に書き下ろしてもらっても問題は無いで  しょう。新しい座付き作家になってもらう訳じゃないんだから」
古株「うちは渡辺と俺で40年やってきた老舗なんだよ。座付き作家でもない  やつが書いた脚本なんて出来るか」
貝森「だったら既成の脚本にしましょう。今度は古株さんが脚色して演出も  すれば良いじゃないですか。渡辺さんが戻るまで。著作権の手続きは俺が  やりますから」
古株「貝森。ここはな、俺たちの聖域なんだよ」
   呆気にとられる貝森。

2、
〇 コーポ・エスポワール(数日後)
   フユが管理しているアパートで水道管凍結による水漏れ事故が発生。   フユは住人と工事の相談や業者を呼ぶなど対処する。仕事終わり。

   フユ、携帯電話をチェックする。
   龍からLINEが来ている。
   LINEの画面にはこうある。
   「理佳、応答せず。フユからも連絡してみて」
   フユ、渋々、理佳に電話をかける。
理佳(声)「もしもし」
   すると、理佳が出る。
フユ「あ、あの、理佳?」
   フユ、動揺して携帯電話を持ち替える。

〇 理佳の働いている学習塾・玄関
   フユ、文庫本を読んでいる。膝の上の携帯電話のLINEの画面。理    佳へ、「着いたよ」と、送っている。
   スーツ姿の加島理佳(24)、出てくる。
理佳「ごめん、待ったよね」
フユ「ううん」
理佳「採点してて気づかなくて」
フユ「お昼、食べた?」
理佳「ちょっとだけ」
フユ「忙しいの?」
理佳「いや、なんか胸がいっぱいで」
フユ「なんかあったの?」
理佳「……どうしよう、あたし、本が出せるかもしれない」
   フユ、ん?って顔。

〇 工藤ビル2F・カフェバーNAMO(夜)
   龍、フユとテーブル席についている。
龍「え? それって、デビューして小説家になるってことだよね?」
フユ「なんじゃないですか?」
龍「新人賞を獲ったのか?」
フユ「いや、持ち込みって言ってました」
龍「持ち込み? 東京に?」
フユ「でしょうね、デビューってことは」
龍「どこから? 河出書房、文藝春秋、集英社、新潮社、小学館、講談     社……」
フユ「文筆社って言ってました」
龍「文筆社? 知らないな」
フユ「それで、今、原稿を編集の人と直したりしてて。あと、東京に引っ越  すって」
龍「フユ。理佳のこと、皆には内緒な」
フユ「え?」
龍「東京に引っ越すってことは、ペンクラブには二度と戻ってこないってこ  とだ。そうと分かれば皆も離れていく。今は、もしかしたら理佳が戻って  くるかもしれないという希望的観測でつなぎとめられてんだよ。理佳の退  会は皆には、あくまでグレーと思わせておく」
フユ「はぁ……。あの、皆って、理佳が好きだからペンクラブに来るんです  か?」
龍「それだけではないけど。もちろん、文芸やるのも好きだよ。だけどほ   ら、理佳って、作品の中で作者が見て欲しい所をちゃんと見てくれるじ   ゃん。それを意見交換会できちんと伝えてくれるっていうのを求めちゃ   うっていうか」
フユ「ん、まあ、それはそうですが……」
龍「ま、それくらいしか、書き続ける理由が無いんだよ。地方のプロを目指  してるわけでもない社会人には、具体的な目標が無い。あっても自己表現  欲求ってくらいでさ、それはもちろん大事なんだけど、仕事とかで忙殺さ  れると、意外と簡単に萎むんだよ。モチベーションとか才能とかはちょっ  としか関係してなくて、誰にでもある危険だと思う」
   龍、携帯電話を取り出し、画面を見る。
龍「松田と真実さん、仕事で休むって」
   入り口から物音。
   フユ、入り口を見やる。
   灯里がやって来る。
灯里「お疲れ様です」
フユ「お疲れ様です」
灯里「……今日、これだけですか?」
龍「うん……」
灯里「……帰っても良いですか?」
龍「え?」
灯里「人がいないんだったら、今日は家で勉強した方が良いかなって」
フユ「でも、詩、書いて来たんでしょ? 私達、読むよ」
灯里「今度、模試があるから」
フユ「でも、せっかく来たんだしさ」
灯里「すみません。ちょっと今、ひとの小説読む気がしなくて……」
龍「……じゃあ、次の文芸誌のレイアウトの話しようか?」
灯里「文芸誌?」
フユ「?」
灯里「あの、文芸誌って言い方、止めてくれません? 冊子ですよね? 図  書館にタダで置いてもらうパンフレットみたいにうっすい奴。あのね、高  校の文芸部でももっとちゃんとした本みたいなの作ってるんですよ。理佳  さん言ってました。お金集める方法探していつか製本出来たら良いねっ    て。理佳さんがあんなに一生懸命やってたのに、二人はずっとジェンガや  ってて。正直、マンネリなんですよね。冊子作りも意見交換会も。理佳さ  んみたいに一生懸命できないなら、せめてジェンガは卒業してください    よ。ジェンガつついたり引っこ抜いたりしてばっかの人が書いた小説なん    て面白くありません!」
   灯里、NAMOを飛び出していく。
龍「……フユ、理佳の代わりになってくれるか?」
フユ「……あの、人以外で人を集めるものって無いんでしょうか?」
龍「は?」
フユ「だから、理佳みたいなカリスマ的な人を連れてこられたとしても、そ  の人にまた辞められたらアウトじゃないですか。だから、人じゃない、何  か、不動のモチベーションになるものがあれば良いと思うんです」
龍「不動のモチベーションなぁ……」
   考え込む二人。

