低空飛行から風穴(10/10)
10.
散々、頭に思いついたことから手当たり次第に吐き出して、投げつけて、きづいたら外はもう真っ暗だった。日が暮れていた。女友達相手にいつの間にか泣きながら悩みを相談するよくありそうな風景の中の1人になっていた。周囲には人が少なかった。ヘッドフォンをつけながら勉強している大学生がぽつんと自分の世界に入っているだけだった。
ようやく落ち着いた香里の肩を、またポンと叩いて体温を残す智花。
「よし」
何がよし? そう疑問を口にする暇も与えてくれぬまま、智花は立ち上がった。久々にカラオケ行くよ、と息巻いている。そのままの勢いでさっさと階段を下りていってしまうので慌てて追いかけた。
「カラオケ?」
「そ」
「行くの?」
「行くよ」
「今から?」
「夜通しだねー」
けたけたけた、とまた笑う。
どうせ、明日仕事休むんでしょ? なんて言う。
他人事だと思いやがって、と香里は逡巡するが、思案はそう長くはなかった。私はきっと休むんだろう。明日も、きっとその次も、あの会社を休む。四角四面に整えられたレールの上から外れてしまうにはひと時のカラオケが必要なのだ。
久々だね、何うたう? と軽やかに訊く智花の後ろ姿に目をやる。
名前のないこの時間が私にはいま、必要だ。
着実に丁寧に積み上げてきた積み木を今度は自分の意志で押し崩す。
低空飛行をたのしむために。
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