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落とし物と息子と私 

 長男はよく落とし物をするし、よく拾う。

 ある時、習い事のお月謝が入った財布を落とした。冬の夕方で辺りは暗く、行き帰りの道を何往復か探したが見つからなかった。途方に暮れる長男を連れ、一緒に警察に届けを出しに行った。
 翌日、明るくなってから探しに行くとあっさり見つかり、中身もそのままだった。

 またある時、大きな病院のタクシー乗り場で千円札を拾って、病院の防災センターまで届けた。病院で落とし主が見つからなかったので警察の管轄となり、数ヶ月を経て拾い主のお小遣いとなった。

 長男は落とし物を拾ってくることが多くなった。
 最初の何回かは家に持ち帰り、そのたび一緒に交番に届けに行っていたが、いつしか彼は1人で拾い物を交番まで届けに行くようになった。

 そして、子供が交番に単独で落とし物を届けに行っても、それで事態が終わるわけではないと知るのである。

 落とし物を届けると「権利を主張するかどうか」確認の連絡が来る。主張すれば持ち主が出てこなければそれをもらえるし、見つかればお礼がもらえるらしい。未成年の返事では足りないので、保護者に連絡が来る。

 まず、いきなり110番から電話が来るので焦る。誰か事故ったのかと冷や冷やしながら電話をとると「お子様がちぎれたネックレスを届けてくれたんですが、権利を主張されますか?」というようなことを聞かれる。拍子抜けもするが、その時は『貰っても扱いに困るなぁ』と思ってしまったので「届けたいという気持ちで届けたと思うので、権利は主張しません」という旨の返事をした。
 すると、長男はそれをすごく悲しそうな顔をして聞いていた。「ほしかった」らしい。

 ネコババせず正規の手続きを踏んで交番に届けた長男の行動は、正しい。しかし、誰のものかも、どういういわれのものかわからないものを、欲しいと思う感覚を私は受け入れ難い。ちぎれたネックレス、何でちぎれたのかなあ…喧嘩でもしてたのかなあと思うと。いや、バッグの紐でも引っ掛けてしまったのか?…いろいろ考えすぎか。

 この判断、あまりしたくないと毎度思ってしまう。とはいえ保護者の役目だから、返事はする。けどやっぱりこの返事、したくない。二回も書いた。

 ある時は電話連絡でなくお手紙を持たされたこともあった。そこには権利について連絡が欲しい旨と、「落とし物を拾って届けてくれました。素晴らしい行動なので褒めてあげてください。」と書かれていた。
 そこは強く同意する。「もしかしたら無くして困っている人がいる」という想像力や思いやりは大事にしたいし、落とし物を管理している交番に届けるのはいい判断だ。

 ともかく、落とし物を届けると権利が拾い主にも関わってくるルールがある。拾い主は小学生である長男なので、保護者である私が返事をしなければならない。それが気が重い。

 もう決めてしまおう。「拾い物をしても、権利は主張しません。でも落とし物を警察に届けることはいいことなので、応援します。」こういうスタンスで行くことにしよう。成人したら、選択権は君にあるのだ。

 少し前から、彼はフリースクールへ通うことになった。定期券を作り電車で通学している。
 つまり早速パスケースを無くしたし、財布も無くした。しかし駅や交番に、駅員さんやお巡りさんに臆することなく問い合わせることができるため、無くし物がどこにあるか突き止めた上で、「身分証明書を持った保護者」の動員要請をしてくるようになった。

 失敗もするが、その時のフォローの仕方を自分なりに考えて、適切な場所に助けを求めることができるようになっていた。
 子供は、予想外の成長の仕方をする。環境に適応しているとも思うので、まあよかろう。まあ、どころではなく上出来だと思う。

 しかし、毎回落とし物を受け取るために顔貸してくれ、と言われるのはちょっとモヤっとする。保護者の役目だから!行くけど!




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