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手を繋いで帰ろう

昨年、前職の上司とその仲間のみなさんが、イベントをしていたのでお邪魔した。

仕事の都合もあり、参加できるかは微妙なところであったが無事参加できた。以前にはスタッフとして混ぜてもらっていたが、今回はお客さんとしての参加である。さらに、恋人さんも一緒にやってきた。

イベントは大学生のときに出会った人たちで溢れていた。ゼミの先生や、後輩、社会人になった同級生、インターンさせてもらっていた会社の社長、その仲間のみなさん。とにかくたくさんの人がいた。

その一人ひとりに、恋人さんを紹介する。

「こちらが、恋人です」

全員の反応は、判で押したように同じだった。

「あー! あの噂の!」

恋人さんは彼らのことを知らないが、彼らは恋人さんのことを知っている。飲みの席で恋人の話をした人や、私のエッセイを読んでいる人ばかりだからだ。

「私、噂になってるの?」

「まぁ、結構話してるからね」

「有名人じゃん」

エッセイを書いていることは言いまくっていく精神により、結果的に恋人さんまで有名人になってしまった。

「まー、綺麗な方」

元上司の社長が言った。そろそろと集まってきた仲間の方々も「綺麗!」「すてき!」と恋人を囃し立てる。恋人は満更でもなさそうな顔をしていた。

「こんな綺麗な人が……〇〇くんと付き合ってるの?」

おっとぉ? どういう意味ですかねぇ?

目の前で言う人もいたし、あとから聞いたところ恋人にこっそり聞く人もいたらしい。こっそり聞くほうがなんかマジっぽいじゃないか。どんな人だったか特徴を聞いたら、すぐにいつも私のことをイジってくるおじさんだと解った。後ほどFacebook経由で問いただすとしよう。

ひとしきり褒められた恋人さんは、すっかりアイドル気分だった。

「かわいい、より、綺麗って言われたのが嬉しい」

「そうですか」

会場では、大人から同級生まで私の知り合いにめちゃくちゃ話しかけられた恋人さんが特に仲良くなったのはCさんという友人だった。

話している二人はとても楽しそうだったので、わたしはさっさとその場から離れ、社長の息子さん(5歳)と鬼ごっこをして遊んでいた。会場をフルに使ったゴージャスな鬼ごっこを楽しんだあと、階段をアスレチックのように登り降りして遊んでいた時、恋人さんに見つかった。

「あ、〇〇くん、写真撮ろう」

隣にはCさんがいる。二人がそれなりに打ち解けていることはよくわかった。しかし、それが気に入らない。

「嫌だよ、俺今、鬼ごっこしてるもん」

「撮ろうよ、さっきは撮ったじゃん」

Cさんも言う。イベントのカメラマンまでそこに居合わせてカメラをかまえる。5歳の息子さんは別の人と鬼ごっこを始めたので、言い訳を失った私は3人で写真を撮ることになった。恋人さんの横に並んだら恋人さんから「お前はそこじゃない」と言われてCさんを間に挟んで、3人で写真を撮った。顔がこわばって、ちゃんと笑えたのかわからない。2回写真を撮ったが、2回目はもうとりあえず変顔をしておいた。「いい写真!」と言って、カメラマンさんは去っていった。

がっくり肩を落とした私を見て、恋人さんとCさんが笑う。私は、自分の友達が誰かに取られるのがとても嫌なのだ。人見知りな私が、じっくり積み上げてきた友好関係なのに、他の人が倍以上の速度で打ち解けて行くのを目の前で見せつけられた。

「……だから、お前らは会わせたくなかったんだ」

私は恋人さんのことがとても好きである。俺よりも仲良くしているやつはみんな爆発しろと思うくらい好きだ。そしてCさんも好きである。それなのに、その二人が仲良くしているこの惨状。恋人さんも、Cさんも私が二人を好きであることを知っているからなおタチが悪い。

早くこの場を離れたい。仲良くするなら二人でやってくれ、私を巻き込まないでくれ。私はそんなふうに楽しんだり、一緒になにか作ったりして仲良くするのはすごくエネルギーを使うんだ。それをお前らは簡単に、楽しそうにやりおって。

「気を落とすなって」

Cさんはケラケラ笑う。お前そんなに笑うやつだったっけ、というくらい笑っていた。

「最悪だ……もう……最悪……」

Cさんは圧倒的な速度で恋人さんと仲良くなった。恋人さんも、Cさんをニックネームで呼んでいる。私が……! そこまで仲良くなるのに……! どんだけかかったと思ってんだ……! それを! 20分で……! 貴様ら……! 許さん……!

「ちゃんと恋人さんと手を繋いで帰るんだぞ」

帰り道Cさんからメッセージが送られてきた。私は恋人と手を繋いでいるところを撮って送る。

恋人さんがCさんのことを昔からの友達のようにニックネームで呼んでいるのには、まだ慣れない。

なんでこう、私の好きな人はすぐ仲良くなってしまうのだろう。そうして、私の入る隙間がいつの間にか無くなるような気がしてしまう。

私は少しずつ、一つずつ、関係を深めていくしかない。

「なにか食べようか」

「うん」

私達は東京駅へ向かう電車に乗り込んだ。

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