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我慢できなくなるまで待つわ。

本を作っている。

仲間内でそれぞれ文章を出し合って、一冊の冊子にまとめる試みだ。同人誌を作るのは初めてのことで、実際に本になるまでに想像をはるかに超える時間がかかっている。プロジェクトは現在も進行中。原稿を書いた人たちは現在仕事や卒論で大忙しなので、それを良いことに私はのんびり本を作っている。もうすでに原稿はすべて上がってきており、あとは体裁を整えて印刷をするだけだ。

しかしこの「体裁を整える」というのが曲者であった。原稿を回収するときもまぁまぁ大変であったが、体裁というのは勝るとも劣らない大変さがある。まず着地点が分からない。

「本のサイズ……? えっと文庫? 文庫って何サイズ? え? 次は文字のサイズ?」

というところから始まり、行間がどうのとか、フォントがどうのとか、そういうよくわからないものをとっかえひっかえしながら格闘している。だんだんよくわからなくなってきたので、ひとまず冊子の形になる状態のPDFを作成した。あとは、これを印刷するだけ、というところだがところがどっこいそうはいかない。表紙を作らなくてはいけないのである。

しかもその表紙をお願いしているYという男が長らく表紙を上げてこない。それどころか、こちらから話題を振っても全てスルーをかましてくる。こいつマジでもうほんといい加減にしろよ、と何度思ったかわからない。

もういっそ適当にこちらで表紙を作って、すぐさま入稿してしまおうかと思ったくらいだ。なにより原稿を書いてくれた人もいるし、彼らにしてもいつまで待たせるのだと思っている部分もあるだろう。気持ちの落ち込んだ日はたびたび本づくりプロジェクトのことを思い出して「あぁ、このプロジェクトをちゃんと終わらせないと、本当に申し訳が立たない」と悶々とした日もあった。やるならやる、やめるならやめるで、はっきりしてほしい。せめて、進捗くらい教えてほしいものだが、全てスルーなので仕方がない。

また、私にはもう一つ悩んでいたことがあった。原稿を集めはしたのだが、本のページ数が合計6ページくらいにしかならないのだ。本というよりは冊子である。これは、届いたときにせっかく原稿を仕上げてくれた人たちをがっかりさせてしまうのではないか、と思った。手元に届いたときに「あぁ、まぁ、こんなもんか」と思われたくない。とりあえず一個作る、という目標で始めたものも、いろいろできることが見えてくると欲が出てきた。しかし、6ページになってしまったということと、どうしようかと一緒に考えるならまずYに話したかった。

Yは高校時代からの友人だ。何か困ったことがあるときYと相談すると、よくわからないけれど最高なものができあがる。文化祭の実行委員をしていたときだって、大学時代のNPO活動だって彼なしにはできないことばかりだった。まだまとまらないこと、その上で具体的に一歩進むアイデアが欲しい時、私はいつもYを頼る。本づくりに行き詰った私は、東京に戻る機会があったのでYと会うことにした。

12月初頭、私とYは19時過ぎに居酒屋に入った。焼き鳥を頼み、互いにミックスジュースを頼む。近況報告をし合うと、Yは卒業制作の話をしてくれた。グラスを2回空にしたあたりで「ちょっと俺の頼まなさそうな酒を頼んで」と言ったらYは遠慮なく焼酎を注文した。咽ながら飲む私と、それを見て笑うY。結局焼酎にはミックスジュースで割って飲んだ。

私も本のことで悩んでいたが、Yもバイト先のことで悩んでいた。

「僕さ、人間関係をうまく切れないんだよね。割り切れないというか、仕事でも『こいつはこれ以上やっても無駄』って思うことあるんだけどさ。こう、そこで割り切れないんだよね」

バイト先の後輩が、本当に話を聞かないやつらしい。しかしYはその後輩をないがしろにしきれなくて、悩んでいるようだった。一番いい方法も、合理的なやり方もYが一番わかっているのに、しかし、腑に落ちないのだ。性に合わないとも言える。彼は、一番いいやり方をすぐ見つけるのに、そのルートを進むことは躊躇してしまうのだ。