〇 ラーメン屋裏手(夜)
   貝森、仕事着のままゴミバケツに腰掛けて電話している。
貝森「うん、奈枝の脚本で、また芝居やんない? 演劇部の、そう高校の、  皆に声かけてるんだけど。……うん、皆の仕事のスケジュールに合わせて  稽古とか公演の予定は組むから。……え? そうなの? そっか、おめで  とう。呼んでくれれば行ったのに。……マジで?! ……うん、やっぱり旦  那の方も大変なんだ。……へえ、もうわかるんだ。楽しみだな。ちなみに  何てつけるの? 候補、候補。……ちょっとキラキラじゃね? ……奥さ    ん、気に入ってくれるといいな……」
   電話を切る貝森。口から白いため息が出る。
   貝森の携帯電話が鳴る。
   貝森、電話に出る。

〇 工藤ビル2F・カフェバーNAMO(夜)
   貝森、劇団員Aと向き合っている。
   テーブルの上に、会社案内などの資料が置いてある。
劇団員A「私の伯父が役員をしててね。あなたのこと話してみたら興味持っ  ちゃって。入社試験、受けてみない? しばらく公演も無いから試験勉強  もできるし、しばらく活動も無いんだから仕事に慣れる時間もたっぷり取  れるわよ。准士くん。いつまでもラーメン屋さんって訳にもいかないでし  ょ? 将来、自分でお店出すわけでもないし。ここは東京とは違うのよ。  バイトじゃ将来、家族を養えないでしょ。あなたは男の子なんだから」
貝森「ありがとうございます。ちょっと、これ、家に帰ってから、ゆっくり  見てもいいですか?」
劇団員A「じゃ、また稽古でね」
   貝森、ハッとする。
劇団員A「あ、ごめん。電話してね」
   劇団員A、去る。
   貝森、会社案内を手に取り眺め、壁に貼ってある公演のポスターを見    やる。
貝森「マスター、これ、ポスター剥がしますね」
   マスター、カウンターから
マスター「うん、お願いします」
   貝森、ポスターを剥がしに行く。
貝森「すみません。一階の鍵、貸してもらえませんか? ポスター置きたい  ので」
マスター「うん、いいよ」
   マスター、鍵を貝森に渡す。
   ポスターを剥がし終わった貝森、
貝森「ありがとうございます」
   と、鍵を受け取って店を出る。
   隅のテーブル席にフユが突っ伏して寝ている。
   テーブルの上はジェンガで散らかっている。
   マスター、フユに声を掛ける。
マスター「龍くんは?」
フユ「アート系NPOの仕事です。映画の上映会の設営やるからって、すんご  くわくわくしてました」
マスター「じゃあ今日は、ご飯でも食べに?」
フユ「家に出来るだけいたくないからです。実家暮らしで仕事場も実家じゃ   あ鬱陶しくて、お互いに」
マスター「小説は、書いてないんですか?」
   フユ、ジェンガのブロックを弄ぶ。
マスター「以前は、とっても楽しそうに書いたり読んだりしていたじゃない  ですか」
フユ「ジェンガからの卒業が難しくて」
マスター「不動のモチベーションが見つからないんですね」
フユ「龍さんの言う通りでしたね。意外と簡単に萎む」
   マスター、レジ横に目をやり、
マスター「あ、忘れてった」
   と、レジ横にある劇団の公演チラシの束を掴む。
マスター「フユさん。これ、下に届けてくれませんか?」
フユ「え? でも、何処に置くとか、わかりませんよ」
マスター「今、下に貝森くん、この前チラシくれた人がいるから渡してくだ  さい」
フユ「はい」
   フユ、マスターからチラシの束を受け取る。

