見出し画像

「シャネチャネ・2」 短編小説

夢みたいにきれいな、劇場で
あたしはパパとママと手をつないで
発光する女の、うつくしい物語をみてる
たましいを震わせて、うたうくちびる
ほんものの叙情とあこがれ
目は潤んでいる
パパとママは一体になって
喜びながら溶けてしまった
あたしは不安になって、あたりを見渡す
客席からべたべたとした液体にまみれた
緑色の男たちが這い出して
きっと女を骨まで食べ尽くしてしまう
あたしは黒く光る銃に手をかけて
生々しい温度をかんじる

朝めをさますと、めっちゃきもちわるい。きのう友だちと夜中までのんでたせい。朝はいっしゅん気がおもくて、でもすぐわすれる。今日はこわい夢をみた気がするけど、それも忘れてしまった。

はたちになって、まだ5日しかたってないのに、もう毎日のんでるから、あたしってつよい。あたしみたいな見た目だと、もっと前からすこしは、のんでたんじゃないのみたいな、感じでおもう人がいるかもしれないんだけど、見た目で決めつけないで、あたしは先生がいったことは守るタイプ。きちんとあいさつをして、うそはつかないで、ひとにやさしくして、歯みがき、手洗はちゃんとする。約束をしたら守る。おとこのこはデリケートだから、やさしくしてあげましょう。さいごのひとつは幼稚園のとき、先生があたしにだけ言ったこと。おさけははたちから。世の中にはきまりがある。あたしみたいにつよい人ばっかじゃないから、よわい人をまもるためにあるの。だからのまなかった。あたしえらい。5日まえ、初めてお酒をのんだ。にがくて安いの。ぽややんとなって、のどと、お腹があったかくなる。息もあつくて、唇と視界が溶けちゃうから、どこまであたしかわかんなくなっちゃう。トイレに行くと、鏡に向かってはなしかけちゃう。あんた誰?あたしなの?こんな顔してたっけ。ずっと見つめあってると、ほんとに誰だかわかんない感じ。でもあたしな感じ。バーのトイレはきたない。

バーで飲むとか、アニメじゃん。小さい頃パパとみてた深夜アニメ。運び屋で2丁拳銃で、スラム出身のアメリカンチャイニーズの女の子。が、バーに来る。その子があらわれると、どこでもすぐ銃撃戦になっちゃう。お酒がつよくて、顔がかわいくて、男みたいにしゃべる。約束はやぶらない。パパはこうゆう、たくましい女の子がすき。

先生と、高校は卒業しようねって約束した。だからする。ほんとはやだけど。卒業したくないんだもん。

あたしは今年で高校5年生。成績はオール1。でもあたまはわるくないと思ってる。みんなあたしのこと好きだし、しんでない。めっちゃ生きてる。今、ちょっときもちわるいのもカレー食べたらなおる。卒業できないのは、テストのせい。勉強があたしに話しかけてこないから。教科書に書いてあることって、しんでるかんじ。だから興味もてない。世界史とか、世界のみんながもう喧嘩しないためにあるんだけど、そうはならないし。そっちのがばか。どうせそうなら、もうそうだし、はじめからそうなんだし、そんななら、って、あたしも半分、それでいいやって、あきらめちゃってるのかな。でも、一応がんばってみてる。相手がむしするからって、あたしもむししてたらダサい。一応、つきあってあげる。勉強の話は、つまんない。とゆうか、意味わかんない。

学校はときどき行ってる。制服着るのが好き。パンツが見えないように、スパッツをはく。みんな、世の中の男がみんな電車でパンツ見たがってる、きもいってちょっと思ってる。でもあたしは、パンツなんてものを人様に見せたらわるいって思って、スパッツをはいてる。だからなに。

電車にゆられる。それはすき。混んでないときの、山手線。わざとスマホをみないで、いろんなひとの、顔見たり。くつしたの、具合。ゆびさきのつるつるしたつめ。指を、うごかしてみて、きれいだと、思う気分。背中にあたる光。電車と、高校生の、つもりのあたし。

