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宇治

宇治に行こうと思い立ったのは、とくに意味はない。インスタラム用に写真を撮る、というもっともしょうもない理由からだ。
平等院鳳凰堂を撮影しようと思った。インスタでよくおすすめに、夜の平等院、ライトアップ、そして池に映る平等院……というような映えたやつが一時期よくでてきた。ちょうど夜間参拝をしていたときだった。正直うらやましい。だったら真似てライトアップのときにすりゃいいじゃん、というところだが、宇治まで予定を立てて行くのもなあ、なんてずるずる引き延ばしていた。あるとき起きて、「今日行くか」となった。とくに意味はない。

そんなふうに気乗りしているんだかあないんだか、という感じに京都駅から電車に乗った。僕の観光地巡りはいつだって適当なのだ。さすがに西国三十三所のときは計画したけれど、まあ二三観光地を巡ろう、くらいの気分だった。
わりとすぐに宇治駅に到着した。
早速行くのは、喫茶である。平等院はどうした、まずそこじゃないのか、と思ったけれど、朝からなにも食べてなかったので。
入ったのは辻利。なるほど、さすが宇治茶、お茶の店、喫茶、とにかくお茶だ。郷に入れば郷に従え、一応はそこのうまいもの、をいただくのがよい。なあんて書いてますけど、いつもはそんなに名物とかいただかないんですけどね。ひとまず場所に馴染もう、落ち着こう、ということで。
スイーツである。正直絶賛ダイエット筋トレ中なので、あまり食べてはならないのだが、まあせっかくきたんだし。ていうかノリっぽい感じできておいてなあんだが、いただいた。続々とお客さんが入ってくる。宇治は京都市内に比べのんびりしている。非常に居心地がよい。テイクアウトのお茶を購入して、ついに出発である。

最近は『地球の歩き方 京都』を読んで観光地に挑むことが多いのっで、まずは通そうな宇治神社と宇治上神社を攻める。
宇治橋の隅に、紫式部の像がある。当たり前だが『源氏物語』の宇治十帖の舞台なのである。源氏物語ミュージアム、なんてのもあるしね。今日休館だったけど。やっぱり計画は立てたほうがよろしい。
さっき辻利の庭にうさぎの置物があるのが見えたけれど、宇治はどうやらうさぎらしい。
宇治神社も宇治上神社もおみくじがうさぎだし、御朱印帳にもデザインされている。
(うさぎ説明)
宇治神社ではおみくじ、吉。最近吉ばかりでる。まあ平常運転、というところなんだろうかちょっと歩くと世界遺産の一つとなっている宇治上神社だ。
あんまりなにも考えずにやってきたけれど、やっぱり空気が違う。寺社仏閣はだいたいがパワスポなんだけど、ここはほかと趣が違う。あんまりそういう「パワーが」「エネルギーが」って感じ取れないんだけれど、なにか違うのはわかった。
参拝し、いつものようにつらつらとお願いして、さて、でますか、と思ったときだ。突然スマホが誤作動して、どこかに電話をかけようとしているのであわてて止めた。この番号なんだ? と思って調べたら、お願いしていたいいご縁ができますように、と思っている場所にかけていた。そうういえば、顔を上げたとき風が吹いてきたし(僕は参拝しているときに風が吹いたら「神様いるな~」と思う癖がある)。
これは……なんかすごい、と勝手に思う。なんならそのまま電話すればよかったのだろうか。いやさすがになんの準備もないのにまずかろう。旅行はあ適当なのに、そういうところは慎重。
ここでもうさぎみくじをひいた。置物がかわいいので。大吉。うれしくなって縁結びのお守りを買いました。なんかチョロい俺。
興聖寺まで川沿いを歩いた。ちょっと空が曇ってきている。興聖寺ではいま勉強中の小野篁、という名前がでてきたり、なにやら適当にきたのに妙なシンクロがある。手花水も庭も美しい。あちこち入ることができて、しかも一人きりだったので面白かった。わりと充実した旅行であった、とここで帰っても満足っちゃ満足なんだけど、そして『源氏物語ミュージアム』に行きたいから再びくるし。
いや、さすがにそれは宇治に来た意味!
最後に平等院に潜入である。
やっぱり鳳凰堂の写真を撮りまくる人々。そりゃそうだ。この世の極楽なんだもん。鳳凰堂内に入ったとき、「ここ、一度きたことがあるぞ」と思い出した。
多分小学校か中学校の修学旅行できた。どっちも京都でした。そして、なかの仏さまを見た。説明を聞きながら、再会に、というか来たことがあるのを思い出したことに感動していた。思えば遠くへきたもんだよ。
もう夕方、退散するか、と平等院を出た。
まだまだ平等院に向かう人がちらほら。
先日大原に行ったときも思ったのだけど、なんで学生の時に行かなかったんだろ。なに忙しがってたんだか、自分。

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