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「朝食はパンかご飯か」
人生で初めてのディベートのテーマ。
小学校2年生のこと。
ぼくはそのころから白米原理主義者だったので、クラスのパン派を殲滅しようと息巻いていた。ぼくはようやく日本語の日常会話がこなせる段階だったが、そんなのは関係なかった。
「朝をパンで済ませる不届き者」
を許す訳にはいかなかった。
白米という絶対的正義を掲げてぼくは燃えていた。言語は違えど、小さい頃から口が立つ生意気なガキだったので、日本語になっても同級生を論破してボコボコにすることはそれほど難しくなかった。でも、いきなり終わらせるのももったいないので、最初は黙って様子を見ていた。他の子たちが何を言い合っていたかなんて覚えていない。お互いに決め手が欠けた馴れ合いをしていた。気合が足りない。相手を消し去る気合が。
そろそろか…
ぼくは口を開いた。
「ご飯はご飯だけじゃない。みそ汁や漬物、おかずだって付いてくるけど、パンは?バターかジャムか目玉焼きくらいやん。」
ぼくは最初からみそ汁、漬物、おかずで武装しようと決めていた。最強だ。浅はかなパン派に
『確かに…』
と動揺が広がっていく。
『ソーセージとかハムエッグだってあるやん!』
パン派の残党が必死の抵抗を見せる。
「あんなぁ、ソーセージもハムエッグもご飯にも合うねんで?」
ぼくはハリーポッター顔負けの速さでエクスペリアームス(武装解除魔法)を繰り出した。バターとジャムだけでぼくを止められる小学二年生はその場に居なかった。ぼくは完全に勝利を確信して先生の方を自慢げに見た。大学出たばかりのお姉さんの先生は優しく微笑んで言う。
『パンチームはもう反論ないん?』
誰も答えない。
あるわけないやん。
ぼくは心の中でほくそ笑んだ。
先生が続ける。
『それじゃあ…』
ご飯チームの勝ち!早く言って!
『今度はチームを逆にして話し合ってみて?』
は?何言ってるん?
今度はぼくが動揺した。
『そこに気づけたの偉いな~』
と、皆の大好きな可愛い先生に褒められる気満々だったぼくは肩透かしを食らってつんのめった。先生が優しい笑みを含んだまま続ける。
『ディベートには勝ち負けはなくて、お互いの意見をぶつけ合って、自分の意見の良いところを見つけるものなんやで。逆に相手の意見の良いところも素直に認めて取り入れることも大事で、そうやって一人じゃ思いつかない考えに気づくねん。』
なにそれつまらん。
ディベートの後半、ぼくは一言も喋らなかった。パンの擁護なんて真っ平御免だし、何よりも自分の勝利をなかったことにされたことが気に入らなかった。ぼくは終始口を尖らせて抗議の意を表明した。先生はぼくと目が合う度にクスッと笑った。心を全て見透かされている気がして、ぼくは視線を逸らした。そのあたりからその先生とは仲違いをしてあまり話さなくなった。
好きだけど好きじゃない。アンビバレントな気持ちを抱えたぼくは一度拗ねてしまった手前、その先生と和解することはないどころか、反抗を繰り返してどんどん険悪になった。そしてそのまま卒業してしまった。
思えばぼくの他人に付け入る隙を与えずに論破しようとするひねくれた性格はこの時期にはもうほぼ完成形を迎えていたのかもしれない。それから17年間、ぼくは殻の内側に引きこもり、「気に入らない他人」を論破するために、みそ汁や漬物よりも威力のある知識で武装を続けて来た。
そして、大事な人との死別で、「人生」という論破できない相手に直面してちっぽけな殻が砕け散った。理不尽な人生が大嫌いだ。でも論破できない。
気づけばぼくの手にはバターとジャムしかなかった。
あぁ、ぼくこそが浅はかなパン派だったんだ。
小学二年生の時、ぼくは自分を殴っていたのだ。
どうしようもなくなったぼくはべそをかきながら、なけなしのバターをトーストの上に塗り広げた。
「サクッ。サクッ。」
心地良い音が鼓膜を鳴らす。
「パン、美味しいな…」
『な?美味しいやろ?』
先生の優しい声がする。
「はい。パンにもちゃんと良いところがありました…」
あぁ、気づくのが遅い。
目頭が熱くなる。
頂いたお金は美味しいカクテルに使います。美味しいカクテルを飲んで、また言葉を書きます。