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NO.1行列店!スペインで料理長を務めたシェフが語る「売れる店」の極意

どこに出店しても立ちどころに常連さんの列でにぎわう人気店『TOKYO PAELLA』の吉沢さんは、10年間キッチンカーに乗って街から街へ、たった一人で鍋を振るい続けてきた大ベテランだ。

取材に伺ったのは、凍てつくような空気の冷たさに、外に出るのもためらわれるような1月中旬。それでもお客さんの列は営業終了の14時頃まで途切れることなく、みんな一様に分厚いコートに身を包み、お目当てのランチボックスを今か今かと楽しみに待っていた。

この日は最低気温-1.1℃と凍える冬の一日でした。

季節や天候に売上が左右されることも多いキッチンカー。それでも『TOKYO PAELLA』のお客さんたちは、雨の日でも冬の寒空の下でも、吉沢さんのパエリアが食べたくて今日も列に加わる。吉沢さんは、多様なジャンルのレストランで研鑽を重ね、パエリアの本場スペインはヴァレンシアで料理長を務めあげた経歴の持ち主。そんな百戦錬磨のシェフも「安定して売れるようになったのは、ここ5年くらいかなぁ」とキッチンカー10年のキャリアを回想する。

10年間パエリアを作り続けた吉沢さん。その腕は全国大会で3位に輝いたこともある折り紙つき。キッチンカーは単品料理で勝負でき、そのメニューをひたすら作り続けることで究極の逸品に磨き上げ、「ここでしか食べられない味なんだよなぁ」と通うリピーターを掴んでいくのが醍醐味の一つだ。今回は、お客さんを魅了し続けるキッチンカー10年選手『TOKYO PAELLA』の魅力、そして吉沢さんの料理哲学に迫ります。

キッチンカー営業風景〜TOKYO PAELLA〜

決して広くはないキッチンカーの中、大きなパエリアパンが次々と炊き上がる。ランチボックスを買っていく人々の表情はどこかほくほく顔だ。それもそのはず、メインのパエリアにタパスかスープを選択するランチセットは、素材の味を最大限引き出す本格的なヴァレンシア風、大ボリュームで750円と超お手頃!(ちなみに全部付きセットは1,000円)そして10年間、週替わりで違うメニューを提供し続けてきたそのスタイルは、行くたび新鮮な気持ちで楽しませてもらえる。

営業開始の11時半を待たずして、早くもお客さんがちらほら。

吉沢さん
「あ、どうもこんにちは!」
きれいなマダム
「うふふ、まだ早いかしら」
吉沢さん
「大丈夫ですよー!今日も2つですか?」
きれいなマダム
「ええ、いつもの全部付きセットで2つお願い」
吉沢さん
「ありがとうございます!」

常連さんだろうか。慣れた様子で注文したマダムにお話を聞いてみた。

キッチンカーマガジン
「TOKYO PAELLAさんの常連さんですか?今日は寒いですね〜(手をさすさす)」
きれいなマダム
「そうなの。どうしても食べたいから寒くても並んじゃうのよね」

キッチンカーマガジン
「それにしてもすごく早い時間からいらしてますね」
きれいなマダム
「時間を間違えるとね、ほら、すぐ並んじゃうから。いっつも開店してすぐ並ぶ前に来るのよ。違う営業場所でもここの常連でね。勤務地が変わっちゃってなかなか食べられなくなるなぁって残念に思ってたんだけど、たまたま異動先でも営業してくれるようになってラッキー!って」

キッチンカーマガジン
「わ〜すごい!街を飛び越えての常連さんでしたか!」
きれいなマダム
「外出も多いんだけれど、会社でご飯を食べられる時は必ずここのパエリアにするのよ。必ず2つ買ってね、夕飯にもしちゃってるの」

マダムは2つのランチセットを大事そうに抱えて、笑顔でビルの中へと消えていった。そうこうしているうちに、列ができ始めた。ここから営業終了までの2時間半で、吉沢さんは10〜12枚ものパエリアパンを炊き上げる。車内で汗だくになりながら。※1枚のパエリアパン=約8食分

