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ザリガニの棲む街

僕は生まれも育ちも石神井公園(しゃくじいこうえん)だ。どこで産湯を使ったかは知らないが、性は木内、名は達朗。もちろん、公園の中で生まれたわけではない。西武池袋線の石神井公園駅が最寄りだった。
生まれてすぐに、群馬、新潟と移り住んだものの、小学校に上がる頃には再び石神井公園というエリアに戻った。
石神井公園は、これは地域のことではなくて公園そのもののことだが、ボート池と三宝寺池なる二つの池を擁していた。
 あるとき、ものすごい日照りでボート池が干上がってしまい、池の底がむき出しになったことがあった。ポリゴンメッシュ状にひび割れた地面が、粘膜が露出したような痛々しさで空気に曝されていて、あれは子供ながらに衝撃的な光景だった。魚や亀も干からびていたのかどうか、目撃していたかもしれないが、その部分は覚えていない。
 三宝寺池には、雷魚がヘビのような佇まいでじっとしているのが澄んだ水の底に見えた。これは捕まえようとしても、動きが速すぎて不可能だった。ウシガエルと思われる巨大なオタマジャクシもうじゃうじゃいた。
 三宝寺池にある売店で、よっちゃんイカという酸っぱくて毒々しいイカの駄菓子を買い、それを餌にしてよくザリガニ釣りをした。  検索してみると、よっちゃんイカは今でも販売されている。ただ、イカの不漁により原料の価格が高騰したため、袋の裏に「あたり」があればもう1袋もらえる「当り付き」が無くなったらしい。実は当り付きがあったことは知らなかったか、もしくは単に忘れていただけかもしれないが、非常に残念なことである。
 ザリガニ釣りはもっぱらボート池のほうでやった。なぜボート池と呼ばれるかといえば、それはボートを借りて恋人と漕ぎ出せるからに他ならない。
 恋人たちのランデブーを横目に、僕はよっちゃんイカをタコ糸の先に縛り、池の縁に垂らす。縁は積石でできている箇所がたくさんあって、その石と石の隙間にかなりの確率でザリガニが棲んでいるのである。
 池の縁の穴という穴にザリガニが収まっている様子を想像してみる。ザリガニ団地だ。子供心にそれはとてもシュールに思えた。
 ところが、たくさんいるからといって簡単には釣れない。よく捕り逃がしてしまい、悔しい思いをした。
 別の穴にイカを垂らすと、またすぐに反応がある。さっき逃げられたのと同じやつか!?なんか似てる!?もしかしたらそれぞれの穴は奥のほうでつながっていて、同一ザリガニがよっちゃんイカめがけて顔を出してくるのだろうか。もちろん、そんなはずはない。
 赤くて大きいアメリカザリガニが捕れたときは、嬉しくてニヤニヤしてしまう。喜びが顔に出ているのがバレないように急いで家に持ち帰った。
 今にして思えば、ザリガニくらいで喜んでいた子供時代の自分が微笑ましい。アメリカの美大へ通っていたときに、crawfishパーティが開催されたことがあった。ニューオーリンズかどこかから空路で運ばれてきた大量のザリガニを、とうもろこしと一緒にでかい鍋で茹でて食べるというイベントだ。ザリガニは大して美味くないという以外に特別な感慨はなかった。赤くて大きいアメリカザリガニであったにもかかわらず。

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