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(再掲載)津軽の吸血鬼

お蔵になった自主映画の企画案です。作品のメッセージだけでも感想が聞きたくて公開しました。
お蔵になった理由その1、監督(電気関係の会社員)が仕事の繁忙期で意欲喪失
お蔵にした理由その2、商業誌で連載していた漫画作品と核になるネタが被った(吸血鬼、冬の夜、現代、差別と排除、擁護する者たち)ことが、大学の書店で宣伝されていたのをきっかけに発覚した

津軽の吸血鬼 構成案

上映時間予定
80分未満。

登場人物
明実(24)
 大卒フリーター。求定職中。
赤屋敷(23)
 小さな清掃会社を経営。市役所から民間委託された動物死骸処理担当職員。本業は吸血鬼の警備と捕獲。
三津谷(52)
 市役所勤務の吸血鬼捕獲担当職員。赤屋敷とは、かつて仕事で一緒になったことがある。
黒滝(25)
 三津谷の部下。

陽(ひ)継(つぎ)の吸血鬼たち
貫田(26)
 化粧品会社の会社員。新参者として参加。
長部(35)
 会社員。妻子持ち。
青バラ(17)
 ニックネームで集いに参加している。この中では吸血鬼歴が一番長い。
奈良岡(66)
 無職。生涯独身。

中年の女
フードの吸血鬼
バイト1
   2

構成案

1、
〇 市街地にある映画館・外観(夜)
   
〇 同・ロビー(夜)
   シアターの扉を開けて、明実(24)が出てくる。
   明実、エレベーターの隣の出入り口へ行き、扉を開けて、出ていく。

〇 同・階段(夜)
   壁にびっしりと映画のポスターが貼られている。
   明実、ポスターを眺めながらゆっくり階段を降りてゆく。

〇 市街地の裏路地(夜)
   古い家の前に、『(有)赤屋敷清掃会社』と書かれた軽ワゴンが停まっている。
   車の陰から中年の女が早歩きで出てくる。
    その後ろを赤屋敷(23)が付いて行く。
「市役所に電話したら休みだし、保健所に電話したら繋がらないし、県庁にかけたらどこかで連絡先をご自分でお調べくださいって切られるし。警察にかけてやっとまともに取りあってくれて、ようやく、あんたのとこに辿り着いたんじゃないの。もっと分かりやすくしておきなさい」
赤屋敷「すみません」
「もしかして、お金ってあたしが払わなきゃいけないの?」
赤屋敷「いいえ。市役所から仕事を任されているので、お客様からは結構です」
「任されてる? じゃあ市役所は何の仕事をしてるのかしらね」
赤屋敷「今日は日曜日ですから」
「それじゃあ日曜日に何かあった時、困るじゃないのよ」
赤屋敷「市役所が休んでいる時に、代わりに私が働くんです」
「だったら尚更、分かりやすくしなさいよ」
赤屋敷「次から、そうします」
   女、空きビルの前で立ち止まり、赤屋敷の腕を引く。
「あれよ、早く持ってって」
   と、女、指を差す。
   赤屋敷が見やる先には、鳩の死骸がある。
     血が滲んで広がった雪面の上に、羽根が散らばり、鳩の頭が転がっている。

〇 ラーメン屋(夜)
   半炒飯を食べる明実。
   ラーメンの丼と炒飯の器を少しよけて、予め置いておいた付箋を引き寄せる。
   付箋にはこう書いてある。
   『やることリスト、レイトを観る、ラーメン食べる、地下道を通って帰る』
   明実、レイトを観るとラーメンを食べるに線を引いて消す。

〇 市街地の裏路地(夜)
    赤屋敷、細長いトングを使って鳩の頭や骨、羽根を拾いゴミ袋に入れていく。
   眩しい赤の雪面。
  赤屋敷、それを眺めている。
  口からため息のように白い息が吐き出される。
「その血も片づけてってよ」
赤屋敷「(ハッとして)はい。道具が、車に」
   赤屋敷、車に戻ろうと歩き出す。

〇 地下道への道中(夜)
   明実、地下道の入口へ向かって歩いてゆく。
  (冬の夜の景色の映像を差し込みながら)

〇 市街地の裏路地(夜)
  赤屋敷の後をついて行く女。
「片づけた後って、あの辺、消毒とかしてくれるのかしら?」
赤屋敷「消毒?」
「鳥インフルエンザでも持ってたら怖いじゃないのよ」
赤屋敷「ああ、」
「なにか、まいたりしてくれないの?」
赤屋敷「塩素系漂白剤なら車にありますので、念のため、まきますね」
   車に着く。赤屋敷、車の荷台を開けて空き段ボールとゴミ袋、スコップ塩素系漂白剤を取り出す。
赤屋敷「あとはこちらでやっておきますので、家の中で待っていても構いませんよ」
「本当に念入りにやってよね。血にウイルスがうようようよっているんでしょ?」
赤屋敷「触らなければ大丈夫ですけど……」
「終わったら確認させてもらうわよ」
   女、コートを掻き合わせながらフレームアウト。

