幸せの種

真っ暗でじめじめした居心地の悪い森の中に住んでいるラントは、いつも不思議な望遠鏡で森の外の世界を見ていた。
『外の世界は幸せの光に溢れている。しかし、自分は住む世界が違うからこんなに苦しくて辛くて不幸の中でしか生きられないんだ。』
ラントは孤独で辛い世界に住んでいる自分を誰もわかってくれない、といつも嘆き悲しんでいた。

いつものように不思議な望遠鏡で外の世界を見ていたラント。光の世界を隅々まで見てみようと望遠鏡を横に動かした時、ポツンポツンと暗くじめじめした森があることに気がついた。
『光の世界とか思っていたけど、あんな暗い部分があったのか。なんだ、全てが光ということでは無いのか。しかし、暗い森なんて汚点でしかないから光の住人はあの森を消しに来るに違いない。その秘密を探ってやるか。』
その日からラントはその暗い森を観察することにした。

3日経ち、1週間経ち、1ヵ月経ち…光の世界の住人は一向に暗い森の近くに来ない。
『ははーん、見ないふりをしてるんだな。ここからは丸見えなのに。光の世界ったって大したことないじゃないか。それなのにあんなに光を放って偉そうにして』

さらに1週間が経った頃、ようやく光の世界の住人が森の近くに現れた。
『やっときたか!待ちくたびれたぞ。どれどれ秘密を暴いてやろう。』
ラントは光の住人がその森をどう消すのかワクワクしながら見た。
『火をつけるのか?それとも魔法のベールで覆うのか?まさか1本1本木を切り倒すなんて方法じゃないだろうな?そんなの俺には無理だからな。簡単な方法があるから光の世界はあんなにも大きいんだろうさ。さあさあ早くその秘密を見せてみろ!』

ラントがまだかまだかと待っていると、光の住人は意を決したように森の中へと入っていった。
『…はっ?あいつ何やってるんだ?なんでわざわざ森の中に入っていくんだ?』
森の外から森を壊すと思っていたラントは驚いた。そして森をじっと見ていると突然ピカッと、小さいけれどとても力強い光が放たれた。
『森の中から光?あれは一体なんだったんだ?』

しばらくして光の住人は森から出てきた。その顔はとても幸せそうでなにやら納得しているようだ。
『森の中の光はどうなった?』
ラントは森を確認する。かすかだが確かに光っている。自分が今いるのと同じような暗くてじめじめした森の中なのに何かが光っている。

ラントはその光から目が離せなくなり、次の日もその光を観察することにした。
すると光の住人がまたやってきて、森の中に入っていった。
『昨日は覚悟を決めたように入っていったが、今日はすんなり入っていくんだな。あの光のところに行くのか?』
そう思っていると昨日よりも強い光が放たれた。
『やっぱりあの光のところに行ったのか。一体全体あれは何なんだ?』

ラントはその光の正体が知りたくてたまらなくなり、光の住人に手紙を送った。
「あの暗い森の中の小さな光はなんだ?教えてくれ!!」
ずいぶん上から目線の手紙だったが、光の住人から丁寧な返事が届いた。

***
親愛なるラント様
お手紙どうもありがとうございます。
ご質問にあった暗い森の中の小さな光ですが、あれは《幸せの種》です。とても小さく探すのは困難ですが、暗い森の中に点在しているのです。
《幸せの種》は気づかなければ芽吹かず、強い光を発することもありません。でも気づいて毎日声をかけに行くと、芽が出て花が咲いたり、時々信じられない位の光の大木に育っていくのです。
《幸せの種》は暗い森の中に必ずあります。ラント様の森の中にも《幸せの種》がたくさんあるはずです。とても弱く小さな光なので探すのは大変かもしれませんが、信じていれば必ず見つかります。
そして見つけたら毎日その種に『自分のところにあってくれてありがとう』と声をかけてあげてくださいね。きっと素敵なラント様だけの光の花が咲きますよ。
クレア
***

『幸せの種だと…?光の種…?そんなの見たことない。あいつ適当なことを言ってごまかそうとしてるんじゃないか?…いや待てよ、そういえば前にキラッと見えたことがある気が…。
うん、ここは一回探してみるか!もし見つからなかったら文句の手紙を書いてやればいいんだ!よし、探がそう!』

