フィリップ・ロス『父の遺産』

 脳腫瘍の父親を息子のロスが看取る。
 人工呼吸器をつなぐか決断を迫られた時、ロスはどうしていいかわからなかった。機械を使うことを拒めば、父は苦闘を続けなくても済む。でも、どうして私にノーといえよう。
「私の生命、私たちが一度しか知ることができない生命を終えてしまう決断を、どうして私が引き受けられよう?」
 ロスは今後訪れるであろう悲惨を思い描き、すべてが見えたと思った。
「それでもなお私は、その一言が言えるようになるまで、長いことそこに座っていなくてはならなかった。身をかがめて父に精一杯近づき、その窪んだ、台なしになった顔に唇をくっつけて、私はようやくささやいた—"Dad, I'm going to have to let you go."(父さん、もう行かせてあげるしかないよ)」
 ちょうど私が日記にこのロスの小説の一節を書き写していた時に、父が入所していた施設から、急病でこれから病院に搬送するという連絡があった。夕方から父の意識レベルが低下したというのである。急いで深夜に病院に駆けつけた。
 当直の医師が、延命治療はどうするかと私にたずねた。そんなことをたずねられるほど父の容体がよくないのかと動揺した。父とは延命治療について話をしたことは一度もなかったので、私はロスよりも難しい立場にいた。私が自分で判断しなければならなかったからである。
 若い医師が仏教でいう阿頼耶識を持ち出して「最後まで生は残りますよ」ということに驚いた。私は彼に「穏やかに着地をする援助をしてほしい」といった。
 その日はもう帰れないかもしれないと思っていたが、入院することが決まり、少し落ち着いたので、早朝に家に帰ることができた。
 私はロスが父にささやいた言葉を思い出した。そして、私ならきっとこういうだろうと思った。
—"Dad, I can't let you go."(父さん、あなたを行かせるわけにはいかない)
 入院してしばらく経ってから、医師から胃瘻を造るかたずねられた。胃瘻で延命すれば、何年も生きることになるが、それはそれで家族がつらい思いをすることになるとも医師は説明した。
 母の時は人工呼吸器を使った。心臓マッサージは荒々しい。家族は部屋の外に出るようにといわれたが、私は拒んだ。
 心臓マッサージをすることは、穏やかに着地することにはならないかもしれないが、胃瘻なら穏やかな着地を助けることになるかもしれないと思った。
 このように考えたのは、父のことを考えてのことではなかったかもしれない。私が延命治療を拒めば、私が死の決定をすることになることを恐れたからかもしれない。
 しかし、胃瘻で少しでも生きながらえてほしいと思ったのは本当である。意識がなくなっても、息をしているのとしていないのでは大違いである。
 親に代わってどんな決断を下すことになっても、親がそれを許してくれる信頼関係を生前築けていることが大切だと思った。はたして、父は許してくれただろうか。
 父は間もなく、胃瘻を造る前に亡くなった。

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