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祖父の死と不思議な夢


父方の祖父が倒れ入院した日のこと。

「ね… 悪いんだけど明日病院に泊まってくれない?」

「え〜 明日?」


電話口の母は申し訳無さそうな声で私に言った。


母は家事をするために週に一度は家に戻るので、その時は私や兄弟に助けを求めてきた。


 祖父は無口な人で、いつも無表情。笑った顔をあまり覚えていない…

働かない人だったので、祖母は大変苦労をしたそうだ。

私の記憶の中では一度だけ公園に連れて行ってもらった事があるが、私が遊び終わるのをつまらなそうな顔でただ座って待っている姿だけ覚えている。

 
母の食事が口に合わないとはっきりと「まずい」と言うし、動物嫌いで私達が飼っていた猫を蹴飛ばしたりする冷たい人。
いつもゴロンと横になってテレビばかり観ていた。

なので、私が中学生になった頃には私は祖父とあまり口を利かなくなっていた。

 

数年前、何かの手術で祖父が入院した時、お見舞いに行った私に生き生きとした表情で珍しくひたすら喋りまくっていた。きっと数週間の入院生活で孤独を感じ、私に帰って欲しくなかったから喋り続けていたのだと思う。


「おじいちゃん、私そろそろ帰るね」と言った時

「そっか」と明るい表情がぱっと消えたのを見て心が痛んだ。


◯。○●゜∴‥

ーー 今回は泊まりで看病か‥ あぁ 嫌だな… 


狭い4人部屋の病室で、小さくて硬い簡易ベッドに付き添いの家族は寝泊まりしなくてはならなかった。

早めの夕食を済ませ母と交代した。


その頃は寝たきりであまり話せなくなっていた祖父。

トイレにも行けない祖父の下のお世話もしなくてはならなかった。

 

夜は硬くて寝づらいベッドで何度も寝返りをうち、翌朝は何とも言えない倦怠感と共に起床した。


お昼は院内の売店でお世辞にも美味しいとは言えない乾燥してパサパサしたサンドイッチを購入し病室で食べた。病院独特の様々な臭いが入り混じる異臭に囲まれた食事は、ただ空腹を満たすだけのもの。さっさと胃の中に詰め込んだ。

 

ーーー それにしても体中が痛い…


体の痛みをとるために首や肩を回していると、家事をひと通り終えた母が昼頃病院に到着した。


母は疲れた顔を見せずいつものように私に穏やか微笑みを向け


「ありがとう。大変だったでしょう」

 と労ってくれた。


「おじいちゃんに何度も起こされるし、ベッドは硬いしさぁ あまり眠れなかったよ。 体中が痛いよ… お母さん、本当に大変だね…」

 

数カ月間ほぼ毎日泊まり込みで看病していた母に労いの言葉を掛けたつもりが、母はにっこり微笑んでこう言った。

 

「ううん 私は全然大変じゃないのよ。

大変なのは病気と闘っているおじいちゃんの方なんだよ…」


普通こんな状況の中で、こんな言葉が出てくるものだろうか…

 
ーーー お母さんってなんて素晴らしい人なんだろう


感動して改めてそう思った。

 
硬くて小さい簡易ベッドで体も休まらないのに疲れたという言葉もなく、愚痴をこぼすどころか優しい心で私の心まで包んでしまう。


母は祖父の入院中のお世話や祖母の介護でも日常の生活の中でも、愚痴や悪口を一度も言ったことがない。


たまに私が母に祖父の文句を言うと

「あなたの血の繋がったおじいちゃんでしょ。そんなふうに言わないの」

悲しそうな目で私に言う。

温かくて愛の塊のような人…

どんな時も相手を思いやる気持ちを忘れない人…

私は母以上の素晴らしい人に出会ったことがない。 


ーーー そっか 私が大変なわけじゃないんだ 大変なのは病気と闘っているおじいちゃんなんだ

 

母の言葉のお陰で気持ちが切り替えられた。


◯。○●゜∴‥

翌週、病院に泊まりにいった時、祖父の手を握りながら

 

「おじいちゃん 家に帰りたい?」

 

祖父に聞くと

「うん…」 

弱々しい小さな声で祖父が答えた。

 

「じゃ 一緒に帰ろうね..」

 

母のおかげで、優しく言ってあげることが出来た。

 

 

そして、この言葉が祖父に掛けた最後の言葉となった。



◯。○●゜∴‥


祖父と永遠の別れ


その日私は学校で授業を受けるために席についていた。

教室に入ってきた教授がマイクで私の名前を呼び、びっくりして教授の所へ行くと、おじいさんが危篤だからすぐに病院に行くよう言われた。

 

急いで病院にかけつけると、廊下に真っ赤な目をして片付けをしている母がいた。

私を見つけると優しく微笑んで

 

「あっ 来てくれたんだ」

 

すでに祖父が息を引き取った後だということを告げられた。

病室を覗くともう祖父の姿はなかった。

 

「隣に入院していた方の奥さんが

『娘さん おじいさんに優しく声を掛けてあげていましたよ。 優しい娘さんですね…』

って言ってたよ」

  

母の言葉がなければ最後まで祖父に優しく接してあげることができず、もっと悔やんでいたと思う。

母は私達子供にいつも優しく伝え続けてくれる。

時に言葉で、時に自分の背中を見せて…

 

生前の祖父にあまり優しく出来なかったけれど、最後は母のおかげで優しい言葉を掛けてあげることが出来た。


◯。○●゜∴‥


家に戻ってきた祖父は苦しみから解き放たれ安らかな顔をしていた。顔に触れると冷たくて私はショックで言葉を失った。
命は永遠ではないと知った日。

「何も親孝行してあげられなかったな…」悔しさを滲ませ父が泣きながら言った。


父は生前の祖父と言葉をほとんど交わさなかった。

初めて見た父の涙。

糸が絡み合った父と息子の関係。

永遠というものがないから人は後悔をするんだろう…


後悔しない人生なんて無い。

後悔から学ぶことしか出来ないのだ。



◯。○●゜∴‥

 

 祖父が亡くなった数日後に見た不思議な夢


祖父が亡くなった2,3日後に不思議な夢を見た。

 

夢の中の祖父は車椅子に乗っていて、私に紙切れを渡してきた。

 

その文字が読めなかったので、母に

 

ねぇ お母さん これなんて書いてあるの?」

 

と聞いたら

 

【ありがとう】 って書いてあるよ 

と言われた。

 

今、思い出してもとても不思議な夢。

 

数回寝泊まりしただけの私にありがとうを言ってくれたのだろうか…

でも直接言わないところが祖父らしい気もした。

 

おじいちゃん、あまり優しくしてあげられなかったね。ごめんね…


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