「お手々つないで、野道を行けば…」

 ある日、テレビでコメンテーターの一人が、短い放送時間の中で二度も「体験がないので共感できない」と語るのを聞き驚いた。この場合、体験というのは戦争体験である。はたして、戦争についてはそれがどんなものなのか共感できないのだろうか。
 99歳のジャーナリスト、むのたけじは、戦争の末期、長女のゆかりさんを疫痢で亡くしている。発病した日、医師は出征兵士のことで動員されていて、治療を受けることができなかった。むのは無人の隔離病院の中で、高熱の子どもを抱き、身体を撫でることしかできなかった。
 ゆかりさんは好きな童謡をつぶやくように歌い出した。
「お手々つないで、野道を行けば、みんなかわいい…」
 ここまでくると歌うのをやめた。そして、しばらくしてまた初めから歌い始めた。
 「どこまでも人間として生きたかったのだろう。小鳥になれば、死ぬと思って、その言葉のところでやめたのであろう」とむのは推測する(むのたけじ『99歳一日一言』)。
 ゆかりさんの死は、父親に決意させた。
 「戦争で殺されてたまるか。戦争を殺すために死ぬぞ」
 僕は戦争を体験していないし、娘を亡くした体験もないが、むののこの時の悲哀を共感できる。

 最近、日本ジャーナリスト会議賞特別賞受賞したむのは、この受章を機に決意を新たにした。「命ある限り第3次世界大戦を防ぐ仕事をしていく」と。

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