お局さまはこわいよ

 どの職場にもお局様は君臨しているものである。

 うちにも漏れなく棲息している。役職付きで中途半端に権力を持っているものだから手の付けようがない。奴は全従業員のやる気を根こそぎ吸い取って活力にしないと生きていけないのではないかと思っている。

 今年の新年会の話をしたい。

 当職場は会員制のとあるスクールで、常連会員の方にのみ声を掛けて新年早々おもてなしをしようと特別な席を設けることになった。表向きは「新年会」として、皆さんで楽しく親睦を深めましょう☆ という触れ込みだった。

 会社主催なのだから当然経費は出るものだと思っていたが、お局様の鶴の一声で会費制となった。その上、当日我々は一切飲み食いをせず接待に専念しろとの指令が。

 強制的に飲み会参加+食い物はやらないが金は出せ+働け

 答えを出したくない式が完成してしまった。この時点でやる気も何もかもダダ下がりである。我々の席が用意されていない事態も大いに有り得ると恐怖に打ち震える日々が続いた。

 やがて迎えた当日。
 やはり我々の席はない。ここまでは想定内である。
 約3時間ものあいだ飲まず食わずでぶっ通し、ひたすら食い物飲み物の希望を訊いては注文しつつ、腹が減ってイライラしながらも常連会員様の愚痴やどうでもいい話を笑顔で受け流しながら酌をしに駆けずり回り、狭い席の間を縫いながらカメラ片手に撮りたくもない写真を撮ってハイピース! と叫ぶ。
 
 苦行としか言えない余興をやって心から楽しんでいるふりをしつつ時間が過ぎ去っていくのをただただ待ち侘びた。

 言葉にするとこんなに簡素になってしまうが、耐え難い空腹を抱えながら目の前に差し出される美味しそうな料理の誘惑を振り切り、耐え忍ばねばならなかったあの数時間のことを、私は末代まで伝え遺すつもりでいる。

 当然のように、怒りの矛先はお局様へと一直線に向く。
 奴が要らん設定を付与しなければ、この席は純粋なる新年会として機能したはずだった。

 実際、何も飲んだり食ったりしようとしない我々スタッフを見て会員の方々は憐みの目を向けてくださった。何か食べればいいじゃない、どうしたの? ときたもんだ。そうですよね。私だって何か食いたいよ。空腹のあまり裏事情を吐露して同情を買い、イカゲソの1本でも恵んでもらおうかと画策したがバレたら後が怖いので泣く泣く諦めた。

 そもそもこの度の宴席はお局様の発案で執り行われることになったにも関わらず当日彼女は「なんかめんどくさくなっちゃった」の一言でドタキャン。

 結果、我々は無駄に金だけむしりとられた挙句に飲まず食わずの立ちっぱなしで人の世話を焼いて周り、飢えを耐えつつやりたくもない余興を強要された上、満身創痍の身で打ち捨てられたのである。

 我々は憤慨した。
 かの暴虐のお局をこのまま野放しにしていてはいずれ更なる災厄をもたらすであろうと確信した。

 だが、我々は大人だ。
 冷静さを欠いてしまってはいけない。
 穏便に、且つ的確に要求を呑ませるためには、感情的に訴えかけるだけではダメなのだ。合理的に事を進めなくてはならない。


 問題の新年会から数日後、連休明けのお局様が出社した瞬間に、状況報告と称して胸の内をオブラートに五重くらいに包んでぶつけてやろうと口を開いた瞬間に、奴は言い放った。

「この前の新年会どうだったの? どうせ失敗だったんでしょ? 私がいなかったんだしどうせダメだったんでしょ? あんたらなんてどーーせボサッと突っ立ってたんでしょ?」

 人は怒りの沸点を超えると反対に冷めていき、脱力し、戦意喪失するもんなんだなと実感した瞬間である。
 未だかつてここまで人を小馬鹿にし、やる気をスポイルするために生きているような人間を見たことがない。
 こいつには何を言っても無駄なのか。
 余計な戦いは避けるべきなのか。
 私ももう若くはない。
 いつ何時こいつの鼻の骨をぶち折って首になってしまうかは時間の問題という気もするが、まだ時期尚早な気もする。

 虎視眈々と反撃の時を待ち望み、今日も飄々と仕事をこなす私である。

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