見出し画像

僕らのデート

デートの待ち合わせ場所は、改札を出てすぐ目の前にあるでっかい看板だった。

電車が到着するたびにぞろぞろと降りてくる人々。スマホには「もうすぐ着くよ」とメッセージが届いているのだが、この中から恋人を見つけられるだろうかと心配になる。できれば恋人と同時くらいに気が付きたいけれど、全く自信がない。

改札を抜けた恋人が駆け寄ってくる。

「おまたせ」

私達は手をとって、今日は何しようか? と話しながらとりあえずカフェに向かう。というのが理想だが、でっかい看板の前で待ち合わせこそするものの、実際この通りにいったことはない。恋人と待ち合わせの時間、私はだいたい寝ているからだ。寝坊である。

「ごめん今起きた」

「わかった、そっち行くわ」

恋人は、はいはい知ってましたよ、という声を出す。

私も寝ぼけながら身支度を整えて、一応迎えに行くが駅に向かう道の途中、正面からズンズンまっすぐやってくる恋人にさっさと捕まった。

「おまたせしました……」

「はいはい」

そして恋人に手を握られてデートが始まる。なんとも情けない。

私の最寄り駅は、田舎のくせに妙に開発の進んだ駅で映画館以外はなんでもある。しかし、恋人と遊ぶにも当時お金のない私達は図書館に行くか、公園に行くか、私の家に来るかの3パターンくらいしか候補がない。

待ち合わせ場所の改札前でいつも恋人が待っていた。恋人が駆け寄ってきた記憶もあるので一回くらいは待ち合わせの時間より前に来ていたこともあるのだろう。しかし大体は私が遅刻した。

付き合う前も、付き合ったあとも、いつも先に恋人がいて、私は待たせている。そして恋人はだんだん「面倒くさいからさっさと家に行く」という手段に出るようになり、現在は私の家がある兵庫県まで東京から乗り込んでくるようになった。規模が大きくなっただけで、マイペースな私と、私が居そうなところを狙って襲撃する恋人、という関係は続いている。

さて、そんな私達だが今回のテーマは「ファーストデートの思い出」だ。ところが、私と恋人の場合は、いつをファーストのデートとするのか見解が分かれている。付き合ってから最初のデートをファーストデートとするか、付き合う前に二人で会ったものをファーストデートとするか。なんだかんだで、妙に気が合うペアだった上、恋人は私のことを狙っていろいろ仕掛けていたので二人で行動することは多かった。

ただ、残念なことに二人共付き合う前にしろ付き合ったあとにしろ、ファーストデートを全く覚えていない。恋人は私に告白をする日のデート内容はぼんやりと覚えていたが「カラオケ……? 行って……ご飯食べたよね」などと言っている。「何食べた?」と聞くと「こっちが知りたいわ」と要領を得ない。私に関しては一緒にご飯を食べた記憶もない。

しかし、その日も含めて私達のデートは付き合う前も後もだいたい決まったような感じだったので、そのコースを思い返すことにする。

まず待ち合わせは例によって改札前のでかい看板である。私は20分程度遅刻して、広告の前にたどり着いた。大人のファーストデートなら、もうこの時点で減点10000点くらいは覚悟しなくてはいけないだろう。ファーストデートは、せめて目覚めたのが自宅ではなくて遅刻だったということにする。

そしてここから図書館へ向かう。

図書館に着いたあとは別行動である。私と恋人は読みたい本も階も違うので、図書館の中で別れた。叙述トリックならこの「別れた」は恋愛的な別れになるが、このエッセイにおいては別々の階で各々好きなものを見るという意味である。図書館でも、隣りにある8階に本屋さんのある駅ビルでも、私達は別行動が多い。

恋人は20分も待ってようやく会えた彼氏と、10分後には別行動をしているという変態スケジュールの初デートをしたことになる。初デートに限らず、この別行動システムは今後も広く運用されることとなり、恋人も「彼氏とデートする時は何してるの?」と聞かれて「別行動」と答えて結構ウケたそうだ。

その後、図書館内で打ち合わせをしたわけでもないのにばったり出くわして「あら偶然」みたいな茶番を挟みながら公園に向かう。公園は緑地と言っても差し支えないくらいの大きさだ。恋人が作ってきたお弁当を、二人で食べたのを覚えている。あとは、レモンケーキを作ってきたこともあった。

当時恋人は写真に凝っていて、一眼レフのカメラを持って花の写真をたくさん撮っていた。私のメガネと桜の花をセットにして撮った写真は、今もことあるごとに使っている。

公園を出てアイスやお菓子を買うと、二人で私の家に帰る。しかし、またそこでも各々自由に過ごしていた。私は本を読むし、恋人もゲームをしたり漫画を読んだりする。

そして疲れたら寝る。だいたい恋人が勝手に布団を敷いて、堂々と真ん中で寝ていた。私は、端っこに収まる。

そして起きると夜中になっていて、恋人を駅まで送って解散。そんなデートが主だった。

だいたい決まったパターンだ。よくお互いに飽きなかったなと思う。しかし、デート中に各々勝手にやっている部分で、各々勝手に変化を感じていたのだろう。

恋人は、よくお菓子を作って持ってきた。クッキーとか、マカロンのような何かとか、ケーキも美味しかった。

私は本が好きだったし、小説のネタを探して手帳にメモを取っていた。

大学生になると、温泉にでかけたり水族館に出かけたりと範囲が広がっていくが、高校生のデートなどそんなものである。ロマンチックなセリフも、忘れられない思い出もない。私達のファーストデートは定番のデートコースの叩き台となった。

今にして思えば、無理に背伸びしたデートにしなくて良かったと感じる。お互いにとって、無理なく気兼ねない時間を過ごせるコースがある程度固定されていたので、ファーストデートを基準にご飯を食べる場所を変えたり、図書館に行くところを今日はカラオケに行こうとか、そういう変化を混ぜてデートをすることができていた。

待ち合わせて、趣味の時間、御飯の時間、ダラダラする時間、帰る時間。だいたいこのペースで動き、場所だけが微妙に変わった。

そういえばこの流れは、遠距離恋愛をしている恋人と久しぶりに会ったときも大して変わらない。

記憶に残らないファーストデート。たぶん最初はとても緊張していたのだろうけれど、今はそんなことが思い出せないくらいすっかり定着して、私達のデートのベースになっている。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。 感想なども、お待ちしています。SNSでシェアしていただけると、大変嬉しいです。