自分の出したい味にとことん向き合い、常に傲らず、ブレず、誠実に。「今より良いものを」と追求し続けた結果、キッチンカーを開業して10年もの時が流れた。今でこそ各営業先で数えきれないファンを抱える吉沢さんも、「最初はちっとも売れなかった」と言います。

吉沢さんがひたむきに歩み続けたキッチンカーに懸けた10年、そしてシェフとして料理に向き合い続けてきたその半生についてお話を伺っていきましょう。

キッチンカーでランチ成功のカギは、「いかに常連さんを掴むか」

キッチンカーマガジン
「今日の営業もお疲れ様でした!こんなに寒い日でも列が途切れないとはさすがです!TOKYO PAELLAさんは以前テレビの企画でやったキッチンカー行列ランキングでは堂々の1位でしたね」
吉沢さん
「ありがたいですよね。お待たせしちゃうのはお気の毒なんですけどね。一人でやってるし、パエリアの炊き上がりや、蒸らし時間の関係でどうしても列になっちゃうから。並んでまで買っていただけるのは本当ありがたいです」

キッチンカーマガジン
「1時間の昼休みに30分並んでくれるなんて、えらいことですよね」
吉沢さん
「並びたくないですよねぇ(笑)。やっぱり常連さんじゃないと並んでくれないですよ。10店出店するような大きい現場だろうと、1店だけの小さな現場でも、いかに常連さんを掴むか、なんだよなぁ」

キッチンカーマガジン
「今日は、違う現場からファンだったという常連さんもいらっしゃっていて、いろんな場所に商圏を広げられるキッチンカーならではだなぁと感動しました。今のような押しも押されぬ人気店となるまでには、やはり大変な苦労がありましたよね…?」
吉沢さん
「たくさんありましたよ(笑)。最初はちっとも売れなかったですから。始めて3年くらいは売上がなかなか上向かなかったですね」

キッチンカーマガジン
「TOKYO PAELLAさんですら開業当初は売れなかったんですか!」
吉沢さん
「散々でした(笑)」
キッチンカーマガジン
「どうすれば売れるんだろう、何がウケるのか、メニューが悪いんじゃないか、など自問自答した結果、商材を変えてしまうケースも多々あると思いますが、一貫して、ヴァレンシア風パエリア、タパスやスープの副菜を週替わりで提供するというスタイルを貫かれましたね」

取材に伺った日のメニューは「若鶏とブロッコリーのパエリア」、タパス「スペイン風ミートボール トマト煮込みチェダーチーズソース」スープ「チキンクラムチャウダー」

吉沢さん
「別の商材にガラッと変えたりってことは考えなかったです。看板メニューって1つの店で1、2種類でいいと僕は思うんですよね。色々やるとロス増やしちゃったりするし。でもだからといって毎日同じことを繰り返すだけじゃ飽きられちゃう。うちはスープとタパスも毎週違うメニューにしているので、お客さんも今日はなんだろうって楽しみに来てくれるんじゃないかな」
キッチンカーマガジン
「売れなかった期間も長かったとのことですが、ブレずにいることができたのは相当な忍耐が必要だったと思います」
吉沢さん
「常連さんも少ないけどついていてくれて、美味しいって言ってくれる人がいたから。だからこそ今も、手を抜かずに美味しい料理を出すことにこだわりを持っています。食数をこなそうとするとどうしても味のブレにつながってしまうんです」

オペレーションの改善に光明あり

キッチンカーマガジン
「味のブレ!吉沢さんのような経験豊富なシェフでもそうなんですか!」
吉沢さん
「米でも水の量でも温度でも湿度でも変わってきちゃうんですよね。そういうデリケートなものを短時間に仕上げるのって大変だから。未だに試行錯誤を繰り返してます」

キッチンカーマガジン
「作って、よそって、接客して、お金の計算して…それを全部お一人でですもんね」
吉沢さん
「『硬かった』とか『芯が残ってた』とか『こんなの食えない』と言われたこともありました。始めたばかりの頃はそんなお叱りの言葉もいただいてましたね。始めた当初は回転率悪いのに、大きい鍋で炊いてるから余ったら冷めちゃうし。ここ5、6年ですかね、安定してお客さんが並んでくれるようになったのは。パエリアって作ってても未だに安定しないんですよ。ちょっとのことでブレが出ちゃう。だから売れなかったんですよね、何もかも理想に到達してなかったから」

