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ハイ、ナニ?

以前住んでいた家の近所に長命寺というお寺があった。夏になると近所の幼馴染といつもそこにクワガタを捕りに行った。たいていはコクワガタしかいないのだが、たまに赤黒いノコギリクワガタを発見すると大興奮したものだった。大きいクワガタがいると思って捕ろうとすると、ゴキブリだったこともよくある。

過去というものは現実には「存在」しないが、クワガタを捕りに行ったのは確実に子供の頃の良い思い出として心に残っている。

昆虫が好きで常に触れ合っていると、子供心が通じ合っているのじゃないかと錯覚するようなことがある。蝉と言葉が通じて、自分の手の中で卵を産み落とす瞬間に立ち会えたりする。

長命寺の境内では、ときどき縁日が開かれて、植木市や露店がたくさん出た。小学生としてはそれが楽しみで、よく行った。少ないお小遣いでいつもやるのはカタヌキ、輪投げ、ソースせんべい、あんず飴だ。

カタヌキは毎度挑戦するも、結局一度も成功したことがなかった。あれ、できた人は本当にいるのだろうか。と思ってネットで調べてみれば、今では攻略法が書かれているではないか。当時の子供には無理だったと思う。

毎回同じ露天商が来るのか、輪投げはいつもおっさんがだみ声で「ハイ、オデメトウ!」と言ってた。オメデトウじゃなく、オデメトウ。僕は花札の絵が描かれたパチもんのジッポライターのようなものが欲しかったのだが、とれたためしはない。輪っかを投げていたのではまず不可能で、できるかぎり腕を伸ばして、真上から落とすくらいじゃないと成功しない代物だ。あれは身長が低い子供としてはまず無理というものだった。

悉く子供には無理なものが多かった気がする。

ソースせんべいはルーレットを回してせんべいの枚数を決める駄菓子だ。10枚、20枚、50枚とかあっただろうか。どんな数字があったか記憶は定かではない。当然のことながら多い枚数は出にくい。このルーレットは円グラフのようになっていて、枚数が多い部分の面積がすごく小さいので、回転した針がそこに止まる確率が非常に小さいからだ。

ルーレットで枚数が決まったあとは、ソースとか梅ジャムとかみかんジャムとか、なすり付けてもらう味を選ぶ。僕のフェイボリットは梅ジャムだった。

あんず飴はこれまたいつものおっさんが「ハイ、ナニ?」と言って、いろいろな水飴が置かれた氷越しに注文をとっていたものだった。屋台を覗き込むとロボットのように必ず「ハイ、ナニ?」と言ってくる。あのおっさんだけだったのか、それとも全国的にそういうやり取りがされていたのだろうか。

あんず飴というのは名ばかりで、実際はあんず以外にも缶詰のみかんとかみかんジャム(オレンジジャムだったかも?)とか梅ジャムとかすももなどがあった。僕のフェイボリットはみかんジャムとすももだった。

イラストレーションの依頼があると、ハイ、ナニ?と心の中で呟いている自分がいる。

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