トイレ掃除と恋人と。
就業前には掃除をする。
「じゃー、はじめましょか」と、誰かが言うのを合図に、机を拭いたり床を掃除したり、シャッターを降ろしたりしていよいよ店じまいという雰囲気になる。
私はこの掃除の時間がちょっと好きだ。
特にトイレは念入りに掃除をするポイントなので、チェックリストを確認しながらしっかり磨く。特に役割が決まっているわけではないので、できるだけ早めに動き、トイレ掃除を始める。
以前働いていた会社でも、トイレに名前をつけてはオネェ口調で掃除していた。流石に社員全員で掃除する中、オネェ口調で掃除はできないので、鼻歌を歌う程度に留めている。
トイレ掃除の中でも特段、会社のトイレを掃除するのが好きなので、自室のトイレ掃除には全然熱が入らない。すごく適当だ。
トイレに限らず、そもそも自室の掃除が適当で気がつくと大量のゴミ袋が溜まってしまう。埃もたまるし洗濯物もたまる。自分の身の回りだけは、疎かにしてしまうのだ。引っ越してから買った机の上でさえ、早くも散らかり放題になった。
そんな折、恋人が家に来ることになった。
「新幹線のチケットはとった」
という連絡と共に、乗り込まれることがほぼ確実となり、私はめんどくさいなぁと思いながらも、だからといって掃除をすることもなく過ごしていた。ゴミ袋はまとめて処分したけれど、それ以外は特に何をするわけでもない。自分の住んでいるこの空間に人が来るという実感が全く湧かなかった。
ダラダラ過ごすと流れる時間は早いもので、恋人が来る日になった。最寄り駅に恋人を迎えに行くと「いらっしゃい」と挨拶を交わしてから、晩御飯の材料を買いにスーパーへ立ち寄り、家に戻った。材料を冷蔵庫に片付けると、恋人は料理を始める。私はとたんに手持ち無沙汰だ。
「……掃除、するか」
来客に料理を任せ、なんだか暇なので。という動機の掃除である。思いやりが微塵もない。とりあえず人が来ていてなお床に散らばった服をまとめてクローゼットの中に放り込んだ。棚の中にある不要なものをまとめてゴミ袋に押し込み、書類を整理した。
何も入っていなかったゴミ袋がいっぱいになり、もう一つゴミ袋を引っ張り出して詰め込む。掃除がようやく落ち着いた頃、恋人も晩御飯を作り終えていた。
恋人が来ると、掃除が捗る。ただでさえ物がない部屋からゴミさえなくなり殺風景なワンルームは、更に簡素になった。
「明日、いろいろ買い揃えてくるね」
恋人が言った。
「すまん、頼むわ」
翌日、また同様に会社の終業時刻手前で掃除の時間が始まった。私も入念にトイレを掃除する。トイレはキレイにすればするほど、使う人も丁寧に使ってくれるような気がする。人に見られる実感があると掃除には力が入る。今日もチェックリストに従って、掃除を終えた。
「ただいま」
部屋に戻ると、自室がすっかり改造されていた。本当になにもなかった家が、恋人によって人の生活する家に書き換えられていく。私の部屋のトイレも恋人によってピカピカに磨かれていた。
「嫁に欲しくなった?」
恋人は得意げに笑い「さ、買い物行くよ」と言って、コートを羽織った。
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今回のテーマ「トイレ」
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