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本当はもっと大事にしたいのに

部屋では脱いだ服が山積みにされている。

コインランドリーに行かないとなぁ。と、昼間に思ったことを寝る前になって思い出した。服の山をまたぐのは家を出るときだけなので部屋にいるときは気にもかけない。

寝ようとしたのに、今度はお腹が空いてきた。夜中に開いているお店は、このあたりではとんかつ屋かラーメン屋しかない。

服の山をまたいで外に出て、ダウンジャケットのポケットに手を入れながらラーメン屋に向かう。昨日の夜、カップ焼きそばを食べながら、健康的な食事をしたいなぁと考えていた自分を思い出す。でも、気持ちは完全にラーメンを食べたくて仕方がない。明日、なにか野菜を食べよう。またピーマンと肉を炒めるか、そろそろお魚を食べないと割に合わない。明日の私は今日のラーメンを償うために、お肉と野菜を手に取ってレジへ持っていくことだろう。

ラーメンを食べ終えた後は、本屋に行く。小説や漫画を一通り眺めて、欲しい本を見つけるのだが買うためのお金をおろしていないことに気が付いた。仕方なく表紙を眺めて本を手に取り最初のページだけ読んで棚に戻す。でも欲しい。Amazonで買うか。しかし、それは今日クレジットカードで払うのと何も変わらないのではないか。迷いながら本屋をうろつき、普段あまり読まないコーナーの棚を眺めた。バイク、競馬、車。

美容系のコーナーには、ヨガとかダイエットの本がたくさん置かれている。先日、恋人がダイエットをするために筋トレの本を買っていた。

「〇〇君が私に痩せろって急かさないから、たくさん食べちゃうんだよな」

恋人がそう言っていた。恋人は高校時代にめちゃくちゃ痩せたことをもう忘れている。中学生の時の友達に会っては「私だよ!」って言わないと伝わらないくらい大変身したのに、あまり記憶には残っていないようだ。

結局本屋では何も買わずに自分の家に戻った。扉を開けると、温かい風が顔に当たる。エアコン、つけっぱなしだったな。ダウンジャケットを脱いで、座椅子の背もたれに引っ掛けた。そして、テレビゲームの電源を入れる。

運動をしたいと思ってフィットネスのゲームを買ったけれど、一昨日くらいから起動していない。そして今も、一度も運動らしい運動をしないままゲームに興じている。

食事にも気を使いたい、運動もしたい、身なりにも気を配りたいし、恋人にも明るい言葉をかけて、自分の体を大切にしたいと思っていたのに、その全てにほとんど全く手を付けられないまま今日という日が終わっていく。私の休日は、昼間に起きて「あれをしなきゃな」と夢心地で回想したまま、一つも今日という日に組み込まれることがない。そうしてまた、新しい一日が始まる。洗濯物は、一ヶ月くらい積まれたままだ。

引っ越してきた当初は、もう少しこまめに洗濯や掃除をしていたのだが、最近はもうからっきしだ。部屋に自分のものが増えてきて、見知らぬ部屋から自分の部屋に変わると共に片付ける回数も随分減ってきた。洗濯物も溜め込んでからコインランドリーで一気に洗っている。

昔から、何かが自分のものになっていくにつれ、粗雑に扱ってしまう。人のものは、ある程度大切にしようと心がけられるのに、自分のものの扱い方はなんとなく雑だ。自分自身の扱い方も、結構雑である。

「もっと自分を大切にしてよ」

私は沢山の友人にそう声をかけてきた。自分を大切にしないとどうなるか、私はよく知っている。

自分を大切にしなくなると、自分のものを大切にしなくなっていく。自分の服を粗雑に扱い、靴もないがしろにするようになる。

自分。というのは、気がつくと結構大きくなっているのだ。そして「自分の」とつくものが、どんどんそのへんの小石みたいに扱われていく。自分の友だちも、自分の恋人も。それは決して所有物ではないけれど、近くにあるものを遠くにあるものよりも低く扱うようになっていくのだ。恋人よりも友達を優先する、友達よりも仕事を優先する。

そうして、私の周りにあったまっさらで、どこか自分のものではないように思えたものたちは、だんだん自分に馴染むに連れメンテナンスをしなくなっていく。遠くにあったときには、自然に大切に扱えたのに、近くに来ると飲み終えた紙パックみたいになってしまう。

ピロン、とスマホが鳴った。

【ビデオコール】

ボタンを押すと恋人の顔が映った。私はゲームをしているので、チラッと見てからすぐ画面に顔を向ける。

「どうかな、新しいお洋服」

紺色のワンピースだ。

「あぁ、うん」

なにか首元でピロピロしている。恋人もそれに気がついたようで、ピロピロを軽く引っぱった。

「これは……リボン……」

結び直して、またキメ顔をこちらに向けた。私は再びゲーム画面を見る。

「チラッと見たな。うん」

付き合って以後、恋人が私に求める関心の度合いはどんどん下がっていった。現在では、一秒程度見るだけで「よし」と声を出して喜ぶ。恋人は、自分を大切にできる人だ。

私と同じように部屋は汚いけれど、そこには自分の大切なフィギュアを飾る。服も時々脱ぎ散らかしてあるけれど、山積みにはならない。私とよく似ているけれど、恋人は自分のものをそのへんの小石のようには扱わない。同じ小石だったとしても、箱にしまっておくくらい大切な石として扱うだろう。

また別の日、恋人はご飯を食べているときにビデオコールをかけてきた。

「美味しい!」

妹には散々食事中にスマホをいじるなと言っていたことは、もう覚えていないようである。

少し部屋を片付けよう。

私は服の山から服を一つずつ取り出して畳んだ。畳み方が全くわからなかったのでYoutubeで見た。キレイではないが、まぁましと言えるレベルまではたたむことができた。

今日はもう寝よう。高く服が積まれていた今朝の惨状に比べれば、少しはマシな部屋になっただろうか。

明日は、畳まれた服をクローゼットにしまいます。

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