「私もだよ。お前全然表紙上げてこねぇし」

「……それは本当にごめんと思ってる。まぁ、思ってるんだけどね。タイミングが、こう……」

「いいよ、別に良くは無いけど、いいよ。でも、わかるわ。こう、スパッて、割り切れたら楽なのになーって、思うことあるよ」

表紙のことは、ここで深く聞くつもりは無かった。何より「ごめんと思ってる」という言葉を聞いたときに、蔑ろにしているわけではないような気がして、私にはそれだけで気持ちが楽になった。相談するなら、今だと思い、私は本の中身の相談をすることにした。

「聞いてくれよ。あのな、いろいろ中身を整えたんだが……6ページくらいにしかならないんだわ。本」

恥ずかしかった。小さな冊子になってしまうこと、本、と呼べるものになるかすらわからないことを正直に告げるのは本当に恥ずかしかった。それは、本というよりも書店のラックに置いてある「ご自由にお持ちください」という冊子のように思えた。「それは本か」というと、意見が分かれるところだ。なにより、Yが本から手を引く理由にもなってしまう。6ページの本。私は「がっかりさせるだろうな」と思っていた。そして、がっかりさせてしまうことは、ただ悲しいとか悔しいよりも、ずっと嫌なことだ。

するとYは言った。

「へぇ、じゃあいっそでっかい紙に印刷して、こう折って……」

Yはカバンから紙を取り出して、折り始めた。以前から気になっていた冊子の形があるらしい。一枚を折って、冊子の形にして、開くと一枚の紙に戻る。

「あとは、色を一人一人変えるのもありだし、あとは、もう表紙だけクソ分厚いカバーにするとか」

「そう、出来れば、手に取った瞬間に驚かせたいんだよね。届いたら、封筒から出すわけじゃん」

Yは目をクシャっと閉じて、口元を抑えながら笑った。

「わかる」

私たちは、やり方も、目的も、進むペースも違うけれど、価値観だけは妙に似ていた。

こいつら馬鹿なんじゃねぇか。って言われたい。こいつら、どこに力そそいでんだって言われたい。少し冷めた焼き鳥を食べながら、私とYは本のアイデアを出し合った。どれもが意味不明で、その中からちゃんとウケるものを選べるかはわからないし、正直実現できるか怪しいものばかりだ。でも、私はそこで出たアイデアよりも、Yが6ページの本ができると聞いた瞬間の「それなら、これができる」と言わんばかりに見開いた目が忘れられなかった。

Yと別れ、兵庫に戻ってからも、しばらくの間は割り切ることができなかった。私もYと同じく、どんなに効率が悪くても「こいつは思うように動かない」という理由で、勝手に切ったりわがままに進めたりすることができないようだ。仕事ならもう完全に向いていないと思う。

原稿をあげてくれたメンバーには何度か謝罪の連絡を入れた。多分私はプロジェクト運営にはとことん向いていない。でも、今更「こいつ全然締め切り守んねぇからもう切るわ」みたいな、ちゃんとしたチームみたいなことをするのも、私の性には合わないようだ。

原稿をあげてきたメンバーから帰ってくるのは「おう」とか「いいよ」とか「こちらこそ手伝えなくて申し訳ない」とか、そういう反応ばかりだった。結構忙しいのだろう、本どころではないのかもしれない。とはいえ、待ってくれるのなら大歓迎だ。私はその好意に甘えて、Yが作る表紙の完成を待つことにした。

待つばかりでは示しがつかないので、催促の連絡はしっかり入れる。

「表紙を早くよこせ」

でも、Yは無視してくることだろう。しかしブロックしているわけではないようなので、話題のニュースはシェアしてくるし、Twitterの面白かったtweetなども送ってくる。そして私は、普通にそれに返信したり、同じように気になった記事を送った。今日も、そんなやり取りをしている。

6ページの本。本と読んでいいのかさえ怪しいものができるだろう。以前までは、そのすべてが申し訳なくて仕方がなかった。どうやってがっかりさせないようにするかばかり考えていたのに、今は完成を楽しみにしている。

仕事としてはたぶん赤点だし、ぬるいし、甘い、と言われるだろう。Yも何度も私や、私のプロジェクトを「ぬるい」と言ってきた。きっとそうなのだろう、とてもぬるいのだ。ぬるくて、生産性がなくて、お前ら本気でやる気あんのかよと、思われるものばかり作ってきた。

だから私はYを待つ。

でも、ただ待つばかりだとそれはムカつくので、とりあえずこの件はエッセイに書くことにした。

すまんな、Y。

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