キッチンカーマガジン
「お客さんは本当にシビアですね…。今も変わらず大鍋でやってると思うんですけど、最初の頃と比べてオペレーションが格段に良くなったんですね」
吉沢さん
「そうですね。最初の頃は1日鍋を3枚炊いてヘロヘロになってましたから。オペレーションが安定するまでには結構時間がかかりましたね」

キッチンカーマガジン
「今日の営業では12枚ですか!(約100食分!)」
吉沢さん
「今は営業開始の1時間前に現場着いて、5枚をまず炊いて。あとは接客しながら順次作ってます」

キッチンカーマガジン
「いつも現場に入られるのも早いですよね」
吉沢さん
「はじめは家出るのも遅かったんですよ。でも余裕持って用意してやってるとまた違うんですよね。早く行って損することってないから」

余裕を持って現場に入り、準備に取り組む吉沢さん

キッチンカーマガジン
「それも、いかにブレを出さないように作れるかっていうことなんですね」
吉沢さん
「スペインで食べた美味しかったベストな味っていうのが頭の中にあって、そこに辿り着けるように日々改良しています。ブレがあるとやっぱりお客さんにわかっちゃうんですよ。味の追求と安定性、オペレーションが噛み合うまでに3、4年かかった、というところでしょうか」

キッチンカーマガジン
「今みたいにリピーターの方が増えた一番の要因って、安定していいパエリアが作れるようになって来てからなんですね」
吉沢さん
「そうかもしれないですね。安定した後もそりゃまぁ色々ありましたよ。もう忘れちゃったけど(笑)。仕込み場なんかも、最初は家でやってましたけど、家だとやっぱりごちゃごちゃしちゃうから、今では別のところでやってます。なんでも余裕持ってやらないとダメですよねぇ」

キッチンカーマガジン
「余裕を持って取り組む、何事にも大事です…」
吉沢さん
「ずっと探求し続けているから『良くなっていってるな』っていう実感がモチベーションになって、10年続いてきたというのがあるんじゃないかなぁ。その結果、毎週喜んで来てくれる常連さんや、お客さんに美味しいと言ってもらえる。それがやっぱり一番のモチベーションです」

キッチンカー営業スタイルのこだわり

キッチンカーマガジン
「開店当初から使われているロゴも、店構えもシンプルでかっこいいですよね。ずっと変わっていないから、始める時からやりたいスタイルやイメージがあったように感じます」
吉沢さん
「ロゴは友人のデザイナーに作ってもらったんですよ。店づくりでこだわったところは色々ありますね。店構えなんかもヨーロッパの、こうバルじゃないけど、そんなイメージがあったかな」

キッチンカーマガジン
「なるほど〜!そんな感じします!また小物が素敵なアクセントになってて。メニューもパエリアパンだったり、チェックのクロスがヨーロッパの大衆食堂のようです」
吉沢さん
「あとは最初っからPOPを作んなかったんですよね。POPってうまく作れないとダサいじゃないですか。だから最初はお客さん来ないですよね、どんなものが出てくるかわかんないから(笑)。でも1度食べてもらえたらまた来てくれるって自信があったから。POP作りなさいとか、のぼり旗作った方がいいんじゃないって周りからは結構言われましたけど」

キッチンカーマガジン
「なるほど!確かに自信に満ちてる店構えですよね。今は、オフィスビルの空きスペースでランチタイムに営業するスタイルがキッチンカーの主流になってきました。出店するビルとキッチンカーとの景観がマッチすることもすごく重要になってきて、シンプルな見せ方に寄って来ていますから。キッチンカー隆盛前の10年前からのブレない姿勢!さすがです!!」
吉沢さん
「あとはTOKYO PAELLAって屋号をしっかり出してやるのがすごく大事だと思うんですよね。看板背負ってやってる人ってもうそれしかないじゃないですか。逃げ場を無くすじゃないですけど。変な話、車に屋号入れてないといくらでもコンセプトを変えられるから(笑)。これでやってくぞっていう覚悟も決まると思うんですよね」

