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妻がパートになる、あるいは夫の就業形態変更転職(楽化)は、夫婦仲を悪化させやすい

この度、妻が正社員からパートになります。調べてみると、世の中の女性の50%はパート勤務らしく。え、そんなに多いの!?とびっくりしました。それでみんな生活を回せているってどれだけ旦那の稼ぎが良いのだろう!?と驚愕します。まぁパートでも日々の生活は回せて微々貯蓄はできると思いますが、子供の大学までの教育費の捻出、老後資金、マイホーム購入や年一小旅行とかを考えると、パート(ボーナスなし)、扶養金額内の年収で!となると、色々厳しい気がしてなりません。資産運用なんですかね。まぁそもれ含めて旦那の稼ぎ(能力)が凄いのか……。さて、題名の件について書いていきます。





楽化は、夫婦仲を悪くする

コロナによる在宅勤務で夫婦仲が悪くなった的な話やニュースが飛び交いました。なにを馬鹿な事言っているんだと当時思いました。一緒にいて居心地がいい相手と結婚している訳だから、居心地がいい時間が延長されるのなら、それはむしろ嬉しい誤算だろうにと思いました。

同じ立場になってみて、この事象の本質を理解しました。つまり、コロナ在宅勤務もパート転職も一緒です。本質は、以前よりも、○○になったのだから、その分は埋め合わせや補填や負担増になるべきだよね?という感情です。こういった方がわかりやすいでしょうか。在宅勤務が増えて、家にいる時間ややりくりできる時間が増えた。だったら、その分を、二人の家事負担や育児負担の分配に充てるべき見直すべきよね!です。

突き詰めれば、バランス感覚、公平感覚の問題といえるかもしれません。それは収入軸、労働時間軸、拘束時間と自由時間軸。ストレス軸。人により様々な軸がありますが、それが今より傾いたのだから、傾いた分を補ったり、傾いた分だけ今の双方の負担を調整したいと思ってしまうわけです。




楽になっても、楽を享受するだけの人が多い

・ちゃんと、話し合いができて問題改善していける夫婦。
・元から傾きのバランス感覚が等しくて以心伝心できちゃう夫婦。
・真面目で責任感が強いので、傾きを自覚して自主的に補う夫婦。

そういう夫婦ならば、この楽化問題(傾き変化とそれに伴う家事育児負担調整問題)は、なにも問題はないでしょう。傾いても、それをすんなり直せるわけです。しかし、ニュースになるぐらいなので、世の夫婦たちはそうはなっていないケースがほとんどのようです。わたしだけじゃないし、あなただけじゃないので安心してください。笑

少し話は変わりますが、高校時代の受験勉強と一緒だと思います。部活で忙しくて持ち時間が少ない人でも、大学に向けて勉強しなきゃ!と思う人は時間をなんとか捻出します。その一方で、部活があってできないーーと、言い訳する人に限って、部活がなくなって、その分の時間が空いてもそれほど勉強しなかったりします。

つまり、繰り返しになりますが
夫や妻「楽になったラッキー」
妻や夫(楽になったんだから、私が頑張っている分の分担負担を肩代わりして!肩代わりじゃなくてもいいから、家のためのなにかを増やしてよ。生活質の向上になるなにかに向けて楽になった分を割いて欲しい!)モヤモヤ!で、夫婦仲は悪くなります。

コロナで夫婦仲が悪くなる(楽の分が転嫁されない)や大学受験と部活の話でわかるように、世の中の男女の多くは、マジメや責任感の振れ幅で対立しているわけです。

楽になった分の全体の50%なのか、100%なのか、その割合は人それぞれですが、楽を自分の手取りにする割合があります。(言い換えれば、楽になった分のいくらかを家族家庭のために捻出してくれる割合です。)

相手から見れば、楽になったんだから、70%とか、いや30%は差し出せと内心無自覚に思ってしまうので、その双方のズレの分だけ傾きと怒りになるというわけです。

そして、これを言ってはあれですが、受験勉強と一緒で、やらない(責任感のない)側は、楽になっても、楽化したとしてもまぁ、増えないんですよね。職責が減って楽な仕事になったり。拘束時間が減ったり。給料が減って将来的には損失なのに、自分の決断は正しかった!!私もちゃんと働いているんだ!!と、理屈や自己肯定を捻り出して、やらない言い訳を無意識に作り出して、その楽を享受するわけです。





おわりに

さて、楽化と不仲について解説してみました。今までの家族バランスや流れをかえることは、想像以上に相手やらとも慎重に話し合うことが大事だと痛感しました。引っ越しやらなんにでも言えることてすね。この力学は。

理屈や自己肯定はなんにでも捻り出せます。価値は人により様々な弁明ができます。パートになったのは、小学一年生の壁や学童保育のためだ。子育てのために仕事を変えたんだ!楽になりたかったわけではない!楽じゃない!等々。で、誰しも自分はそこそこしっかりやっていると思って疑わない(やらないしない言い訳に浸る)わけです。

しかし例えば、十人の村暮らしで手が空いたらその分、村のために何かしようと、なにかやることありますか?って動けるひとのほうが格好よく人のためになると思います。実際村も良くなることでしょう。その村(家族)のために、貢献しようとする責任感がある方が望ましいとは思います。

でも、それが出来ない。冒頭のべた通り、コロナで不仲になった夫婦が多かったように、大半の夫婦や人間は、そうできた人ではないのだと思います。できるできない責任感と言いましたが、あるなしではなくて、相手よりも、相手と比べての話です。世の中の夫婦は片方がより真面目で、片方は”相手よりも”不真面目といった言い方が適切かもしれません。

尚、今回は中長期的な楽化による問題を解説しましたが、短期的な楽化問題もあります。

ちょっと書き方が下手な記事ですが、要は、手が空いたときに、なんで他にも色々やることあるのにスマホいじるんじゃ!昼寝するんじゃ!って話です。夫婦とは作業傾向や作業原理の相性も大事なんだなと思います。後半の方に触れています。







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