見出し画像

スパイクを脱いで、それからの話

今日で2月もおしまい。また次の春がやって来る。気付いたら季節はどんどん巡っていき、なんだかよくわからないうちに社会に放り出されてしまう。きっとそんな感じだろう。大学生活はあっという間だ。


サッカーから離れて1年になる。

早実サッカー部を引退して、早稲田大学のア式蹴球部でサッカーを続けようと思っていた僕は、入部希望者に課せられているランテストに合格する事が出来ず、新入生としての入部が認められなかった。それならばと2年からの入部を目指して大学1年の終わりに受けたランテストでも遂に合格する事が出来ず、サッカーを諦めるという決断を下した。


残り3年間の学生生活をどう生きるのか考える中で、Seiren musical project という日本一?のミュージカルサークルと出会い、飛び込んだ。想像以上にのめり込んでしまった僕は、今やすっかり舞台の虜だ。


そんな僕の話。テーマは「何かと向き合った経験をそれからの人生にどう活かすか」何者でもない僕の話。でももしかしたら、誰かの人生を少しだけ変えるかもしれない。よかったら最後まで読んでみてください。


思えばサッカー一色の人生だった。

サッカーのまち浦和で育った。学校が終わればダッシュで家に帰り、ランドセルを放り出してまた学校に戻る。続々と仲間が集まってきて日が暮れるまでボールを追いかけた。

「将来は日本代表の10番になってワールドカップで優勝するんだ」僕の宇宙は単純で、サッカーに埋め尽くされていた。


中学生になると、地元の中学のサッカー部に進みサッカーを続けることになった。小学校時代は敵チームだった選手達と来る日も来る日もボールを追いかけた。

伸び盛りだった僕は、次第に色んな選抜に呼ばれるようになった。そして中学2年生の春にU14の日本選抜に選ばれて、中国に遠征することになった。全校朝礼で壮行会をしてもらって、みんなの前でスピーチをした。

「日の丸をつけてゴールを決めたらどんなに気持ちいいことでしょう。ドキドキします。」

その時のメンバーには先日のアジアカップで活躍していた堂安選手や、冨安選手がいた。目の前で見た彼らのプレーや、サッカーに対する熱量に、圧倒されてしまって、自分の良いところをほとんど出せず、よくわからない気持ちのまま帰国の途についた。もちろんそれから呼ばれる事はなかった。

帰ってきてからは伸び悩んだ。

顧問の先生もなかなか部活に来れず、初心者も混ざっているような部活の環境と、一度見てしまった日本のトップレベルとのギャップに悩んだ。更には思春期も重なり、難しい時期を過ごした。


サッカー選手としての成長が完全に止まっていた僕は、進路を考える時期になっても、高校年代におけるトップレベルのチームへの入団は叶わず、実績を利用して早稲田実業にサッカー推薦で入ることになった。

「なんとかもう一度サッカーで成功したい。全国大会に出たい。」その一心で3年間サッカーに没頭した。

人工芝のグラウンド、素晴らしい顧問の先生、有名なクラブチームから進んできた仲間。超強豪校とは言えないものの、環境は抜群だった。しかし、3年間夢が叶う事はなかった。

そして冒頭で述べた挫折を経験し、サッカー人生を終える事になった。


目に見える形として自分のサッカー人生を総括するとしたら明らかに失敗である。いくらでも転がっていたチャンスをつかむ事が出来ず、また本当に苦しいところまで自分を追い込み努力して、夢を叶えるという事が遂に出来なかった。

しかし、15年のサッカー人生に意味がなかったのかというとそんな事は無い。なぜならサッカーをやめてミュージカルに挑戦している僕を支えて、前に進めてくれているのは明らかに15年間のサッカー人生だからだ。


本題に戻る。「何かと向き合った経験をそれからの人生にどう活かすか」

この1年間、ミュージカルに没頭する中で「自分−サッカー=?」という問いがずっと頭の中にあった。15年間のサッカー人生を、ミュージカルに、あるいは社会に出てからの人生にどう活かしていけるのか。そして自分なりの答えにたどり着いた。