〇 地下道の階段(夜)
  階段を下る明実。
  すぐ上の地上を通る除雪車の運転音とチェーンの音がする。

〇 地下道入口(夜)
  階段を降り切る明実。
  地下道の進行方向へ顔を上げ、不快気な表情をする。

〇 市街地の路地裏(夜)
  血染めの雪を掘るスコップ。
  赤屋敷、掘った雪を、ゴミ袋を設置した段ボール箱に入れる。
  携帯電話が鳴る。
  赤屋敷、作業を止めて、電話に出る。
赤屋敷「はい、赤屋敷清掃会社です」

〇 地下道入口(夜)
   明実、地下道内を伺いながら電話をしている。
明実「もしもし。あの、鳥の死骸を片づけて欲しいんですけど、」
赤屋敷(声)「はい。では、ご自宅の住所を教えてください」
明実「あ、自分の家じゃなくて、帰り道に、あって。……はい。旭町の地下道です。お願いします」
赤屋敷(声)「あの、」
明実「はい?」
赤屋敷(声)「その鳥なんですけど、お客さん、すぐ近くにいますか?」
明実「いや、ちょっと距離とってますね」
赤屋敷(声)「見えたらで良いんですけど、その鳥、血ぃ出てますか?」
   明実、地下道内のそれを確認して、
明実「……いや、全然」
赤屋敷(声)「わかりました。念のため、私が行くまで近づかないで」
明実「行くまで?」
赤屋敷(声)「ちょうど今、仕事で外にいて、もうすぐ終わるんで直ぐ行きます」
明実「え? 来るまで待ってろってこと?」
赤屋敷(声)「そこ動かないで」
明実「は?」
赤屋敷(声)「あと、周りに様子が変な人とか動物がいたら逃げてくださ  い」
明実「ちょっと、」
赤屋敷(声)「ここに連絡もしてくださいね」
   電話が切れる。
   地下道内から短い悲鳴が聞こえる。
   地下道の向こう側、上りの階段から女が転がり落ちてくる。
   明実、地下道の入り口に驚き出る。
   女、倒れてもぞもぞ動いている。
   明実、躊躇いながらも、鳥の死骸をよけて地下道を走り抜ける。

〇 市街地の裏路地(夜)
   女、赤屋敷を見送っている。
「ご苦労様」
赤屋敷「はい。あ、そうだ、これ」
   と、赤屋敷、一枚のチラシを女に差し出す。

〇 地下道(夜)
   明実、携帯電話を耳に当てながら、倒れている女に、
明実「名前、言えますか?」
「貫田」
明実「(電話に)貫田さんです。意識はしっかりしてて、女性で、あの、」
貫田「あの、大丈夫、大丈夫……」
明実「(電話に)あの、本人、大丈夫って言っているんですけれども。あー、っと」
   明実、貫田を観察する。

〇 市街地の裏路地(夜)
   女、受け取ってチラシの文字を一瞥し、
「スポンジ病?」
   と、赤屋敷に訊ねる。
赤屋敷「市から配るように言われてて。新しい感染症なんだそうです」
「(チラシの字を追って)体内の血液が極度に減少する病気。例えば怪我 をした際、断面がまるで乾いたスポンジのようになってしまう……。やだぁ、おっかない」
赤屋敷「この感染症は、まだ詳しいことは分かっていないのですが、一つ注意すればほとんど防げます」
「どうすればいいの?」
赤屋敷「出血していない動物の死骸を見つけたら触らない、すぐにその場から立ち去り、またうちに連絡ください」
   赤屋敷、運転席のドアを開けて乗り込む。

〇 地下道(夜)
   明実、貫田を観察しながら、
明実「怪我、怪我、……。血はぁ……」
   と、貫田の腕を取る。
   貫田の腕はぱっくり切れている。だが、血が一滴も流れておらず、断面がスポンジのように乾いている。
    携帯電話を当てたまま驚愕する明実。

〇 市街某所(夜)
   路肩に軽トラックが停まっている。

〇 同・車内(夜)
   三津谷(52)、運転席で焼肉弁当を食べている。
   コンコンと窓を叩く音。フードを目深に被った人がノックしている。息で窓ガラスが曇る。
   フードの肩に手袋を履いた手が掛かる。