シェフの履歴書〜吉沢さんの場合〜

キッチンカーマガジン
「ご実家がお蕎麦やさんを営まれているそうですが、料理に目覚めたきっかけはやはりそんな背景からでしょうか?」
吉沢さん
「そうですね、家の影響もあって料理をするのは小さな頃から好きでした。何となく調理師免許を取っておいたけど、しばらくはやる気が出なくてフラフラしてました(笑)。25歳くらいの時そろそろマズイかなと、家の手伝いをし始めて。28、9歳くらいのときかな、昔から海外で仕事したいというのがあったんで、バックパックでアメリカ一周とヨーロッパ一周とを半年くらいかけてぐるぐる回ってました。そんなときにロンドンで知り合いの和食店に寄ったら『働いてみるか?』って誘われて」

キッチンカーマガジン
「え〜!日本でお蕎麦屋さんのあと、ロンドンで和食ですか!」
吉沢さん
「そう、そこから本格的に料理を学んだ感じですね。毎日手を切ってましたよ。ヨーロッパの魚(スコットランドサーモンなど)の仕込みが大変でね、失敗ばかりしてました。魚見ると胃痛くなるくらい(笑)。でも料理の基本を教えてもらいましたね」

キッチンカーマガジン
「ロンドンを離れられたのはなぜですか?」
吉沢さん
「3年でビザが切れて。そのあとも『ずっとやるか?』って言ってもらったんですけど、お店って同じことの繰り返しなんですよね。もっと勉強したいなって思ってそこは辞めさせてもらいました」

キッチンカーマガジン
「その後スペインに?」
吉沢さん
「いや、実はイギリスにいる時に勝手に結婚しちゃってたんですけど(笑)。そういうこともあって一度日本に帰るかって。友達の紹介で、六本木の結構有名なカリフォルニアレストランで働き始めました。カリフォルニア料理って面白いんですよ。中華、タイ、ヨーロッパとかいいところだけミックスしてる感じで。すごく勉強になりました。」

キッチンカーマガジン
「すごい、色々なジャンルを経験されてるんですね。」

吉沢さん
「そのレストランで働いていた時に、スペイン人オーナーのお客さんが来て『料理人を探している。レストランをやりたい人はいないか』って言われて。先輩に『吉沢行かないか?』と。」
キッチンカーマガジン
「え〜〜!」
吉沢さん
「ちょうど子どもが生まれたばっかだったんですよ。だからまずはどういうことやるかって自分だけ半年向こう行って。料理の勉強をもっとしたくて、スペインに興味あったんでね。でも実はそんなにどこも美味しいわけじゃないんですけどね(笑)日本の方が全然うまいですよ。スペインの料理ってすごくシンプルなんですよね。で、また帰国して、今度はカミさんと子ども連れてお店のオープンから料理長としてスペインに戻りました」

日本テレビ「news every.」内のコーナー「気になる!」に取り上げられた吉沢さん

キッチンカーマガジン
「異国の地で料理長…!すごい!」
吉沢さん
「スペインと和食のフュージョンみたいな店だったんですけど、0からお店作る、メニュー作るっていうのは勿論初めてで、大変でしたね(笑)。でも、料理って基本が出来てればあとは応用だから」

キッチンカーマガジン
「スペインで得たものはたくさんあると思いますが、何が印象的でしょうか?」
吉沢さん
「変わった食材が多いかったですね。ヴァレンシアってジビエが多いんですよ。パエリアもうさぎとか鶏とかカタツムリ入れるんですよね。変わったの多かったなぁ。あとはそこにいた南米の子達に南米料理を教えてもらったり。どこ行っても勉強になりますよね」

キッチンカーマガジン
「シェフとしての豊かなバックグラウンドがあって、今、週替わりで提供できるほどバリエーション豊かなパエリアやタパスを安定的に作れるというのがあるんですね」
吉沢さん
「あると思いますね。経験で素材の相性を知っているので、素材の良さを引き出す組み合わせやスパイスの調合にこだわっています。誰でもできることをサラッとやってるとかそういうんじゃないですよね。キッチンカーって料理の経験があまりなくても比較的手軽に始めることができるのも大きな魅力だと思いますが、本でも何でも見て勉強してこそだと思います」