ママは電車がきらい。学生のころ、痴漢されたことがあるから、気をつけなさいって。ママが怖い顔する。さっき痴漢されたみたいにおこる。
あたしは痴漢ってされたことなかったけど、電車でスマホみてたら、いきなり知らない誰かからAirdropでエロい画像がおくられてきて、新手のちかんだってすぐにわかったんだけど、あたしの反応次第とおもって、にやあってわらった。あたしにできる精一杯のこと。それも痴漢にはばれてて、うれしいのかも。ひとって複雑。あたしはシンプル。

あたしはずっと高校生にあこがれてた。高校生って最高と思う。このままずっと高校生でいたい。だからラッキーっておもってるんだけど。親にはすっごくおこられる。でも親好き。ママはいつもいそがしい。パパは外国人。パパもいそがしい。2人はいつもキスしてる。いいね。

毎日、わりとひまだからバイトしてる。ひとつはカレー屋なんだけど最近友だちにカレーくさいって言われる。でもカレー好きだからべつにいいってゆうか、むしろいいってゆうか、3食カレーでも全然いける。ハマるとそればっか食べちゃう。カレーは太らないしよくない?今んとこ何食べても太らないからやっぱ高校生ってさいこー。ちょっと前までは焼き小籠包にハマってて、めちゃ食べてた。焼き小籠包って食べ方間違うと中の汁がほんとに危険。100度くあらいあるとおもう。焼き小籠包の前はたい焼きにハマってた。カスタードクリームのがすき。頭からたべるかしっぽから食べるか。ほんとどうでもいい。あたしは頭から食う。

タピオカミルクティーは、流行ってる時もそうでない時も、また流行り出した時も変わらずずっと飲んでる。いろいろ飲んできて、結局チェーン店の安めのタピオカミルクティーが一番すきって気づいた。お洒落なのもいいけど、うすくて、大人っぽい味がして、あたしにはまだよくわかんないのに、美味しいと思おうとしてる事に気づくのがいや。タピオカミルクティーでそんな事思うとはってかんじ。あたしが好きなとこのタピオカミルクティーは、甘みがちゃんとあって、味が濃くてジャンクで、タピオカを噛むと、奥に黒蜜の甘さがまだあって、やすっぽいけど正直でいい。女の子はこうゆう飲み物が好き。どうもありがとう。

ちょっと前にカレーにハマって、色々食べたんだけど、インスタでよく見るカレー屋のカレーがしょっぱくて、残念すぎ。スパイスのちからを信じないで、塩を多めにいれてしまう店主は、信用がおけないとおもった。やっぱカレーは、カレーのマインドの人が作ってないとだめ。店主は、カレー以外の事に気を取られてる。なんかしょうもないこと。カレーじゃないマインドは微塵も入ってちゃいけないんだ、カレーは。

そこから行き着いたカレーはインドカレーだったんだけど、新大久保に好きなカレー屋があって、通ってたらスカウトされた。まかないでカレーが食べられるので最高。仕事はけっこうできない。でもいいみたい。そんなに大きい店じゃないのに、いつも10人くらいインド人のスタッフがいて、しかもあたしを雇うのなんで。おおすぎ。もしかして、日本人て1人で3人分くらい多めにはたらいてるのかな。

カレー屋のおじさんたちはみんなおもしろい。でも顔こわい。ほんとうに面白い時しか笑わないから、落ちつく。みんなほんとにずっとカレー食べてるし、家でもカレー作って食べてる。あたしはカレーも中華もパスタも台湾料理も日本食もなんでもすきだから、時々はずかしくなる。なぜか。