〇 同・車外(夜)
   フード、振り返る。
   すぐ後ろに、黒滝(25)が立つ。
黒滝「市役所の者です。この車に御用ですか?」
   フード、黒滝に殴りかかる。
   黒滝、避けて背中に隠していたグラスパーでフードを羽交い締めにしようとする。
   フード、噛みつくそぶりを見せて黒滝を威嚇。怯む黒滝。
   運転席の窓が開き、三津谷の姿が現れる。
   フード、開いた窓に飛びつく。
   黒滝、背後からグラスパーの輪をフードに通して胸周りを絞め、ドアに押さえつける。
黒滝「三津谷さん、吸われてないですか?」
三津谷「おう」
   三津谷、フードの口に口輪をはめる。

〇 地下道(夜)
   床を這う貫田。
貫田「痛い……、助けて……」
   明実、貫田から逃げながら電話をかけている。
明実「あの、変な人、いました……」
   明実の背後から足音。
   明実、振り返る。
   携帯電話を耳に当てたままの赤屋敷がいる。
赤屋敷「どうも、赤屋敷清掃会社です」
   もう片方の手にはグラスパーが握られている。

〇 市街某所・軽トラック車内(夜)
   黒滝、助手席でカップスープを飲んでいる。
黒滝「やっぱ、効率的ですよ。この方が」
   三津谷、運転席で焼肉弁当を食べている。
三津谷「俺の愛車をゴキブリホイホイのように」
   黒滝、コンビニ袋をガサガサ言わせて漁る。
三津谷「非人道的だよ。俺はゴキブリをおびき寄せる匂いのするベタベタかよ」
黒滝「にしちゃ、いやに良い匂いのするもん召し上がってますね」
   と、三津谷の焼肉弁当を見やる。
黒滝「嫌がるはずじゃありませんでしたっけ? その匂い」
三津谷「それは映画とか小説の中の話。ここいらをうろついてんのは、牙も 無い、にんにくも効かない、コウモリも連れていない、フツーの格好してん の」
黒滝「ちょっと窓開けていいですか?」
三津谷「止めとけ。またホイホイ来るだろ」
黒滝「よくやるなぁ。食べるものなんて、その辺でいつでも、いくらでもあるのに。別に血じゃないといけないってわけでもないんでしょ?」
三津谷「うん」
黒滝「ああなってまででも、血って吸わなきゃなんないんですかね?」
   と、荷台を指差す。
三津谷「うん」
黒滝「理解不能」
   黒滝、サンドイッチを食べる。

〇 カラオケボックス(夜)
   明実、隅の方でドリンクを飲んでいる。
   赤屋敷、貫田に向かって話している。
   テーブルの上にスポンジ病のチラシ。
赤屋敷「人間に必要なエネルギーには大きく分けて三つあります。まず、生命的なエネルギー。これは単純に生きていくためのもの、俗にいう魂です。次に、肉体的なエネルギー。これは、体を動かしたり、内臓を働かせて必要なエネルギーを吸収したり、いらないものを排出したりするため。最後に精神的なエネルギー。心を豊かにしたり、安定させたり、要は精神状態を整えるためのものです。これらのエネルギーは血液に溶け込んで体を巡っているといわれ、」
貫田「あの、お二人共、私と一緒にいて大丈夫なんですか?」
   と、明実と赤屋敷をチラチラ見やる。
貫田「うつったり、しないんでしょうか?」
赤屋敷「スポンジ病は新しい感染症ではないんです」
明実「はあ? だって、」
赤屋敷「だから、ウイルスとか菌とかがうつるんじゃなくて、血を吸い取られることで、そうなってしまう病気、いや、現象? っていうのかな?」
明実「病気ですらないってこと?」
赤屋敷「ん、病気って言うか、建前?」
明実「建前?」
赤屋敷「はい。だから、明実さんは症状、いや、貫田さんのようにはなりません」
明実「良かったぁ、焦った」
貫田「血をって、何が?」
赤屋敷「俺らは、その人たちのことを、吸血鬼って呼んでいます」
    貫田、明実、沈黙。

