落ちる桃

「もーやだあ、あんまり変なこと言わないでよお」

 甲高く媚びるようないつもの声が聞こえてくる。七海の声だ。女子高生らしい桃色な声音、産毛がびっしり生え揃ったみずみずしい果実の表面を撫でる想像をわたしはいつもする。
 そのあとすぐに、原型がなくなるほどぐちゃり、両手でわしづかみにして台無しにさせる空想も欠かさずする。
 せっかくの甘くておいしい果実を2本の手で潰して棄てるの。そこまでしてももやもやした鬱憤はまったく発散なんてされない。

 わたしの席は窓際の一番うしろなので、黒板の前といういちばん目立つゾーンでこれ見よがしに騒ぎ立てる彼女含むこのクラス内一大グループの群れをこっそりと覗うことができる。
 七海のほかに、似たような顔をした女子が3人、それにわらわらと群がる男子が5人。
 ああー。うるさいなあ。本が読めないな。本が読めないなあ! って、あいつらに聞こえる声で叫べたらいいのに。

 七海は確かにかわいい。産毛のない桃みたいな肌、ひざの裏まで色白な人形みたいな七海、栗色で統一されたふわふわな巻き毛と瞳をもっていて、きっとその両目で見つめられたらあの男子5人とも銃で撃たれたみたいに地面に崩れ落ちるんだろう。

 ふと目線を右側に転じてみると、真白くておおきいヘッドフォンを装着した梶谷くんの後頭部がみえた。

 彼の席は教室のド真ん中なのに、躊躇いなくあんなに目立つものを自分に付与できる勇気よ、讃えよう。梶谷くんに対して手放しで拍手できる箇所はそこしかない。あとはもう点パだし、眼鏡のレンズ厚いし、制服の大きさ合ってないし、全体的に野暮ったくてダサいし、ただでさえ悪目立ちするのにダメ押しの巨大ヘッドフォン。そこまでして良いビート感じたいかい。

 彼も前方を見ている気がする。七海がいる、七海含む煌びやかなグループがいる黒板前のスペースを、梶谷くんも眺めている気がする。その真白いヘッドフォンから音楽が絶えず流れているのなら、あいつらが発する気忙しい雑音は排除されているだろうに、目線は七海たちを睨みつけているように見えてわたしは何だか落ち着かない気持ちになる。

 梶谷くん、何聴いてるの。どんな音楽を聴くの。それとも何も聴いていないの。
 梶谷くん、あなたが見ているものはなに? 七海? 七海じゃなかったらいいな。
 また私は頭のなかで、つややかな桃を落としてから潰す。




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