僕が思うに、大切な事は2つある。


1つ目は「人間性に起因させていく事」

どういう事かというと、サッカーで起こった事象をサッカー的な要素だけで解決するのではなく、抽象化して人間性の部分からも解決していくという考え方である。

例えば、「相手のシュートに対してシュートブロックが一歩間に合わずにゴールを決められてしまった。」という事象が起きたとする。

その時に「最後の一歩が間に合うようにアジリティを鍛えましょう」「相手のシュートのタイミングを予測して先回りしたポジショニングをとりましょう」

といった、サッカー的な要素で解決していく事も大事ではあるのだが、

例えば「苦しい時にあと一歩が出るように、あと10分だけ勉強してから寝よう」とか、「みんなが嫌がるところでも献身的なプレーが出来るように、毎日食堂の椅子を揃えてから帰ろう」

といったように人間性の部分からもアプローチする事ができる。

もちろん、食堂の椅子を揃えたからってサッカーは上手くならないから、サッカー的な要素と人間性の要素のバランスは必要なのだが、このような考え方をする事で単純にサッカー選手としても成長するし、サッカー以外でも通用する本質的な力がつく。

僕はこの考え方を高校時代の顧問の先生から教えてもらった。サッカーを離れて改めて思ったが、何かに向き合う時にこのような考え方をできる人とできない人では、成長のスピードが全く違うし、それと向き合った経験がその後役に立つかという面でも天地の差がある。

サッカーをしていた人なら一度は聞いた事がある

「我々はサッカー選手である前に人間である」

という言葉は本質を突いている。


2つ目は「プロセスを追求していく事」

勝負の世界では「結果が全て」という言葉がよく使われる。しかし、これは本質ではないと思う。

僕が思うに、一番大切なのは「結果が全てだという前提の上でのプロセス」である。

どういう事かというと、例えば今僕がミュージカルに挑戦する上で、「右足のキックの精度が高い事」であるとか「あの試合でゴールを決めた事」とかは何も意味を持たない。

意味があるのは、「右足のキックの精度を上げるために練習した日々」であるし、「ゴールを決めるために取り組んだ日々」である。

もちろん何事も結果や成果を出すためのものでないと意味はないから、プロセスありきになってしまったら意味がない。

ただ、「なんとなくサッカーをやって出た結果や成果」はミュージカルをやる上で何も役に立たない。これは、「サッカー」と「ミュージカル」という変数にそれぞれ別のものを当てはめれば、どんな分野でも共通する本質だと思う。


この2つが「何かと向き合った経験をそれからの人生にどう活かすか」という問いに対する僕の答えだ。

どんなにサッカーが好きだろうと上手かろうと、遅かれ早かれ「それから」は誰にだってやって来るし、いつかは、

「自分−サッカー=」という問いに直面することになる。その時になるべく多くのものが残っているように、サッカー人生を過ごしていくべきだ。僕はそう思う。


最後に、、

この文章を読んでくれた人の中で、大学に入ってからやりたい事が見つかっていない人、何か熱い事をやりたいけど、それが何なのかわからない人、僕達と一緒に「Seiren musical project」でミュージカルをしませんか?


ミュージカルには、そして人間の本気には、誰かの宇宙を震わせて、ひっくり返してしまうほどの力があります。よかったらそんな青春を過ごしませんか?

僕に連絡くれればなんでも答えます!

早稲田大学の学生じゃなくても、新1年生じゃなくても、熱い気持ちがあれば誰にでも門戸は開かれています。


興味ある人いたら是非連絡ください。


それでは長文失礼いたしました。























この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

65

木戸健太

サラバ!!

#スポーツ 記事まとめ

noteに公開されているスポーツ系の記事をこのマガジンで紹介していきます。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。