〇 市街某所・軽トラック車内(夜)
    運転席の三津谷、助手席の黒滝に向かって、
三津谷「命も体も心もあるのに、それらを思い通りに動かすための血が無 い。だから吸血鬼は血の気の多い奴を探して満ち満ちてる分を奪い取る」
黒滝「そっか。三津谷さんの血はゴキブリホイホイのベタベタなんですね」
三津谷「おう、エネルギーがたーっぷり溶け込んでるらしいな」
黒滝「俺、『ちょー血ぃ薄いね』って言われました検査で」
三津谷「いいんだよ。ホイホイを捨てに行く程度のエネルギーがあればさ」
黒滝「(荷台を指して)何処に捨てるんですか?」
三津谷「戻ったら、処分の担当者が回収に来る。俺らの仕事は捕まえるまでだ」
黒滝「了解です」
    と、サンドイッチを放り込んでスープを飲み干す。
黒滝「ごちそうさま」
    黒滝、食べ終わったゴミをまとめる。

〇 カラオケボックス(夜)
   内線電話が鳴る。
   明実、取る。
明実「はい。……あ、」
   明実、赤屋敷に目配せする。
   赤屋敷、すすり泣いている貫田の背をさすりながら、応える。
明実「(電話で)すみません。延長で、お願いします」
   貫田、こらえきれずむせび泣く。
   明実、受話器を音が出ないように置く。
貫田「そんな覚え無いんです。何で、私が、こんな、」
赤屋敷「ショックで、記憶が飛んでるのかもしれませんね」
貫田「私、処分されるんでしょうか?」
   明実、ポケットから付箋を取り出す。
   『やることリスト、レイトを観る、ラーメン食べる、地下道を通って帰る』
   明実、付箋を剥がして握り、丸めて、テーブルに捨てる。
   しゃくり上げる貫田。
貫田「だって、人間として生きていけないってことですもんね」
赤屋敷「違います」
貫田「人の血を吸わないと、生きていけないんですもんね」
赤屋敷「そんなことしなくても、生きていけるんです。人間のフリをして」
貫田「やっぱり、私、人間じゃないんだぁ!」
   貫田、錯乱しドリンクのグラスを赤屋敷に投げつける。
   立ち上がって出て行こうとする貫田を、赤屋敷が止める。
   貫田、そばのマイクスタンドからマイクを取って、それで赤屋敷を殴る。
    ハウリングが大きく響かせながら、貫田と赤屋敷の取っ組み合い。
   明実、驚いて部屋を飛び出してゆく。

〇 市街某所・軽トラック車内(明朝)
   三津谷、車の時計を確認する。
三津谷「はい、お疲れさん」
黒滝「お疲れ様です」
   雪で真っ白な窓ガラスを見て、
三津谷「雪降ろしてからだな」
黒滝「ブラシは?」
三津谷「足元」
   三津谷と黒滝、シートベルトを解いて外へ出る。

〇 同、車外(明朝)
   空が白み、軽く吹雪いている。
    黒滝と三津谷、各々ブラシで車の雪を払い落としていく。
黒滝「あの、」
三津谷「うん?」
黒滝「もし、俺って血吸われた場合、吸血鬼になっちゃうんですか?」
三津谷「いや、黒滝は絶対吸われないよ。エネルギー無いんだから奪えないだろ」
黒滝「あ、そっか。良かった、余分にエネルギー無くて」
三津谷「お前な、ちょっとはひもじくなんないのか?」
黒滝「ひもじいって?」
三津谷「吸血鬼とまではいかなくても、自分のことなのに思い通りにいかなくて、もっとこうしたいああしたいとか、無いのか?」
黒滝「あー、いや特に」
    黒滝、車の雪をブラシで払っていく。