カレー屋でバイトしてると、イケメン風の韓国人のおとこのこと、日本人のおんなのこのカップルがすごい来る。でもつきあってないみたい。女の子がお金はらってデートするやつみたい。流行ってる。ほんとにイケメンだったらあたしもデートしたい。でもイケメン風だからべつにいい。いまあたし彼氏いない。まあさみしい。のに、彼氏ほしいって言うのたのしい。なんでこんなにたのしいんだろ。謎。

今まで3人とつきあった。好きって言われるのはうれしい。でも、好きって言葉と、彼氏ってことばが好きなだけみたい。つきあっても、ほとんど続かない。いやになっちゃう。キスは好き。でもそれ以外は、ぶっちゃけよくわかんない。17歳の誕生日も、彼氏の電話はムシして、友達のアヤとブランコ乗ってた。ちょっと罪悪感。そしてアヤは美人。5月になって、薄着で、夜にすこしの罪悪感とブランコに乗るのは気持ちいい。罪悪感とブランコは、合う。アヤに、あんたってギャルだよね、見た目。って言われた。アヤはきれい系の見た目だけど、あたしよりよっぽどギャル。夜中の公園もつきあってくれるし。ノリもいい。今はもう、大学で忙しいみたいだけど、まだ高校生のあたしと5日連続いっしょに飲みに行ってくれてる。ギャルって彼氏とか友だちを大事にするイメージあるし、あたしはマインドがギャルじゃないから。渋谷も秋葉原もすき。

あたしの後ろの席の子に、サバゲー好きの子がいて、いつも彼氏とサバゲーデートしてる時の画像見せてくれる。全身アーミースタイルで森の中でデートするの楽しそう。いつも黒髪をひとつにしばって、メガネで、ちょっとふとってるんだけど、アーミーの時はコンタクトで、元の顔がいいから、けっこうかわいい。その子、クラスでまあまあ浮いてるけど、めっちゃ好き。朝、彼氏とガスマスクつけて登校してきて、校門で先生に止められてるの見るのすき。めっちゃわらう。無意味でいい。みんなめちゃくちゃ引いてるのに、おかまいなしだし。机の中にサバイバルナイフ隠し持ってるから、キレたらやばそう。もう高3だから、進路の事もちゃんと考えててえらい。卒業したら、彼氏と自衛隊に入りたいんだって。彼氏と3年もつきあってて、大事にしてるし、その子のほうがギャルって感じする。ギャルについて考えてると、カレー並みに奥深すぎてむり。

その子が、使わなくなったサバゲー用のエアガンをくれた。どうやら、あたしに森でコスプレしてもらいたいらしい。あたしにちょっと気があるのかも。森はめっちゃ好きだけど、コスプレはやんない。毎日、高校生のコスプレしてるし。

小さいころ、パパとママと3人でキャンプに行った。森の中にいると、都会が恋しくなって、都会にもどったときは、森が恋しくなる。あたりまえ。

パパが釣りに行って、ママはバーベキューの準備。あたしは近くをさんぽしに出かけた。緑、緑、緑、下はしめった茶色、また見上げると緑、間から青。ひかりの筋をおいかける。少し行くと小さい川があって、薄暗い。あたしはサンダルをぬいで、足をつけてみる。すっごく、つめたい。風が一気にふきぬけて、汗がかわく。ちょー気持ちいい。手にもってたキュウリを川の水につけて、つめたくして食べようと思った。あたしその時キュウリにハマってて、いつも食べてたから、「そしつ」があったんだと思う。何のそしつかってゆうと、緑のそしつ。緑のものときょうめいする、そしつ。めっちゃ子どもだったし、子どもって、マインドが妖怪寄りだから。見てしまった。あたしの目線の先に、なぜか、気づくと、カッパがいたの。いやほんとに。緑の、はげたおじさんみたいなものが、川から顔をだしてる。

