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ブラジャーくらいありますよ。

恋人から荷物が送られてきた。

私はもう中身を知っている。

宅配便のおじさんがハンコをくださいと言うので、ポンと押した。私は、ハテなんだろうという顔をしながら受け取る。別にこのおじさんは中身を知らないわけだが、自然と素振りは白々しくなってしまう。すると、自分の中でなんとなく引っ込みがつかなくなり、扉を締めてからも揺すってみたり持ち上げてみたりして、中身を当てようとした。

でも、私は中身を知っている。この中には、ブラジャーが入っているのだ。

「〇〇くん、もうさ。いいかな、下着送って」

もう愛想が尽きましたよ、みたいな声色で恋人は言った。これまで常々思っていたし、我慢もしていたけれど、この際だから言うね。と言わんばかりに、やや諦めの混じった声で恋人が言う。

「え、着ちゃうよ? 私」

「いいよ」

いいわけねぇだろ。だいたい、サイズが合わない。上も下も! 合うわけがない!!

大体、もうすでに部屋には恋人が着てきたワンピースが置いてある。さらにカバン、化粧品、ヘアアイロン。来るたびに新しいものを私の部屋に置いていくので、恋人の持ち物はだんだん減ってきた。前回は小さなリュックひとつに、洋服をわずかに詰めて持ってきただけだ。そして今回いよいよ、下着が送られてきたのである。

誰が見ているわけでもないのに、知らない顔をしてダンボールを開ける。

わ、ブラジャーだ。パンツも入ってる。しかも2つセットだ。やったー。……とはならない。なるわけがない。

一応、中に入っている説明書を見た。ブラジャーとパンツの名前が書いてある。どうやらパンツはショーツというらしい。返品する際の手順や、洗い方などが丁寧に書かれていたのでそれも読んだ。それから私は、ぬいぐるみを下着の横に置いて写真を撮り、恋人に送った。

「届いたよ」


私は何をしているんだろう。恋人の下着をダンボールの中に詰め直すと、クローゼットの奥にしまった。当然ながら着ることもない。

ただ、なんとなく気恥ずかしい。このもやもやした気持ちを、誰かに聞いてほしい。

「今、俺の家に、ブラジャーとパンツがあるんだよね。あ、パンツってショーツって言うんだって、納品書に書いてあった」というひとまとまりのセリフを、誰かに聞いてほしい。ここに、ブラジャーとショーツがある。この事実を、なぜ私だけ抱えて生きなくてはならないのか。

一人暮らしの男の家にブラジャーとショーツがあることは何も後ろめたいことではない。というより、いざ何かの都合で発見されたときちゃんと「いや、そのブラジャーはそいつの私物だ」と私を匿ってくれる人がほしい。

「えっ、家にブラジャーとか置いてるんですか……?」ということが、例えば上司と宅飲みすることになって発見されて気まずいことになるよりも「あぁ、こいつの家ブラジャーあるんだったな」くらいの位置づけでいたいのだ。


実際のスペックは平凡な人間なのに「ちょっと変わってる」という印象を持たれがちな私にとって、最も大切なのは「あいつ変わってるけど、支障はないからそのままにしてる」と理解を示してくれる仲間の存在である。

大学時代も、私はイラストばかりで落書きされたノートを取っていたが、それを貫き続けると「こいつマジで文字をちゃんと書けないんだな」と一定の理解と諦めが教室内で共有された。そして、理解を示してくれた友人たちは私が別の講義で「何だそのノートは」と教授に注意されると「こいつは違うんです」と立ち上がって私をかばってくれるようになった。

「え、なに?」

落書きしている学生を注意したら、全然関係ない方向から「そいつは違う」と反発されるのだから驚くのは教授の方である。

「そいつのノート変なんです」

「ずっとそれなんで」

「学長は良いって言ってました」

私は、縮こまって「すいません、すいません」と言いながらノートを取った。教授は、講義の途中チラッと私のノートを見て「……へぇ」と言っただけでその後は何も言わなくなった。成績も普通にくれた。

「こいつは変だけど、変なやり方でちゃんとやる」

そう言ってくれる仲間は、私のやりやすい方法で進むときに助けてくれる。だから、私の周りの人には私の置かれている環境や、持ち物が普通と違う場合があることを少しだけでも知ってほしい。


もし仮に家に来て、酒を飲んでいるときふと視界の端でほっぽり投げられたブラジャーが見えたとしてもだ。

「まぁ、ブラジャーくらいあるか」

そう思ってもらいたいのである。

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