〇 カラオケボックス(明朝)
   貫田、泣きはらした目をおしぼりで拭いている。
   赤屋敷、テーブルに三つのドリンク(それぞれABCとする)を並べ   る。
赤屋敷「吸血鬼は血そのものではなく、正確には、血に溶け込んでいるエネルギーを吸うんです」
明実「その、生命、肉体、精神の?」
赤屋敷「はい」
   赤屋敷、三本のストローの袋を切って、それぞれのドリンクに差してゆく。
赤屋敷「本来は食べたり飲んだり、まあ、生活してくことでエネルギーを溜 めて、それを自分で使って、また溜めてっていくんですけど。例えば、」
   赤屋敷、ドリンクAを飲む。
貫田「あ! それ、何のエネルギーですか?」
赤屋敷「あぁ、……」
貫田「すみません」
赤屋敷「いえ、どれが減っても大変ですもんね」
貫田「続けてください」
赤屋敷「えーっとじゃあ、」
   赤屋敷、貫田にドリンクBを一つ差し出す。
   貫田、受け取る。
   赤屋敷、ドリンクAを戻してドリンクCを取る。
赤屋敷「吸血鬼が血を吸うことで、それぞれのエネルギーが減ります」
   赤屋敷、ドリンクCを飲む。
   貫田も習い、ドリンクBを飲む。
   赤屋敷と貫田、ドリンクを戻して、また三つ並べる。
赤屋敷「今の貫田さんは、こんな風に、それぞれのエネルギーにムラがあって、今まで通りの生活ではいっぱいになるのが、ちょっと大変な状態なんです。人間が一度に溜められるエネルギーにも限りがあるので、足りない分を今すぐに取るっていうことは難しい」
貫田「あの、」
   と、一番減ってるドリンクAを指差す。
貫田「これがもし、生命的なエネルギーだった場合、私、もうすぐ死ぬんですか?」
赤屋敷「あ、いや、そんなことはなくて、」
   と、赤屋敷、ドリンクB、CからAに中身を移す。並べると、三つの量が均一になっている。
赤屋敷「こうやって、普段の生活で取れるエネルギーで一定の量は保たれます。ただ、全体的に見て、ちょっと少ないので、その分、何かが足りないっていう飢えというか、渇望のような感覚があります」
貫田「あると、どうなるんですか?」
赤屋敷「些細な刺激に過敏になります。例えば、日射しがつらくて昼間に働けなくった人や、職場や街の匂いや音が耐えられなくなって引きこもってしまった人、がいます。あと、街中にいる鳥とか動物とか人の血を吸おうとした人も」
   貫田、おしぼりを強く握りしめている。
赤屋敷「でも、その感覚を工夫して紛らわすことは出来ます。今までと同じように生活していけるんです」
貫田「……人間として?」
赤屋敷「はい、もちろん」
   赤屋敷、貫田にドリンクを差し出す。
赤屋敷「喉を湿らせてから、これからの話をしましょう」
   貫田、ドリンクを受け取り、飲む。
   赤屋敷、ドリンクを飲みながら、ふとテーブルを見やる。
   丸められた付箋が落ちている。

〇 税務署玄関
   確定申告の看板が立っている。

〇 税務署・休憩室
   明実、カップうどんを啜っている。
   周囲ではアルバイト仲間たちが昼食を取りながら談笑している。
バイト1「ほんと腹立つ、あのクソ女」
バイト2「あのお客さんでしょ? 態度、悪かったわよね」
   バイト1、首に掛けてる名札を示す。
バイト1「非常勤だから舐められてんだよ。だって、児嶋さんが対応した途端、ころっとペコペコしだしてさ。正職員ってスーツだからすぐわかるじゃん」
バイト2「相田さんには、(真似して)『早くしてよ』」
バイト1「ムカつく」
バイト2「よく人前であんなに態度悪くなれるよね」
バイト1「ねー。絶対、私生活潤ってないんだよ。旦那と上手くいってないんだよ」
バイト2「え? 結婚してたの?」
バイト1「指輪してたの。えー、よく結婚できたなぁって」
   明実、談笑を眺めながら汁を飲む。