〇 工藤ビル1F・劇団の稽古場
 稽古場へ向かうフユ。中から声がする。覗くと、貝森が文庫本を声に 出して読んでいる。新潮文庫『イーハトーボの劇列車』(作・井上ひさし)である。東京の演劇大学時代に卒業公演でやった演目であるらしい。
 フユは貝森の読み方に興味を持つ。国語の授業のような音読とも違う、ドラマや映画の演技とも違う、でも演劇のように役や情景がある、歌のようにリズムや抑揚があって良い、その読み方は何だ? と。フユは朗読を知らなかった。貝森は心底、驚く。貝森は説明も兼ねて、もう一度、朗読する。作品を通して意気投合するフユと貝森。
 貝森と演劇と朗読に出会ったフユは、朗読劇への書きおろしをペンクラブの新しい活動にしようと龍ら会員たちに提案する。

3、
 カフェバーNAMO。貝森を交え、龍、真実、松田、灯里、フユが書き下ろした作品を持ち寄り、朗読劇を作り上げる。貝森は、ペンクラブに演劇や朗読という新鮮な話や価値観を持ち込み、ペンクラブでのリーダーシップを取るようになる。しかし、そんな貝森を龍は面白く思わない。
  
 龍はフユに理佳が大変だと知らせる。理佳がデビューする予定の文筆社は、持ち込みに来た作家志望に自費出版を無理に薦めている評判の悪い出版社だった。しかも、出版しているのはエログロライトノベルやおちゃらけミステリーなど、理佳の作風に全く合わないものばかり。
  
 フユは理佳を詰問する。龍の睨んだ通り、理佳のデビューは自費出版で、その上、作風を会社に合わせろと言われて、仕事を増やして泣きながら直しているらしい。フユは、理佳にペンクラブへ戻ることを勧めるが、理佳は決して戻らないと言う。理佳は小説家デビューという明確なモチベーションに執着している。
  
 龍の暗躍が裏目に出て、理佳がペンクラブに絶対に戻ってこないことが会員たちにばれ、朗読劇の公演が頓挫しかける。だが、フユと貝森のなんらかの協力があり、朗読劇の製作は復活する。

 公演会場が見つからない。貝森は、劇団の稽古場を小劇場舞台に一時的に設営しようと思っていたが、古株に拒否されてしまう。よそで企画を立てたことが反感を買い、照明や音響設備も借りられない。

 マスターがNAMOを会場にしてもいいと言ってくれる。しかも、NAMOは昔、カラオケバーだったらしく、倉庫には音響機材があり、マスターは若い頃、音楽関係の仕事を志していて操作もできる。また、開店休業中の劇団の団員たちもスタッフとして手伝ってくれるという。朗読劇公演まで、ラストスパートを切るフユらペンクラブと貝森。
  
 朗読劇上演。貝森を筆頭に朗読されるフユたちの作品。作品が黙って読まれるものではなく、声になり音楽や映像のように立ち上げられてゆく様子を味わう会員たち。観客たちの反応を見ると、たった一作の文芸作品で自分以外の人と感覚や思考を共にするような錯覚を起こす。会員たちは、新たなモチベーションを見つけて感動する。