「え、カッパなの?」

話しかけた。カッパは何も言わない。ただじっとこっちを見てる。なんかちょっと、見た目かわいそうな感じ。情けない感じ。緑も、濃すぎる色で、森の中でも浮いちゃう感じの緑。会社の忘年会で、芸をやらされて、流行ってる芸人の、全身緑色にぬってやるギャグを、自分もノリノリでやってみたけど、ややウケで、というかウケなくて、思ってたのと違ったみたいな感じ。しょんぼりな感じ。自分のパパのそんな姿だけは、みたくないってかんじの。緑のおっさんが、頼りなさそうにこっちを見てる感じ。早くおわらせたいような、レアなような、じかん。こわいのと、こうきしん。でもこれ、あっちはぜったい、キュウリ目的。

「あっそうか。これでしょ、キュウリ。いくよ、ほら、投げるよ。」

あたしは、できるだけ遠くにキュウリを投げた。カッパは、やっぱりキュウリを追いかけて泳いで消えた。ってことがあった。ほんとに。

その後、10年以上この話いろんな人にしてるんだけど、誰も信じてくれないんだけど。
バイト先のインド人にも、バイト初日につかみとしてこの話をした。カッパってなに?ってとこからだから、ちょっと面倒だったけど、みんな、それは神様にあったんだ!って盛り上がってくれた。
あたしちょっと、めずらしく泣きそうになった。めっちゃ感動。日本の神様はたくさんいるから、りっぱなのも、なさけないのもイルンジャナイノ。って。
この街はこーゆー話がサクッと通じるからいい。

あたしはこの街がすっかり気に入っちゃって、一人暮らしすることにした。あたしの実家は横浜だから、ここからだと都内の学校にも近いし、バイト先も近くなるし。インド人ちのとなりの部屋。ボッロボロだけど、中はリフォームしてあって、まっしろ。インド人が紹介してくれた不動産屋のおばちゃんが、内見の待ち合わせに30分遅れてきた。まだ新人みたいで、道がわかんなかったんだって。遅刻したから、敷金と礼金ナシねって言ってみたら、通った。ラッキー。あたしは、すぐに準備をはじめた。

断捨離にハマってるから、実家の荷物も全部メルカリで売った。めっちゃ気持ちいい。ぜったいないと困るものは、トイレットペーパー、歯磨き粉、歯ブラシ、シャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、メイク落とし、洗顔料、化粧水、乳液、パック。けっこうある。元々コスメ大好きだったんだけど、新しいのが出るとすぐ試したくなって、結局前の使わなくなるから、ドラッグストアで化粧する事にして、全部売った。使いかけの化粧品も、バンバン売れた。メルカリすごいわ。で、ドライヤー、ブラシ、コテ。コテはやっぱり減らせなかった。水回りは、これが限界。これ以上は減らせない。ネイルと除光液も悩んだんだけど、ネイルはアヤんちでして、アヤんちでオフする事にした。アヤは基本何でも許してくれる。ギャルってゆうより、ヤンキーなのかも。マインドが。そこのちがいを考えるのも奥深い。

それから、ティッシュ、これもないとダメ。無人島にひとつだけ持っていくものは、昔からずっとティッシュって決めてる。布団は、なしでいけるかもと思って、なしでいってる。寒くなったらむりかも。教科書系は学校におきっぱだし、制服と、カバン、靴下、靴、パンツ、ブラ、スパッツ。部屋着。これは、今のところタンクトップとホットパンツ。あと、エアガン。エアガンはもらったばっかりだし、かっこいいからまだ捨てない。

ゴミ袋、も仕方なく。料理はしないでカレーのまかない。もしくはアヤんち。あたしもう、アヤとつきあっちゃえばいいって話。女の子でもかんけいない。まーでも、アヤはいつでも、彼氏いるんだけど。私服は着まわせる5着。パリジェンヌ。パリジェンヌの事思うとなんかふと卑屈になる。うける。アメリカ人はなんか、親しみある。あと細々まだあるかもだけど、もういいや。とにかく、このくらしはきっと不便。うける。