〇 同・確定申告特設会場
   衝立で小さく仕切られ、各空間にノートパソコンが設置されている。    パソコン一台にバイトが一人ずつ付いて、客にパソコンの使い方を教えている。
     その中で、別人のような笑顔と態度で接客するバイト1、2。
   会場の隅のパソコンで明実、接客中。
明実「では、最後に申告書の内容を一緒に確認していただきます。まず、還付金がこれくらい戻って来ます。上から、お客様のお給料と年金。次に、控除額。お給料の源泉徴収票と年金のお葉書通りの社会保険料の他、ご自分で入られている生命保険料、奥様の配偶者控除、お母様の扶養控除。これで申告漏れは無いですね?」
   と、話しながら机の下で指のささくれを剥いている。
明実「はい、では確認したということで、ここに名字でサインをお願いします」
   客がサインしている隙に、明実、隠れて大あくびをする。
明実「……はい。では、あちらの印刷コーナーで申告書を印刷して、反対側の窓口に提出してください。お疲れ様でした」
   と、客を送り出す。明実、次の客に振り返る。
明実「こんにちは」
   ハッとする明実。そこにいたのは赤屋敷だった。
   会釈する赤屋敷。
明実「どうぞ」
   赤屋敷、パソコンの前につく。
赤屋敷「あの、初めてなんですけど」
明実「では、まず、お手数ですが手続きからお願いします。マウスは使えますか?」
赤屋敷「はい」
明実「では、そこをクリックしてください」
   赤屋敷、マウスを操作する。
明実「では、申告する方ご自身のお名前等を入力してください。キーボードは?」
赤屋敷「打てます」
明実「ローマ字で?」
赤屋敷「はい」
明実「では、お願いします」
   赤屋敷、キーボードを打ち始める。
   明実、赤屋敷から顔を背けて目脂を取っている。
赤屋敷「ずっと、ここで働いてるんですか?」
明実「いいえ。確定申告の間だけ、バイトです」
   明実、机の下でささくれを剥く。剥きすぎて血が出る。出血したところを口をつけて吸う。
   赤屋敷、明実に手を差し出す。
   明実、赤屋敷の手を見ると、広げられた付箋を摘まんでいる。
   『やることリスト
    レイト観る
    ラーメン食べる
    地下道を通って帰る』
赤屋敷「なんで、地下道なんですか?」
明実「……好きなんですよ。跨線橋とか歩道橋とか、そういう、くたびれた人工物っていうんですか。特に寒くて雪が積もって、街灯とかで怪しい感じにきりっとしてる感じが、眺めて帰りたかったっていうか……」
赤屋敷「なんか、良いですね。充実してて」
明実「まあ、息抜きに」
赤屋敷「バイト、大変ですか?」
明実「バイトって言うか、周りって言うか」
赤屋敷「え? いじめられてるんですか?」
明実「いいえ。なんか、周り見てると、ほら、皆、笑顔で礼儀正しくて、お客さんや一緒に働いてる人への気遣いがしっかりしてるでしょ? まるで、『こうやんなきゃ駄目なんだよ』って言われてるみたいで、しんどくて」
   明実、赤屋敷の書類を取る。
明実「こんな風に、お客さんがどんなふうに生きてるかっていうのも、入力し終わるのを待ってる間に想像しちゃうんです。収入少なくて若いのに家族を養ってるんだなあとか、私と歳近いのに家建てたんだなあとか、障害のある小さなお子さんがいるんだなあとか、寡婦控除ってことは奥さん亡くなったんだなあとか、なんか、ぽんぽんぽんぽん、飛び込んで来るんで、どうしようって思っちゃって」
赤屋敷「どうしようって?」
明実「いや、パソコンの使い方教えればいいっていうのは、はっきりわかってるんですけど、でも、何でか、どうしようって思っちゃう」
赤屋敷「『私にどうしろっていうのよ』じゃなくて?」
   明実、名札をいじくる手をピタッと止める。
赤屋敷「一緒に働いてる人にもお客さんにも、ああしろこうしろとは言われてないのに、明実さんが自分でああした方が良いのかなこうした方が良いのかなって考えて、でも、しんどいからそう出来なくて、意固地になってる?」
明実「……バイト仲間の人たちみたいに、しんどくないフリが出来れば良いんですけど、なんか、フリをしなきゃいけないって思うだけでしんどくて……」
赤屋敷「じゃあ、もし、そのままの明実さんで働ける仕事があれば、やりますか?」
   明実、赤屋敷をキョトンと見つめる。
赤屋敷「貫田さんは明実さんの血を吸わなかったでしょ? それは、あなたの血に溶け込んでるエネルギーが薄いからです。人間のエネルギーには個体差があるんです。自分が生きていく分、最低限だけで充分な人とそれ以上に満ち満ちている人。明実さんは前者なんです。そういう人は吸血鬼には襲われないんです。吸い取られるほどのエネルギーが無いから」
明実「え? 仕事って、」
赤屋敷「うちは、吸血鬼を捕まえる仕事を市から委託されてるんです」
明実「いや、嫌ですよ」
赤屋敷「今は、同業者がほとんどいないから仕事に困ることはありません。検査の結果にもよりますけど、きっと明実さんの血の薄さなら即正社員です」
明実「う……」
赤屋敷「ここと違って、しんどくないフリなんてしなくていい。むしろ、しんどいあなたでいいんです」
   明実、会場内を見回す。
   別人のような笑顔のバイト仲間たちの働く姿がそこかしこにある。
   明実、名札を外して机に置く。

2、
 市役所にて。三津谷は、最近吸血鬼が罠にかからないことに気づいた。黒  滝が、単純に減って来たんじゃないか、と答えるが、三津谷は納得しな    い。吸血鬼たちを誰かがかばっているんじゃないか、と黒滝に心当たりを  示す。動物死骸回収作業の依託をしている、赤屋敷清掃会社である。

 明実は、赤屋敷に連れられて赤屋敷清掃会社(赤屋敷の自宅)へ。そこは赤屋敷が作った吸血鬼保護会・陽(ひ)継(つぎ)。表向きは民俗学研究サークルとして通し、赤屋敷に保護された吸血鬼たちが、人と一緒に生きていく術を研究する集まりだった。メンバーは、長部、奈良岡、青バラ、そして貫田もいる。

