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ダメ人間を見るだけの歌

ウォークマンでシャッフル再生していると、ずっと前にダウンロードした曲が再生されることがある。

高校生になって初めて先輩からCDを借りた。中古でウォークマンを買い、それからたくさんの音楽を入れてきた。私の趣味は周りにいる人によって移ろっていき、ボーカロイドの曲を聴いた時期もあればBUMP OF CHICKENばかり聞いていたこともある。RADWIMPSも聴いたし、星野源も聴いた。洋楽はあまりなじみがなかった。だれも知らない曲を聴くよりも好きな人が好きな曲を聴くことの多かった。

でも一時期、インディーズバンドがサンプルで公開している曲を聞くのが好きだったことがある。CDに収録したうちの一つを公開している人が多かったが、人によってはアルバム一つ分まるまる公開していることもあった。私はそれを見つけては聴き、ダウンロードしてもいい曲はウォークマンに入れて通学中に聴いた。

その中に、チクシヒロキさんの「しようよ」という曲がある。

イントロのドラムが聞こえてくると「あ、来た」と思う。何度聴いても少し気の抜けたイントネーションで最後の「は」と言う部分も「わぁ」と表現したくなる最初のフレーズが好きだ。ひさしぶりに友達と会ったとき「あぁ、そうそう、こいつこのしゃべり方なんだよな」と懐かしく思うような感じ。そして、この歌で主人公は悩んでいる。

今の恋人との間に、子供ができない。

深刻な悩みだ。私はそれを「なるほどなるほど」と、聴いている。

恋人が寝た後というシチュエーションで主人公が歌っているミュージックビデオが目に浮かぶようだ。そして主人公は、検査に行く。何の検査なのかわからないが検査に行くことを決意し高らかにサビ前を歌い上げた。サビでは子供の名前を考える二人の微笑ましいやり取りを思い返す様子が歌われている。

私としては「いいから早く検査に行けよ」と思うが、本人にとっては「早く」とかそうやって気軽に急かしていい問題ではない。事はナイーブ、その曲を聴いている私はさながらひさしぶりに会った友人の最近の悩みを聴く同級生である。「お前こんなところで飲んで歌ってないで早く病院に行け」そんな気持ちを抑えながらも、しかし前向きな検討をしている主人公の話をうんうんと聴く。これが音楽でなく普通の相談で気の知れた友人なら「なにウジウジしてるんだ相手の方も、それは深く悩んでいることだろう」と発破の一つでもかけるところだ。

そして、サビが終わり二番に突入するのだが、そこが検査当日の話である。聞き手の私としては、先月会って悩みを聴いた友人と同じ店でまたあったと思ったらまだ同じ事で悩んでいたような気持ちだ。しかも、検査の直後くらいにばったり酒場で出くわしたような気分である。全然話進んでねぇじゃねぇか。BUMP OF CHICKENならサビ後と二番で数年から半年は時間が流れているし、RADWIMPSなら好きな「君」を中心にまた新たな世界が再創造されていることさえある。その絶好の切り替えのタイミングで、この主人公は「何もしない」。本当に。サビ前から24時間どころか、12時間も経過していないであろう。

この男、私生活でもダラダラしているのに、曲になっても全く進歩がない。曲という、ハイパードラマチックな世界で、驚きの生活感が漂っている。

「おめぇはよぉ! そういうところがよぉ!」と説教の一つでもかましたくなるようなシチュエーションになる。ただこれは歌なので、黙って聴く。人の悩みは聴いている分には本当におもしろい。そして「検査の結果は三日後に出るらしい」と歌い上げられる。

あ、すぐに結果出ないんだ。なるほどね。それに相手の方も相当悩んでハンバーグ定食を半分近く残しているらしい。なるほどね。

主人公はそれがよほど印象に残ったのか、このハンバーグ定食を残していたところから一気にサビに入る。なにが彼の思い出スイッチに触れたのかは全くわからないが、子供の名前を考えるサビ(二回目)に入る。

結局検査には行ったようだが、結果なんてもうどうでもいい、なんて事をしれっと最後のサビで言っている。その場にいたら間違いなく「おいこら、今のはダメだろ」とマジトーンの説教コースだが、これは曲なので私は笑いながら聴く。

そうして、現実的な悩みは具体的な進展を見せないまま男が開き直って曲が終わる。

そういう歌である。なんだか知らないが、私はこの歌が好きだ。ウジウジ悩む友人の悩み事を聴いている気分になる。しかも、恋バナよりは重めの悩みだ。早くしろとせっつくのも違うのだが、行動を起こせる本人がダラダラウジウジしている。本当にもうお前は何なんだ、ずっとそうだ、タカヒロ(子供の名前の候補)も泣いているぞ。しかし、もう男の方は開き直っているので私がなにを言っても届かないであろう。

そして、何度もこの歌を聞いていると「まぁ、実際こんなもんだよね」と思うのだ。すごく悩んでいることがあるのに、現実を突きつけられるのは怖い。絶好のチャンスで思い切り世界を変えられるのはいつも主人公で、実際はチャンスなんて過ぎ去った後も普通に次の日が来るのだ。周りの人が「今でしょ!」と思っても、その瞬間飛べることなんて滅多にない。

私はたぶん、物語の中のダメ人間が好きなのだと思う。「お前本当にそんなんでいいのか」と、思わず声をかけたくなるキャラクターに愛着を感じる。ちびまる子ちゃんやその父、ヒロシ。ケロロ軍曹とかが好きなのも、たぶんその辺が関係しているのだと思う。彼らは、何とかしなくてはいけないという危機意識がある。しかし、あきらめるもの早い。この曲の主人公も、不安から開き直りまで曲にして五分、物語として実際に流れた時間をざっくり計算しても二日目の夜にはもう開き直っている。

なんだかいちいち大げさで、決意も早くあきらめるのも早い。ギャグマンガを一編読み終えたような気持ちになる。ただ、張本人はギャグで片づけていい悩みではないようにも思うので、この曲の主人公はちゃんと奥さんから怒られてほしい。

そのときは正座で。でも、1分くらいで崩して、また怒られてほしい。たぶん、私はそういう人が好きなのだ。


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