ラントは外の世界を見るのをやめ、暗い森の中を歩き始めた。
『こんな森、歩きたくないのに…あーいやだ。』
そんなことを思いながらひたすら幸せの種を探して歩いた。

見つからないまま半日が経ち疲れ果ててその場にしゃがみこんだ。
『こんなに歩いたのはいつ以来だろうか?』
そんなことを考えながら、なぜか清々しさも感じていたラントは、大きく深呼吸し何気なく足元を見た。

キラッ!何かが光った!
『!!!えっ!こ、これか?』
ラントは光ったその小さな粒をつまんで拾ってみた。
それはゴマ粒ほどの大きさで、見つかったのが奇跡としか思えなかった。
『こんな小さいもの…。光の住人はなぜあんなにもすぐ見つけられたのか…慣れててもすぐに見つかるとは思えない。しかもたくさんある…?って事はたくさん見つけたと言うことだろう!コツとかあるのだろうか?』
ラントは見つけた種を大切にする育てると決めつつも、もっとたくさんの種を見つけたくなり、光の住人に手紙を書いた。

***
クレア様
あなたに教えてもらったように《幸せの種》を探したら僕の森にもありました。しかしどうしても1つわからないことがあります。あなたはなぜすぐに、あんなにも小さな種を見つけられたのでしょうか?
ラント
***

ラントは種を育てながら返事を待った。待ってる間、他の種を探しに行くのが怖くてどうしても見つけた種のそばを離れることができなかった。
返事は届かないんじゃないか?と不安にもなった。そして何故か、せっかく見つけた種も思うように育っていなかった。

2日後、光の住人から返事が来た。たった2日、それでもずいぶん待ったように感じる。
ラントは急いで封を開け手紙を読んだ。

***
親愛なるラント様、お手紙ありがとうございます。
《幸せの種》を見つけられたのですね!すばらしいです。おめでとうございます!私もとてもうれしいです!
さて、今回の質問にあった種の見つけ方についてですが、実はこれにはちょっとしたコツがあります。すでに《幸せの種》を見つけたラントさんならきっと心当たりがあるはずです。
そのコツと言うのはリラックスすることです。リラックスすると心も体もゆるみ視野が広がるので、小さな種も見つけられるようになるのです。
ラントさんが《幸せの種》を見つけた時、リラックスしていませんでしたか?いつもより心が軽い感じがしませんでしたか?よく思い出してみてください。きっとリラックスする行動をしていたと思いますよ。
そして見つけた種を育てるコツもリラックスすること、また信じること。種を見失わないか不安になったり育たないんじゃないかと思ったりしていないかなぁ、と心配しています。それは私も1番初めに種を見つけたときに様々な不安に襲われたことがあったから。もしかしたらラントさんも同じようになっているのではないか、と思ったのです。
不安の中にいた時は見つけた種もなかなか育ちませんでした。種にも不安な気持ちが伝わってしまうみたいです。いちど見つけた種は必ず育つ、その場を離れても必ずまた見つけることができると信じてください。そして深く呼吸し、リラックスしてくださいね。
クレア
***

ラントはハッとした。種を見つけたとき確かにいつもよりすがすがしくリラックスしていたのだ。そして今、この手紙にあるように不安でたまらない。
「信じる。信じることが大切なのか。信じるから他の種も探しに行けるのか。」
ラントは目を閉じる深呼吸をした。リラックスしていると感じるまで何度も何度も深呼吸した。

そっと目を開けたラントの目の前に、信じられない光景があった。なんと大輪の花が咲いていたのだ。
その花は背丈が高く、艶やかで、力強く光り輝いている。
これは1番初めに見つけた種の花。
2日間芽すら出なかったあの種の花だった。

「あー、これがクレアさんの言っていたことなのか。僕だけの花。クレアさんの世界にもない花。こんなに素敵な花はどこの世界を覗いても見たことがない。なんて素晴らしいんだ!」
ラントは感激のあまり涙をこぼした。自分の世界にも幸せの種があったこと。その種から見たこともないような美しい花が咲いたこと。そして何より丁寧に教えてくれたクレアへの感謝。

ラントはただひたすらにその花を見つめ、幸せに包まれたのでした。


おしまい。

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