4、
 こうして、ペンクラブの瓦解を食い止めたフユだったが、会員たちを見限り、ペンクラブを自ら退会する。NAMOを出たところで、貝森と鉢合わせる。貝森も劇団を止めてきたのである。
   
    雪道を歩くフユと貝森。
フユ「あのさ、MV(ミュージックビデオ)みたいに、音楽に合わせて朗読した  パフォーマンスをYouTubeに投稿するってどう。DRV(ドラマリーディング  ビデオ)ってさ」
貝森「うわ、もう誰かやってそう」
フユ「じゃあ、うちのアパート改装して、劇場とスタジオと喫茶室が一緒に  なった場所を作るとか」
貝森「いいですね」
   たらたらと歩いてゆくフユと貝森。

END



劇中朗読劇案
題『スクワット―文化的不法占拠』

1、市民たち、特に地元に居座る若者たちと出戻り青年の序盤
 舞台設定は廃列車両の中。これは市がモニュメントとして所有しているが、見物人も市民も見向きもしない空き家状態。地元に居座る若者たちと出戻り青年(貝森)が出会う。
 若い市民たちは、この廃列車両をスクワット(文化的不法占拠)する。決して動かない列車の中で、彼らは何処へ行けるのだろうか?

2、彼らの地元
 居座る若者たち(フユたち、ペンクラブ会員等)の地元生活のエピソードやドラマ(文芸作品、小説、詩、短歌、エッセイ、ラノベ、ジュブナイルetc)。
 出戻り青年に、彼らは「何故、戻って来た?」と詰問。出戻り青年、「答えられない」と力無く笑う。

3、父との対立
 出戻り青年の父、登場。青年と父の言い争い。
父「何故、戻って来ない?」、青年「僕には市民芸術で街のためにやることがある」、父「自分のためだろう。偽善を言うな」みたいな。

4、警察の包囲
 スクワットした廃列車両が警察に包囲される。警察との言い争い。
交渉人「演劇や音楽、映画、文芸なんて、お前らに出来る訳がない」、青年「この街から出なくても独学と協力で作れる」、交渉人「芸大も専門学校も出ていないくせに」←実はこの警官、声優を夢見ていた高卒公務員である。

5、行政指導
 一人の行政官が警察に包囲を解くように訴える。行政が彼らに、この廃列車両を正式に貸したのだからと。警察、撤退する。
 彼女は文化行政の担当職員だった。彼女は、この街の市民芸術の活性化を目指して役人になったのに、予算がカットされたり、政策の方針が変わったりと実現がどんどん難しくなる状況にやきもきしていたのだと言う。
 ただ、自分には強い権限が無いので、身元が割れる前にここから逃げろと指示する。

6、スクワッターたち
 廃列車両をスクワットしてから逃げるまでの短い時間を使って見せる朗読劇はここで終わる。
 彼らは最後の口上として、自分たちの今の生活と、これから逃げる先、向かおうとする先を述べてゆく(朗読)。

END

この脚本企画の問題点
 井上ひさし『イーハトーボの劇列車』(新潮文庫)の使用ができるかわからない。作品使用についての公式HPを見ると、「何も足さず、何も引かず、そのまま」上演することが望ましいとのことで、部分的な引用が許されるか定かではない。ただ、著作権所有者に連絡を取ることができるようなので、相談は出来るかもしれない。
 もし、この作品の使用が認められなければ代替案を用意する。劇中朗読劇も思いついた当初は実は、『イーハトーボの劇列車』を下敷きにしようと思っていた。「農民が市民に変わった現代、宮沢賢治が未来の日本に託した『農民芸術(農民による音楽や演劇を作ることで農村を理想郷(イーハトーボ)にしようという試み)』はどうなったのか? それをお知らせするために、僕たちは『イーハトーボの劇列車』を不法占拠(スクワット)します」みたいな企画だった。だが、HPの著作権についての注意や所有者の思いを見ると、かなり許可の基準が厳密なので、無理だった場合のために、上のような、できるだけオリジナルの筋やシーンを考えた。

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