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割れた老眼鏡

昔からそう。

ぼくは辛いことがあると祖父のことをよく思い出す。

祖父はぼくにとっての指針そのものだ。

祖父の行動、言葉、ものの考え方、生き方、その全てを尊敬し、愛している。

今年の初めに交通事故で亡くなってしまってからも、祖父の全てがぼくの中にあって生き続けている気がする。

ぼくが日本に移住するとき、ビザを取りにぼくと祖父と祖母の3人で中国の瀋陽にある日本大使館に向かった。

僕のふるさとの延吉から最寄りの日本大使館のある瀋陽までは夜行汽車で一晩かかる距離だった。

今となっては高鉄で数時間だが、20年前の中国の片田舎にはそんなものはなく汽車しかなかった。

時間の問題で大使館が一日に発行できるビザが限られていて、整理番号を貰う必要があった。

大使館職員が出てきて受付を始めると、時間前に並ぶことが禁止されていた、道路の反対側で待っていた人たちが一斉に走る。

ぼくの横にいた祖父も駆け出してあっという間に人の群れの中に消えていった。

数時間後、祖父が笑顔で戻ってきた。

腕と膝から血を流していた。

胸ポケットからつるの片方が外れて割れた老眼鏡をかけて目を細めて整理券を見る。

人混みのなかで押し倒されて、転けてしまったらしい。

ぼくはそんな祖父の姿を見て悲しくて泣いた。

祖父がぼくの頭を撫でて言う、

「これくらい何も痛くないよ。体の傷なんてすぐ治るから。」

ぼくなら痛さで悲しくなって辛くなって泣くのに、祖父は全く泣かない。

やっぱり、祖父は強くてすごい。

それから20年。

酔っ払ってしょっちゅう身体中がアザだらけになるし、コケて血まみれになったこともある。

コケたくらいではもう泣かない。

けれど、心が辛いとすぐに泣いてしまう。

ぼくが

「お母さんに会いたいよ」

「お父さんはもうお父さんじゃないの?」

「こんな所はもう嫌だ。早く日本に行きたい。」

「いじめばかりで日本も嫌だ。」

と言った時に血だらけになっても泣かない強い祖父は毎回泣いていた。

今のぼくもふとした瞬間に感じる人生の切なさや虚無に自然と涙がこぼれる。

心の痛みに弱いのもきっとあなたに似たのかな。

頂いたお金は美味しいカクテルに使います。美味しいカクテルを飲んで、また言葉を書きます。