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もしも美人に嫉妬したら

ボーイフレンドが他の女の子の容貌を褒めるのは、そんなに気持ちが良いものでは無い。
百歩譲って女優やモデルならば「そうよね、綺麗よね」と頷ける。だけれど、プライべートな女友達に対する賞賛を聞くのは、まるで胃袋の奥に埋まった虫歯が疼くみたいに居心地の悪いシクつきを感じずにはいられない。

「彼女は誰が見ても美人」「あいつも彼女の綺麗さに驚いていた」

もちろん理想は、つまらない言葉を軽くいなしてしまうこと。
だけど、「ああ、あなたもそのビジンの虜なのね」なんて聞き流せずに、気になって、面白くないと感じるならばそれはもう自分もビジンになるほか無い。

嫉妬には、同じ土俵に立つ覚悟が要される。

「私は顔とは違うところで勝負する」
そうは思っても、自分に言い聞かせてみても、ふとした拍子に自分と相手の顔が気になって仕方がなくなる。
心を奪う目線が、魅惑的な笑顔が、整った造形が憎らしいほど羨ましい。
顔だけに限らない、知性に嫉妬したなら知性が、生活に嫉妬したなら生活が、センス、ユーモア、趣味嗜好…気にして嫉妬してしまった箇所がずっとずっと付いて回る。一度嫉妬をしたら最後、同じ土俵に立つしかない。

そうして私は美人に嫉妬するたび神様が与えた試練だと思って己を鍛錬した。洗練された人に嫉妬するたび洗練を求めたし、知性に嫉妬するたび知性を得ようとした。淡々と、そして執念深く。
ああ、振り返ってみればあまりにも馬鹿馬鹿しい。まったく、嫉妬なんて本当に厄介。

それでもある意味、感謝したって良いかもしれない。
私が持っていないものを持っていた彼女と、それを称えたボーイフレンドを。
今の私へと導いてくれて、どうもありがとう、と。

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多謝
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前田紀至子

新潮社ニコラモデルや光文社JJライターを経て、旅や美容を中心として暮らしに関する文章を寄稿しています。

気儘日記

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