 陽継の現在の活動は、『吸血鬼の生き方』という本を作ることである。今までは古典の小説や映画、本から、吸血鬼がどう生きているのかを調べていたのだが、あんまり参考にならなかったので、もう自分達の現状や体験をまとめて共有した方が良いねってことで本の編纂を始めた。


長部「例えば、映画や小説の中の吸血鬼って、お金持ちで身分が高いんです。だから、たとえ日射しに弱くても、働かなくていいでしょ。でも僕らはまず仕事があるから、もう、そこから違うんですよ」


赤屋敷「現に、昼間に働けなくなって、金が無くなって食べ物が買えずに、その辺にいる鳥や、あげく人間の血を吸うまでになった人もいます」

 完成したら民俗学の本として出版したいと、吸血鬼たちは楽しみにしていた。

 そこに、三津谷と黒滝、突入して来る。奈良岡が耐えきれずに、三津谷の血を吸おうと飛び掛かるのを、黒滝が捕獲する。
 吸血鬼たちは三津谷と黒滝を糾弾し、奈良岡を救い出そうとする。が、赤屋敷の様子がおかしい。弱々しく、黒滝たちの暴挙に対し、手元が鈍る。容赦なく迫ってくる黒滝に赤屋敷は追い詰められる。赤屋敷を非難しだす吸血鬼たち。とどめを刺されるところに明実がグラスパーで応戦。赤屋敷の代わりに黒滝たちを追い払う。
 吸血鬼たちは赤屋敷の態度にショックを受ける。自分達の唯一の味方だと思っていたのに……。皆が我に帰ると、赤屋敷はこの場から消えていた。
 
 明実は消えた赤屋敷の代わりに仕事をすることになる。動物死骸処理と陽継の運営や吸血鬼たちの保護。吸血鬼たちは場所を移して『吸血鬼の生き方』の編集を続けていた。だが、黒滝たちの襲撃と赤屋敷の背信によってすっかり希望と意欲を失い破れかぶれになっていた。明実はだんだん嫌になって仕事を辞めたくなり、赤屋敷を探し始める。そのために、何か手がかりを掴もうと赤屋敷の自宅を漁る。そこで明実はボロボロのノートを見つける。それは赤屋敷の妹、恵(めぐむ)の日記だった。明実はその日記を読む。すると、恵は吸血鬼だったことがわかった。また、無理解な兄に対する恨みつらみが書かれているのを見つけて、明実は襲撃を受けた赤屋敷の弱々しい態度にピンとくる。

 赤屋敷は、深夜の街をさまよっていた。血が吸い取られた動物の死骸を見つけて、辺りをきょろきょろしていると、三津谷が声を掛けてくる。


三津谷「危ないですよ。吸血鬼がいるかもしれませんから」


 赤屋敷、カッとなって三津谷に掴みかかる。三津谷は、赤屋敷に市の正規職員になれとスカウトする。


三津谷「こっちにつけ。そうすれば、妹への後ろめたさも忘れる」

3、
 明実の携帯電話に、黒滝から電話が来る。赤屋敷清掃会社との民間委託の契約解消の話である。明実はその理由を、「赤屋敷が市の正職員になったからだ」と聞かされる。明実は、赤屋敷に戻ってきてもらうために市役所へ行くが、赤屋敷の代わりに黒滝を寄こされる。明実に名刺を渡す黒滝。血の薄い者同士、親近感を覚えた明実は黒滝と吸血鬼について話す。

黒滝「働けないにもかかわらず、住民票がある限りは街の税金で面倒見なくてはならない。俺たちは、吸血鬼にたくさんのものを奪われているんですよ」


 明実は、吸血鬼たちや赤屋敷に対する自分の考えを未だに言葉に出来ないでいる。
 その代わり、彼らのありままの境遇を吐露する。血が無いせいでふさがらない古傷に困っていた吸血鬼たちに得意の化粧を施している貫田のこと、人間である妻と子供とこれからも暮らし続けたい長部のこと、全日制の理容学校に行きたい青バラのこと、寂しさから酒の力を借りてバスの中でわめいて回っている奈良岡のこと、赤屋敷の妹・恵の日記のこと。所々、涙で張りついた頁を剥がしてみると、無理解な兄に対する理解を試みようとしていた苦闘が書かれていたこと。


明実「日記には題名がついていました。『陽継』です」
   明実、黒滝に貰った名刺を裏返して『陽継』と書いて見せる。
明実「棺桶の中でも目を閉じないで、太陽を見上げ続けるという意味だそうです」
   黒滝の携帯電話が鳴る。
 三津谷からの電話である。匿名の通報があったから今いう住所に直行しろ、とのことだ。黒滝、明実の書いて見せた名刺の上に上書きで住所をメモする。明実がカチンとして手元を覗くと、見覚えのある住所が書かれていて愕然とする。