週替わりパエリアの一例。様々なジャンルのレストランでの経験から食材の組み合わせの工夫が光る

こうして3年間ヴィレンシアの店で料理長を務めたのち帰国。キッチンカー開業前の経歴は、蕎麦(日本)→和食(ロンドン)→カリフォルニア料理で多国籍MIX(日本)→スペイン料理と和食(スペイン)→フレンチレストラン(日本)とバラエティに富む。そんな吉沢さんがいよいよキッチンカー開業へ。

経験豊富なシェフがキッチンカーをはじめたきっかけとは

キッチンカーマガジン
「シェフとして海外での経験も豊富な吉沢さんが、どのようにして日本でのキッチンカー開業へと行き着いたのでしょうか?」
吉沢さん
「自分の店を持ちたかったんですが、リスクも大きいなと悩んでいました。ずっとレストランで働いて来ましたが、レストランってほんと大変なんですよね。毎日朝早くから夜中の0時くらいまで働いて、休みも少なくて。そんな時、家族で出かけた公園にキッチンカーが出てたんです。カレー屋さんだったかな?カミさんからこういうのやってみたら?って言われてそこから調べ始めました」

キッチンカーマガジン
「そうだったんですね。キッチンカーを始める直前は丸の内のモダンフレンチレストランで働かれていたそうですが、そこからパエリアを選ばれたのは?」
吉沢さん
「やってる人がいなかったんですよ。色々調べてたんですけど、当時はパエリア扱ってるお店ってほとんどなかったんですよね。1つだけ、エジプト人の方がやってるお店があったんですけどね。あと誰に言われたのかな、あの大きいパエリアパンでやってみたら?と言われて、いいかもしれないと」

キッチンカーマガジン
「ライバルの少ないメニューを選ばれたんですね。キッチンカーは出店できるスペースもまだまだ少ないですから、(頑張って増やしています!!)メニューが競合しないということは、出店チャンスが増えることにもつながります」
吉沢さん
「移動販売であまりてやられていないカテゴリーのメニューってまだまだあると思うですけど、それってオペレーション的に難しいか、受け入れられなくて流行らないかのどっちかだと思うんですよね。それで自分の場合は、さっき話したようにオペレーションで苦労することになるんですけど(笑)」

売れるキッチンカーとは

キッチンカーマガジン
「先ほど安定した品質の料理を提供するというお話もありましたが、他にも何か売れるための秘密はありませんか?(笑)」
吉沢さん
「安定した味とクオリティで出し続けるのも大事なんですけど、同じこと繰り返しててもダメなんですよね。毎週違う味にするとか、具を変えるとか、お惣菜を変えるとか。そういう風に変化をつけ続けることだと思います。自分の場合は同じのを作り続けていると、飽きちゃうっていうのもあるんですけど(笑)。スープとお惣菜があると変化がつけられる。毎週変えるのもプレッシャーがあるんですけどね。それがかえってこう、力になってるのかなって気がしますね」

キッチンカーマガジン
「変化をつける。なるほど」
吉沢さん
「野菜が今高いじゃないですか。※ 原価のバランス見ながらやってくのって大変なんですけど、副菜のサラダにしても、にんじんだと通年して価格が安定してるんですよね。だからラペにしたり。冬はレタスとか使えないから白菜にしたりとか。アメリカでは白菜をサラダでも使ってるんですよね。なんとか原価と釣り合うように工夫します。」※取材時は1月

ちなみに取材に伺った日のパエリアは、若鶏とブロッコリーのパエリア。ブロッコリーはグニャッとしてしまうのが嫌でインゲンを使うことが多かったが、この日はチャレンジしてみたという。小さな変化でもその工夫がお客さんに伝わるのだ

吉沢さん
「あとは原価をあげるってことです。」
キッチンカーマガジン
「えっ!下げるではなく。」

吉沢さん
「大きい現場だとたくさんのキッチンカーが一堂に並んでいて、お客さんは質と値段と色々比較するわけですよね。そこで引けを取らないようにしないと勝負できないんですよ。ちょっとくらい原価上がってもお客さんに喜んでもらえるようにいいものを提供するってことが差になるんじゃないかな。」