引っ越し当日はアヤが来てくれた。はじめてバーで飲んだ、次の日。つまり毎日アヤといる。あたしは一回横浜の家に帰って、荷物まとめて、ママもパパも仕事でいないから、いってきまーす、って置き手紙を冷蔵庫にはって、不動産屋さんに鍵をもらって、新大久保でアヤを待った。2人で韓国料理たべて、アパートについた。荷物すくなすぎだし、とくにやる事ないし、コンビニでビール買って、家で飲んだ。あたしはもう、1日でお酒に慣れたってかんじで、ぐいぐい飲んだ。

アヤは美術の大学に行ってて、絵描いてる。いつも、カバンに絵の具が入ってて、そんでまじでうまい。リアル。これから、リアルじゃない絵も描かないといけないんだって。たしかに、アヤの絵、あんまりリアルだから、はっきりいって写真でよくね。って思うことあるし実際。ごめん、絵のことわかんなくて。でもいいね。夢中で。

部屋があんまり殺風景だから、壁に絵描いてよって言ったら、家出るときめっちゃお金とられるよって言われた。そっか。でもせっかくだからなんか描いてほしかった。あとのことは、いつだってどうでもいい。

アヤの今の彼氏は、会社員で、ネットテレビを作ってる人みたい。小金持ち。一回だけ会ったけど、何もかも、知り尽くしたみたいなかんじで、イケメンだけど、目がしんでる。でもアヤは、そうゆうとこが、好きなんだって。あたしはぶっちゃけ、あんまり好きじゃない。かなり年上で、離婚歴あり。

ビールを3本飲んだあたりから、ガクンと酔ってきて、ネットテレビの彼氏がめちゃくちゃ短い白い短パンはいてたことにまずつぼって、それは2人で笑ってたんだけど、そのあと、アヤがその彼氏にもらったシャネルのスマホケースが急に、つぼにはまってきて、おなかの底からうらがえっちゃうくらい、わらってたら、アヤがすごいムッとしてて、でもごめんけど、シャネルのスマホケースうけるってゆうゾーンに入っちゃって、抜け出せなくてまいった。わらったまま寝ちゃった気がする。もう、おぼえてない。

朝の、ひんやりした床。きもちいい。胃のなかはまだ、きもち悪い。でもやっぱり、布団は買わないとかな。カーテンがないから、光が直で入ってきて、焼けちゃうな。日焼け止めも買わないとかな。また物が増えちゃう。くやしい。部屋にはもう誰もいない。まだ目をとじてるけど、わかる。いまあたしは、何もない部屋でひとりきり。気楽だけど、ちょっとやっぱりさみしい。きのうあんなに大笑いしたから、まだお腹のあたりが興奮してるかんじ。今日は学校に行こうか。休み時間に、うしろの席をふりかえって、何か話そうか。あたしは、この銃をはやく返したい気持ちになってる。誰かを撃ちたくなっちゃったら困る。

ちいさいころの、あたし。夕方の公園で、友だちとわかれてあたしはひとりきり、池に、カモが泳いでる。あたしは、カモにむかって石を投げてみた。きまぐれで、当たるなんておもわなかった。あたしが投げた石が、カモの背中に当たる。カモは、おおきくて、エグい声をあげて、体ごと、どぶんと沈んだ。あたしはいろんなきもちで見てた。いろんなきもちはこわい。だから小さいあたしはそれを、きれいに隠した。大人になったら、あの時のいろんなきもち、勝手に掘り返されて、オークションされて、あたしが1番高いおかねをだして、せり落とす。ほしくもないのに、誰に取られたくもない。

だからあたしは、なかったことにしてる。知らないふりをしてる。あたしは、先生の言うことはきくタイプ。嘘は誰にも、つかないって決めてる。あたしは元気、あたしは鈍感、あたしはバカ、あたしはつよい、あたしは永遠に女子高生。のつもり。だれも、あたしの中をのぞきこまないのに、独り言ですら、こうしてずっと、あたしはあたしにだけ、嘘をはいてる。

