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ファンベース

 佐藤尚之著『ファンベース』という本を読んだ。
 「これからは新規の顧客を開拓するより、もとからいるファンを大事にしたほうがいいですよ。なぜならパレートの法則というものがあって、利益のうちの八割をもたらしているのは、顧客全体のわずか二割を占めるファンだからです」という本だ。
 あまりに短く要約しすぎて申し訳ないので、興味がある人は是非本を買って読むことをお勧めする。

 これをイラストレーターというビジネスに当てはめるとどうなるのだろう。
 著者である佐藤尚之氏の講演があるから聞きに行ってみないかとミチイトが言う。
 場所は青山ブックセンターだし、僕自身のホームグラウンドのようなところでもあるので、重い腰を上げて行ってみるかということになった。僕は腰の重さでは定評があるのだ。

 まずはいつもお世話になっている青山の丸亀製麺で腹ごしらえをする。ミチイトは「牛とろ玉うどんの大盛りプラスちくわ天プラスいか天」だ。僕は青山オーバル店の限定メニューである「野菜と蒸し鶏のつけ汁うどん(並)」を注文した。薬味バー的なところで、つけ汁に天かすを少し入れ、ネギを加える。ネギがほとんど空になっていたので、店の人にその旨伝える。僕にしては珍しく世の中の役に立ちそうな気の利いた行動をしたのではないだろうか。
 ところで、丸亀製麺ではうどん一杯の注文ごとに「うどん札」というものが一枚もらえる約束になっている。
 これを三枚集めるとトッピングが一つ無料になったりするのだが、一ヶ月の有効期間中に、僕は自分の都合上三回行くことはあっても、四回目は滅多にない。したがって集めた三枚を使うことができない。三枚集めてもその権利を行使するためには、四回目のうどんを食べに行かなくてはいけないのが油断ならない部分なのである。悔しい限りだ。次に来たときにまたうどん札をもらうのだが、期限切れの三枚をみすみす溝に捨てるほど虚しいことはない。
 ところが、稀に客が忘れていくのか、捨てていくのかわからないが、ペロッと一枚テーブルの上にうどん札が置かれていることがある。もしかしたら罠かと一瞬躊躇するのだが、それをそっと自分の財布に入れて、枚数を稼いだことがあることは正直に告白しておこうと思う。
 五枚だと天ぷら一つ無料なのだが、いまだかつて五枚集められたことはない。このうどん札はメルカリなどのサイトにまとめて数十枚が出品されていることもあるので、安く買っておくという手もある。しかし、普通にお金を払ってトッピングを注文したほうが簡単なのは言うまでもない。

 僕は丸亀製麺のファンかというと、そうではない。本で語られているところのファンではなく、単なるリピーターだ。 
 ファンとリピーターの違いは、前者は思い入れがあってその商品なりブランドが好きな人であるのに対し、後者は単に手頃だから買っているだけで、他に似たような商品で良いものがあればすぐに離れてしまう人のことだ。
 僕はうどんが食べたいだけで、同じ価格帯で味の良い別のうどん屋が近くにできたらそちらでも全くかまわないのである。

 どれだけファンが大事かということだ。

 さて、うどんを食べ終えたあとは、ビルの谷間の庭とでもいうべき場所で、自動販売機で買ったドリップコーヒーを飲みながら、開場を待った。
 早めに行ったので席はまだほとんど埋まっていない。僕らは最前列に座ることにした。

 講演が始まるとミチイトはメモ帳とペンを取り出し、腕を組んで早速寝はじめた。うどんのせいで僕にも眠気が襲ってきていた。
 佐藤氏はポインターを使わず、指で直接重要な箇所を指し示すのであるが、その際に文字が佐藤氏のスキンヘッドに投影される。子供のような感想で恐縮だが、これが実はかなり面白く、絵のアイディア的にインスパイアされて目が覚めた。

 さて、僕のようなイラストレーターである凡庸な一個人にとってファンベースという考え方は適用できるだろうか。
 企業やお店やミュージシャンではないので、さしずめ編集者やデザイナーがファンということになるのかもしれないが、彼らはむしろリピーターではないだろうか。
 また、そもそもファンがいない人はどうするべきなのか。キャンペーンをやって、まず認知度を上げるしかないとのことだったが、それはつまりツイッターで呟いたり、個展をやったり、売り込みをしたりということになるだろうか。今までやってきたことと変わらない。
 そんなわけで、イラストレーターにも適用可能な、目から鱗が落ちるような気づきは得られなかった。自分の目が節穴である疑いは払拭できないが。
 ただ、僕なりに、今までやっていなかったことで、有効かつすぐ始められることを抽出するならば、絵のことに限らず自分としての人となりを知ってもらうべく、積極的に語ることが大事ということだ。それから、身内を大切にすること。つまりミチイトだ…。
 その足がかりとして最近ブログを頻繁に更新したり、こんなエッセイを書いたりしているのである。

 ファンミーティングを開催するという項目もあったが、どこの馬の骨ともわからない凡人が何言ってんだと言う感じで、自分がキモすぎてとてもできない。


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