キッチンカーマガジン
「なるほど、その差がリピートにつながっていくわけですね。」
吉沢さん
「例えばイカ墨のパエリアなんかはすごく原価もかかっちゃうんですけど、具も他のパエリアよりもシンプルだからその分、よそる量を増やしたりもするんでね。大変です(笑)」

キッチンカーマガジン
「常連のOLの方が、『最近イカ墨がご無沙汰だから食べたいです』とリクエストをしたら翌週持ってきてくれて嬉しかった、とおっしゃっていました。」
吉沢さん
「リクエストとかもできる限りはね、お聞きしたいですね。豆のパエリアの時はあんまり食数伸びないな、とかね。お客さんの反応も見ながらメニューを考えてます。
あとはどうしたら売れるかっていうと勿論『こだわり』ですよね。こだわってやってる人は売れてますよ」

吉沢さんが追い求める理想のキッチンカー像

キッチンカーマガジン
「今まで10年間キッチンカーをやって来られて、業界の変化を感じることはありますか?」
吉沢さん
「やっぱりどんどん質を求めているんじゃないですかね。お客さんが。多分ねレストランとかコンビニのお弁当と比較して、キッチンカーの方がいいって思ってくれる人がいるんじゃないかな。ビジネス街だとコンビニのお弁当もすぐ品切れしたり、お店で食べようとすると1500円とかしちゃったりするので、それを850円前後くらいで、お店に劣らないものを出せればお客さんは来てくれると思うんですよね。売れてる店と売れてない店、並んでる店と並んでない店を見てると、やっぱり質の差なんじゃないかな、と思います。
例えばロティサリーチキンのお店あるじゃないですか。専用のグリル機器で1羽丸ごとをキッチンカーで焼き上げているやつ。あれなんか凄く大変じゃないですか。やっぱりああいう風にすごく手間をかけて出してるのってすごいな、と思いますね」

キッチンカーマガジン
「手間とこだわりですね」
吉沢さん
「手をかけてるお店はお客さんが付いてきますよね。日本のキッチンカーのクオリティの高さはすごいと思いますよ。それは、誰でもできるからではなくて、よりハイレベルな料理が望まれている証拠なんじゃないかと思います」

キッチンカーマガジン
「キッチンカーを始められるときは、お店を持ちたかったということでしたが、吉沢さんは今後についてはどのような展望をお持ちなんでしょうか?」
吉沢さん
「うーん。お店はやはり難しいんですよね…。お店でいまとは違う料理を作ってみたいなと思ったりもするんですけど。今以上に稼げるイメージはないんですよね」

キッチンカーマガジン
「営業が軌道に乗ると、台数を増やしたり、人を増やして事業を拡大しようという選択をする方も多いなかで、吉沢さんは1日150食、200食と数字を追ってやっているというよりは、ちゃんとしたクオリティで、来てくれる人に対していいご飯を提供していきたい、という思いでやられているのかなと拝見しています」
吉沢さん
「そうですね。いいのを200食出せたらそれに越したことはないんですけどね。自分一人でちゃんとできるのは100食前後が限界ですね。数こなそうと思うとすぐブレが出ちゃう。やっぱりちゃんとやんなきゃいけないんですよ、妥協せずに。毎日緊張して仕事してますよ。作るのを教えて車の台数増やせばいいんじゃない?とみんなから言われるんですけど、自分でも完璧じゃないと思っているのに、それを人に教えるって難しいんですよね。」

完璧じゃないー。

吉沢さんの、料理に対して理想を追い求める厳しいまでのひたむきさ、お客さまに最高の1皿を提供したいという真摯な思いは、キッチンカー『TOKYO PAELLA』の隅々にまで染み込んでいるように感じた。長いキャリアのなか積み重ねてきた自身の哲学として。

そして、最後にこんな質問をした。

キッチンカーマガジン
「では最後に、吉沢さんはどんなお店であり続けたいと思っていますか?」

その答えも至ってシンプルだ。シンプルであり続けることが実は一番難しい。

吉沢さん
「現状より下げないように。現状より常に良くありたいかな。」

2018/1/15取材

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