 三津谷と赤屋敷が出動する。匿名の通報があり、教えられた場所に行く。なんらかの罠があり、三津谷と赤屋敷が押さえられる。そこにいたのは陽継の吸血鬼たちだった。ここは『吸血鬼の生き方』の製作場所であり、彼らは三津谷の血を奪い、人間としての暮らしを取り戻そうとしたのだ。赤屋敷は吸血鬼たちを止めようとグラスパーで退けながら、吸血鬼たちをなだめ続ける。


長部「俺は、これからも家族と暮らしたい。あんたの妹みたいになりたくないんだ!」

 黒滝と明実が突入。黒滝によって三津谷が救い出される。三津谷たちと吸血鬼たちの板挟みになる赤屋敷。三津谷、赤屋敷を退けて吸血鬼たちにジリジリ寄る。されるがままに退かれる赤屋敷を背後にいた明実が押し返す。

 明実、三津谷に向かって行き、いきなり腕に噛みつく。三津谷、明実を振り払う。三津谷、逃げる明実を追い、取り押さえる。
黒滝「三津谷さん! 前!」
 三津谷が前を見ると、赤屋敷と吸血鬼たちが逃げてしまっている。
黒滝「それに、その人、違う」
 明実、三津谷を見上げると、頬を擦りむいて血が滲んでいる。
 三津谷、明実を離し、その場にへたり込む。
黒滝「なんで?」
 明実、起き上がる。
黒滝「どうして?!」
 明実、ふらふらと立ち去る。

4、
 深夜、街中の雪道。赤屋敷が明実を迎えに行く。顔を押さえながら歩いてくる明実。並んで歩く二人。
赤屋敷「あの、退職届とかは大丈夫なんで、明日からのんびりして、」
明実「辞めません」
赤屋敷「……」
明実「ただ、陽継の運営までは手が回らないので、長部さん達の方で話し合ってもらって、なんとか皆さんの方で仕切ってもらいたいです」
赤屋敷「いや、」
明実「?」
赤屋敷「会社、畳もうかと思って……」
明実「このまま、市役所に?」
   赤屋敷、涙目で被りを振る。
明実「違う仕事を?」
   赤屋敷、うつむき加減で被りを振る。
明実「会社、本当に畳むんですか?」
   赤屋敷、激しく被りを振る。
赤屋敷「恵……」
明実「?」
赤屋敷「妹、行方不明なんです。でも、処分されたか、死んだかどうかもわからなくて……。でも、何処かで暮らしてるんだって思いたくて、俺みたいに吸血鬼と一緒に暮らしてる人が妹を保護してくれているんだって、信じたくて。……せっかく、せっかく、陽継を、『吸血鬼の生き方』も、作ったのに……。でも、ずっと後ろめたかった。俺はずっと、あいつらみたいに、妹を傷つけてたのに、今頃、長部さん達を騙して、一緒になって被害者面して……。ごめんなさい……」
明実「……」
赤屋敷「全部、自分のためだったんです。自分はあいつらとは違う、誰かを守れるし、だから、誰かに守ってもらえるんだって、信じたくて、」
明実「良いんですよ」
赤屋敷「?」
明実「自分のために、誰かを守って良いんですよ」
赤屋敷「……」
   赤屋敷、泣きながら頷く。

 市役所。三津谷のデスク。三津谷、赤屋敷の退職届を眺めている。『吸血鬼にならないようにと怯える必要のない、吸血鬼になっても困らない街のために退職します。』と書かれている。
三津谷「退職届の書き方も知らねぇのかっ」
 と、吐き捨てる。
 黒滝のデスク。黒滝、陽継の潜伏場所から拾い集めた『吸血鬼の生き方』の原稿、もしくはデータが入ったUSBメモリを郵便で送る作業をしている。

 赤屋敷清掃会社にて。陽継のメンバー達に赤屋敷が郵送されてきた『吸血鬼の生き方』の原稿またはUSBメモリを渡す。それを受け取る長部達。しかし、差出人は不明だった。吸血鬼たちは赤屋敷がわざわざ拾ってきてくれたのだと勘違いし、和解する。
 明実、喜ぶ赤屋敷や陽継のメンバー達の陰で、送られてきた封筒の宛名と黒滝からもらった名刺のメモの筆跡を見比べている。

 後日、深夜の街中。冬も終わりに近いのに豪雪である。雪道を、グラスパーを携えて赤屋敷と明実が巡回している。フードを被った人に出会う。
 吸血鬼だろうか?
 赤屋敷と明実、近づいて声を掛ける。

END

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