難しい。むずかしい。嘘をつかないのって。ほんとうでいるのって。大人になっても、大人になったつもりで、あたしはまた生きていかないとなんですかね?先生。窓の外から、ヘイトスピーチの声がきこえる。だれがだれを、ほんとうはきらいなの。あたしは、このままとうめいになりたい。

あるひの、バイトの帰り、夜道で、いつもあたしに声をかけてくる、韓国人のおばさんが倒れてた。あたしは、おばさんにかけよって、救急車と、警察をよびますって、言った。おばさんは、いい、呼ばないで、お願い。明日、国に帰るから。って言った。あたしはだから、なにもしなかった。おばさんのお腹から、血がだくだくながれてた。おばさんは明日、国に帰る。あたしの帰る国はたぶん、日本だけど。

あたしの目は、まだあいてない。床の温度は、そとからの光であたたまって、汗がにじんでくる。あたしは寝返りをうつ。あたしの右手が、なにかに触れる。うすく、目をあけると、黒い絵の具と、ゴールドの絵の具の、くちゃくちゃになったのが、ある。しぼりとられて、もう一滴も、中身はのこってないみたい。アヤが、忘れてったのかな。あたしの、視覚と、しょっかくが起きると、きゅうかくも起きてきた。あたしの、胃のすっぱいにおいと、部屋いっぱいの、絵の具のにおい。おひさまのにおいよりも、つよく支配する。
あたしはもう一度ぎゅっと目をつむり、次の息で上半身をおこした。

真っ白な部屋の壁に、たくさんの、いろんな、しゅるいの、リアルな、まるで本物みたいな、シャネルの絵が、一面に描いてあった。

「え!!!!!!!」

あたしは、その絵があんまりきれいだから、それからしばらく、みとれてしまった。黒い皮の、つやのある肌。真ん中の、金色の細工が、あたしはこの世に、あたしだけ。ってつよがる。幾重にも組み重なった、金の紐。肉体と合体して、ひとつの、力強さ、あたらしい、意見。意志。いやなこと、むだなこと、悲しい日、泣くこと、わらうこと、たくさんの絶望感、あきらめること、幸福感、絶頂感、イク感じ、ってまだわかんないけど、世界のすべてをバックにつめて、一体になって歩くヒールの音。

とがった、黒い足。とても人間の足とは、おもえないような、うつくしさ。リップの色は、赤。血のいろよりも、濃いあかいろ。胸と腰、足の細さ、ふとももの流れ、デコルテの具合、すべてきれいにみせる、魔法のスーツ。黒と、きんいろと、ひかりと闇。これだけであたしは、感動してしまった。
シャネルに興味なかったけど、こんなにいいものなんだ。

あたしが酔って寝てしまってる間、朝までかけてアヤが描いた、いやがらせ。シャネルのスマホケースは、描かなかったみたい。うける。
あたしがここを出て行く時、塗りつぶすの手伝ってもらわないとだよ。
あたしはまた、ぱたっと少し、横になった。

「起きろ!!バイトの時間ダヨ!!!」

部屋に、インド人の店長が起こしに来た。めちゃめちゃ声がでかい。

「ナンダコリャ!ラクガキする、ダメだよ!!バカ!!バカジョシコウセイ!」

バタンッ!と、すごいいきおいでドアを閉めるから、部屋がいっしゅんぶるんとゆれた。

その日は、バイトして、カレー食べて、アヤと飲みに行った。絵の事でめっちゃわらった。帰りに、深夜までやってる猛獣珍獣ペットショップに寄る。最近かわいいリスザルが入荷して、触れるから、めっちゃ通ってる。キッキって名前つけて、かわいがってるんだけど、47万円もするから、あたしには買えない。歌舞伎町で働いてる、ホストとかキャバ嬢とか、そんなかんじの人に買われてくんだろうな。ペットショップの動物たち。みんな、せつないたましいたち。でも、どちらにせよ、もう生まれてきたんだから、がんばろーよ。ほんとに、かわいー。おさるさん。あたしはどうにかして、キッキを飼ってるつもりになりたくて、この街全体があたしの家って事にしてる。べつにいいよね、つもりだし。

家にかえって、あかりをつけないで、横たわる。だってものがなにもないから、どこにもぶつからないし。とはいえ、まだまだトイレはこわい。トイレも明かりだけつけて、おしっこをした。トイレの明かりと、月明かり。壁が発光して、うかびあがるのは壁にとじこめられた、グラマーで、とってもきれいな、女の子の武器。マシンガンよりつよいかも。

「アイス食べたい。」

あたしはコンビニに行く事にして、部屋着の腰にエアガンをぶっさして、PASMOとスマホをポケットに入れて、コンビニに出かけた。アニメに出てきた女の子みたいに身軽。

コンビニに、いつものリスカの子。店員さんなんだけど、手首がタテに切ってあるの。みるたび、こっちまで痛くなるけど、こーゆー時あたしは、へーき、気にしないって顔して、ふつうの演技をする。あたしもまだまだだな。って思う。もっととうめいなひとになりたい。

腕が、はんぶんない、同級生のおとこのこ。はんぶんないのに、いつも傘を、ひとりで開いて、ひとりで帰る。おとこのこ。いつだか運動会のときに、みんなこわくて、その子の手がつかめなかった。その子の手をつかんだときに、あたしたちの不透明が、つたわってしまうのがこわかった。

アイスをなめながら、コンビニから戻ると、インド人たちがあたしの部屋の入り口あたりで、中をのぞきこんでる。店長があたしに気づいて、シーっ!って、ジェスチャーして、あたしも駆け寄って中をみると、カッパがいた。

「おまえのカミサマがいるよ。」

店長は、笑いをこらえられないって顔をして、あたしの反応をみてる。

「あいつ、サッキから、あのラクガキ、盗んだつもりにナッテル、ウケル。」

緑の、よれよれの、拾ったか、200円セールで買ったかみたいな、緑いろのシャツに、100年くらい履いてそうなズボン。なぜかちゃんと、靴を脱いでる。頭のてっぺんがまあるくはげたその男は、みすぼらしくて、申し訳なさそうで、きっと世の中から浮いちゃってて、ほんとうにまるでカッパだった。

「カッパだね。」
「ダロ!!ドウスル?」

なんにも、盗むものはない。下着泥棒でもないみたい。カッパのおじさんは、あたしたちに全く気づきもしないで、なにやら、いっしょうけんめい、アヤが壁にかいたシャネルを盗んだつもりになって、たのしくなっちゃって、ほっぺがあかくなって、役者みたいにおおきくうごく。

あたしのへやが、舞台みたいになる。へたくそな大根役者の、こっけいなおおしばい。月明かりと、トイレの明かりに照らされて、だれも見ていないのに、自分のこころにむかってお芝居をする。嘘をつく。それでもひとは、たのしめる。あたしはなんか、そのことに、めっちゃ共感しちゃったんだよね。チャンネル?が合っちゃった。チャンネル。CHANNEL。あたしはCHANEL。あたしは偽物の、ヒロインになった。

お芝居の幕引きは、死。

舞台にまぶしいほどの、あかりがついて、

緑いろの怪物が、われにかえってふりむく。

少女が、10人の山賊を引き連れて、立っている。

怪物は、それまで盗んだつもりになった、たからものが、

自分のみすぼらしい手からきらきらと、こぼれだしていくのがわかる。

少女は、これまで何度も怪物をころしてきた、黒く、あやしく光るソード・カトラスを手にして、

怪物の心臓めがけて放つ。

緑いろの怪物は、こなごなに砕け散って、やがて小さな猿になって、うれしそうに鳴きはじめた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?